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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
Ⅱ.飼い猫生活は波乱万丈
14/65

ⅷ.

*4/27 改行入れてみました。



 少女はエドワードから視線を外すと、部屋の壁際にあった茶器を手に取った。水差しの水を一瞬で沸騰させると、茶を淹れる。そこにスカートの裾から取り出した小瓶の中身を垂らした。

 少女の威に呑まれていたエドワードは何をしているのかと声をかけようとし、睨まれて口を閉ざす。オーディンからは死角になっていて気付いていない。


「オーディン」


 澄んだ声にオーディンは貌を上げた。彼女は微笑んで淹れた紅茶を執務机に置く。


「あまり根を詰めないでくださいね」

「ああ、ありがとう」


 礼を言いオーディンはカップを口につける。そのまま執務を再開したオーディンは、しかし紅茶の味に違和感を覚え、眉を顰める。その様を見つめ、少女は艶やかに微笑む。


「――――お休みなさい」


 密やかに囁かれた言葉。するりと心の奥底に忍び込んでくる声に、急激に眠気が湧き起こる。


「な……っ」


 視界が揺らぎ、意識が遠ざかっていく。

 霞む視界の中、煌く漆黒の双眸がオーディンの目に映った。



 倒れるように執務机に突っ伏して眠るオーディン。重ねられていた書類が均衡を崩して宙を舞う。


「何をした」


 首筋に添えられる鋭い爪。緊張した固い声で、エドワードは問いかけた。少しでも動けば、彼の爪は彼女の白い首を切り裂く。


「彼に気付かれぬよう魔力を帯びていない睡眠薬を盛って、精神魔法で眠って頂きました。少し、お休み頂こうかと思って」


 肩を竦め、彼女は己の頭に生える耳に触れる。耳は白銀の光を纏いながら元の仄かに赤みを帯びた耳に戻る。尻尾も光になって空に溶けていった。

 すっかり元の姿に戻ってしまった少女。彼女は机の上のカップを手に取ると、零れてしまった紅茶に触れる。紅い液体は一瞬にして何もなかったかのように消え去ってしまった。

 彼女は警戒を見せるエドワードを余所に、散らばった書類を集める。人間領との外交について。一番上の紙面には、そのように魔力で文字の記されていた。


「貴方は王と親しいようですね。幼少の頃より交流があられたとか」


 少女はエドワードを見上げてくる。その漆黒の双眸は悪戯っぽく煌いていた。


「王のために、私に手を貸してはくださいませんか」



 * * * * *



 目覚めた時、一瞬自分が何処にいるのかわからなかった。


「…………」


 暫く天井を見つめていたオーディンは、漸く自分が執務室の隣にある仮眠室にいることに気が付いた。身を起こすと、掛けられていた毛布がずり落ちる。窓の外を見ると、最後に見た時よりも日が傾いていた。時計の針は2時間近く進んでいる。

 柔らかなぬくもりに視線を落とすと、シンシアが傍らで丸くなって寝ていた。猫の耳と尻尾は消えてしまっている。


「お目覚めですか?」


 室内の椅子に腰かけていたエドワードが声をかけてきた。幼少時より交流のある彼は、気心の知れる相手だ。その手には数枚の紙がある。


「なんだそれは」


 新しい書類か。そう思って問いかけると、幼馴染は渋面となった。


「……シンシア姫が仕分けたものです」

「……は?」

「見てください」


 受け取った書類は意識を失う前に見ていた、人間領との関係を取り扱ったものだ。

 ルノーシェは魔族だけでなく、獣人や妖精なども暮らしている。偶に自然界の気や力とも言える精霊が実体化して、魔族や獣人の振りをして暮らしているという報告もあった。

 だが逆に、人間は1人もいない。アネディティト大陸の半分を占める領土の中、たった1人もだ。ルノーシェ領と人間領を隔てるクレスク河には結界が張られ、人間の侵入を阻んでいる。その結界を超えてルノーシェ領内に流れ着いた唯一の例外がシンシアだ。それ程までに、ルノーシェは他国と関わろうとはして来なかった。

 そもそも、カイルの戦いの発端は人間の獣人への迫害や、自分たちにはない魔力に目が眩んで魔族の子どもを攫ったということにあった。眷属を傷付けられたり失ったりした彼らは怒りに震え、侵攻してくる人間たちから仲間を護るために力を揮った。

 徹底的に人間を避けてきたルノーシェの者たち。だが、オーディンはそのままでいいのかと思った。

 永い寿命を持つ彼らの中で、哀しい記憶は簡単には癒えない。結界があるとはいえ、相変わらず国境付近では小競り合いが続いている。そこでは少なくない被害があり、幾らオーディンが止めに向かっても怪我人は出る。

 苦しみや哀しみ、怒りを抱くぐらいなら、共に手を取り笑え合えることに越したことはない。

 シンシアの見ていたという書類は、オーディンがそう思って作成したものだった。旧い爵位持ちや民の中には未だに悲しみを持っている者がいる。そんな彼らをどのように説得するか、オーディンはここ最近遅くまで考えを練っていた。


「俺が監視している中、重要な案件を除いた全てに目を通して書類を捌いてました。一応俺が確認してましたが、全く抜かりがなくて驚いてたところです。特に陛下の人間領との外交関連の書類に限っては新たに何やら書き足していました」

「シアは人間だったからな……」


 確かにオーディンが練っていた考えに、女の柔らかな筆跡()で幾つか付け足しされていた。自分たち魔族とは違う人間視点からの意見に、オーディンはふむと考えを巡らせる。


「人間領絡みの案件に関わらせてもいいかもな」

「そうですね……能力はあるようですし」


 オーディンは眠る少女の髪を撫でる。ふにゃりと貌を緩めている彼女はとてもそんなことができるようには見えない。

 そう言えばと、オーディンは白い頬を撫でる。意識を失う前、彼女の瞳は漆黒に煌いていた。魔族や魔術師にとって瞳は一番魔力の質が現れやすいとされていて、(いろ)を変えるのはなかなか難しい。魔力を抑えても変わらない者もいる。何時の間にできるようになったのだろう。

 考え事をしていたためか、間違って柔らかな頬を引っ張ってしまっていた。


「ふにゃっ!?」

「あ、悪い」


 涙目になって起き上がったシンシアの瞳は、紅玉のような澄んだ紅だった。




オーディンには魔女の睡眠薬は効きません。魔力を打ち消しちゃうんで。

シンシアの精神魔法も打ち消しちゃいます。

なのでシンシアはサンティに協力する代わりに魔力なしの睡眠薬を貰って、

薬の力と合わせてオーディン眠らせました。


猫耳尻尾にされたのは彼女にとって予想外のことでしたが。

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