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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
Ⅲ.小さな種
18/65

ⅳ.

*4/30 改行入れてみました。



 シンシアがオーディンの仕事に手伝うようになって、彼にも時間ができるようになった。夕食を彼の部屋で共に取るようになり、穏やかな時間を過ごす。

 だから不意に口を閉ざして食器を持つ手を止めたシンシアに、オーディンも手を止めた。


「どうした?」

「いえ……」

「御口に合いませんでしたか?」


 給仕をしていたリムが貌を覗き込んできたが、手で押し留める。

 勢いよくシンシアは席を立った。驚くオーディンとリムを余所に、シンシアは洗面所に駆け込む。


「シア!?」

「ぁ……っ! ぅっ……く、っ!」


 水を飲んで胃の中身を吐き出すシンシアに、オーディンは慌てて駆け寄る。


「どうした!?」


 咽せて肩を上下させるシンシアの背を撫で、タオルを差し出す。青白い貌でシンシアは淡く微笑むと、緩やかに首を横に振ってタオルを受け取った。


「い…え……なに、も……」

「寝言は寝て言え。その何処が何もないんだ」


 オーディンはリムを振り返った。食事を調べていたリムは貌を強張らせている。


「食事の中に毒が盛られていました。わたくしたちには大したことはない量のようですが、人間であったシンシア様にとってはそうではなかったようです」

「毒見はしていなかったのか?」

「致しました」

「……どくみをしても、あまりいみはありませんよ」


 疲れたような声でシンシアは言った。何度か口を濯ぎ、タオルで拭く。


「以前、私も作成したことがあるのですが……これはとても薄いオブラートのような膜で包んだ極々少量の毒を固形の食事の中に埋め込み、料理の中で自然に膜が溶けてその皿自体を毒に染め上げるか、気付かずに膜ごと食べさせるかによって対象者を毒殺するのです……だいたいは奥の方に埋め込まれているので、まだ膜の溶けていない頃に少し毒見をしたぐらいでは、気付かないのです」


 魔法を使わずに相手を暗殺する、最も容易い方法だ。シンシアも薬を呑みたがらない子どものために作ったことがあった。だがその技術はそう容易ではなく、それなりに腕の立つ薬師やかなり手先の器用でないとできないとされている。


「包んでいる間に、薬が零れたり……膜が破れたりなどして、制作できないから……魔法を使おうにも、そこまで精緻な魔法を使える者はなかなかいないので……」


 苦しげな顔をするシンシアに、オーディンは目を眇めた。上手く身体を動かせないでいるシンシアに手を翳して、嘔吐物の飛んで汚れたドレスを消し去り、魔法で彼女の白く滑らかな四肢を簡単に清める。清潔な寝間着を纏わせ、軽い身体を抱き上げた。


「とりあえず寝ろ。今日はもう休め」

「……仰せのままに」


 シンシアは力なく頷いた。



 * * * * *



 夜が明けようという頃に目を覚ましたシンシアは、覗き込んでくる真紅の双眸に目を瞬かせた。


「おー、でぃん……?」


 名を呼んだのに、掠れた声しか出なかった。オーディンは苦笑すると手を伸ばしてくる。


「まだ寝ていていいぞ」


 撫でてくる大きな手が心地よくて、まだ半ば微睡の中にあったシンシアは目を細めた。差し出された水差しを、礼を言って受け取る。冷たい水が咽喉に心地よい。

 オーディンはいつものように魔力を抑えることをせずにだだ漏らしにしてしまっている。そのため瞳の色が血のような紅に染まっていた。


「オーディン、目の色が……」

「ああ……少し、焦ったからな」


 微かに疲労の滲む精悍な面差しに、シンシアは貌を曇らせる。


「王は、しっかりと休息を取ることも大切ですよ……」


 思ってもみなかった言葉に、オーディンは目を丸くする。


「ひとの心配する前に、自分のことをどうにかしろ」

「民の要である王が倒れたとしたら、かなり責任を感じます……」


 シンシアは項垂れると、主人を見上げた。


「以前より食事に混ぜられていたのですが、職業柄私は身体を毒に慣らしていたため、あまり強くなく、また少量でしたし、まあ、いいかな、と思いまして……」

「食べていたのか?」

「……はい」

「それで死にかけるとは、お前かなりの馬鹿だな」

「う……」


 シンシアは何も言えない。確かに、己を過信し過ぎていた。ぷにぷにと責めるように頬を突かれても反論できない。


「最初は、本当に気づかない程微量な物だったのですが。近頃は、味に多少の変化が現れていますね。暗殺をなさるのなら、より精工かつ緻密に行わなくては。どうしてもあの毒を使うというのならば、私なら味の濃い料理に仕込み、確実なものを狙いますのに」

「…………」


 どういう環境で育ったらそんな考えに行き着くのか。何てことないようにさらりと嘯く少女に、オーディンは飼い主として躾を一から付けた方がよいか、本気で思案する。


「とにかく、今日は寝ていろ。部屋から出るな」

「……毒の解析をしたかったのですが」

「寝ろ。解析は研究室でやらせる」


 主人の命令に、シンシアは小さく頷いた。サンティなら快く結果を教えてくれるだろう。もそもそと毛布の中に潜る。

 シンシアが目覚めたのでリムを呼ぼうとしたオーディンは、しかし裾を掴まれて動きを止める。飼い猫が白い指で裾を握り締め、毛布から貌だけを出して見上げて来ていた。


「1つ、いいことを教えて差し上げます」

「いいこと?」


 こくりと、あどけなく少女は頷く。


「たとえ、何があろうとも。私の命を脅かすことのできる者はいません。たとえ――――それが神であろうとも」


 真紅の双眸が漆黒に煌く。何処までも続く闇のようなそれに、オーディンは呑まれるような錯覚を覚えた。歌うように、澄んだ声が言葉を紡ぐ。


「可能なのは、私が唯一と定めた者のみ」

「唯一……?」

「ええ。唯一無二……その方だけが、私を手にかけることが…できる……のです…よ……」


 語尾が段々途切れ途切れになる。目蓋が重くなったのか、彼女はうとうととし始めていた。

 どういう意味なのか尋ねたかったが、彼女は毒に耐えたばかりだ。白いシーツに広がる髪は、少し艶がない。また体調の好い時に訊けばいい。


「今はゆっくり休め」

「はい……」


 少女はそのまま健やかな寝息を立てて眠りに就いた。

 あどけない寝顔を見下ろし、オーディンは溜息を吐く。


「この猫は何をしているのやら……」


 掴まれたままの裾を一瞥し、白い頬を撫でる。ふにゃりと愛らしく端正な美貌が綻ぶ。

 偶にはもう少しのんびりしてもいいかもしれない。



 執務室に現れないオーディンを探しにエドワードがやってくるのは、この1時間後のこと。

 主人と猫は、麗らかな日差しの中、寄り添い合うようにして眠っていた。




毒を盛られたからといって平然と食べるのは

シンシアとサンティぐらいものです。

サンティは魔女なので、人間よりも毒の耐性が強いのです。

よく毒見しているので余計に。

シンシアも似た感じ。たまに毒見してたり?

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