ⅶ.
*4/27 改行入れてみました。
魔女のサンティがシンシアに魔法を教えてくれることになった。変な奴だけど薬草と魔法の知識は豊富とはフラウの言だ。
「よぅーし! これからよろしく頼む、猫姫殿」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
「礼儀正しい子は嫌いじゃないよ」
優雅な仕草で頭を下げたシンシアの頭をサンティは撫でる。
今日のシンシアは白いブラウスに濃紺のカーディガン、紅いタータンチェックのスカートを着せられ、長い黒髪は紅いリボンで1つにして結い上げられている。少し大きめのカーディガンは、愛らしい彼女をより幼く見せていた。
「さて、姫は魔術師だったそうだが、誰からか師事を受けていたことはあるか?」
「……主に母から教わりました。後は友人や郷の婆様から」
「フラウが風を使役していたと言っていたから、ある程度の魔法は使えるようだ」
魔女の白い手に、革張りの分厚い本が現れる。見覚えのある表紙に、シンシアは貌を顰める。
「じゃあ、伝承は知ってるね?」
シンシアはこくりと頷いた。自分の上に落とされた革張りの表紙を見つめ、薔薇色の唇を開く。
昔々のこと。
世界は人間と魔族との諍いにより、森は枯れ、大地は弱り、風は澱んだ。
争いは止まることがなく、やがて誰もが闇の深みに嵌っていって。
争いが渦巻く世界。
そこに、神が舞い降りた。
争う人間と魔族をご覧になって嘆かれた神。
神が枯れた大地にその足を付けると、草木は潤い再び、芽を出し。
神が舞い踊ると、風は清々しく吹き抜け。
またその口で紡がれる調べは、争いで荒んだ者たちの心を癒し、
堕ちて行くだけであった彼らを闇から救い上げた。
そうして、争うばかりだった者たちは、
嘆きながらも争うだけの己たちに希望を見出そうとする神の姿を見て刃を引いた。
神が、自分たちを愛して歌っていることを知ったから。
神の愛に、応えたいと思ったから。
やがて神は1人の人間に恋をし、結ばれる。
人間との間に3人の娘に恵まれた神は愛する人間の生涯を見届けると、
天へを還っていった。
「後にこの戦いはアネディティト大陸中央にそびえるカイル山の麓で神が歌われたことにちなんで、カイルの戦いと呼ばれています」
「教本道理の答えだな」
苦笑するサンティに、シンシアは目を眇める。
「何かご不満でも?」
「いや? 人間なら人間寄りの、魔族なら魔族寄りの考えを交えて応える者が殆どだからさ。元人間、現魔族の姫がどう応えるのか、ちょっと興味があった」
「…………」
銀の瞳に見据えられ、少女は貌を伏せる。
サンティは革張りの本を開くと、長い指で頁を手繰る。
「人間の魔術師の始まりは、神の3人の姫君たちだと言われている。慈愛と安らぎの夜姫クリス、剣と熱情の焔姫イリス、豊穣と無垢の花姫ベル。彼女たちは神と同じく不思議な力を持つ歌を歌った。精霊は神が創ったために、神の娘である彼女たちは女神とも精霊の女王とも呼ばれている。そんな彼女たちの血を引く者が魔術師になったとされているな」
魔女は神妙な顔をする少女を一瞥する。
夜を思わせる闇よりも深い漆黒の髪は魔族の中にあっても珍しい。茶色がかった黒髪は珍しくもないが、彼女ほど深い色を持つ者はなかなかいない。余程精霊の加護――――特に夜姫クリスの眷属のものが強いのだろう。深淵の双眸も見てみたいのだが、まだ上手く吸血鬼の魔力を抑えることができないでいるらしい。
「この間、地下迷宮に落ちたんだって? あの迷宮は、奥で夜姫クリスを祀る神殿に繋がっているという話だ。まあ、真実は王しか知らないけど」
「訓練用に立ち入りが許されているのではないのですか?」
「許可が下りているのは手前の方だけだ。奥の方には結界が張られて入れない」
立ち入りを申請しているんだが、なかなか許可が下りない。
そう嘯くサンティは、ふと目の前で花茶の注がれたカップを両手で持つ少女を見やる。猫舌なのかふぅふぅと息を吹きかけている彼女は、王の愛玩動物である。
「……ちょうどいいものがあるではないか」
サンティがぱちんっと指を鳴らし手元に転移させたのは、小さな瓶。半透明な液体を湛えるそれには、子どもの落書きのような猫の絵の描かれたラベルが貼られている。
「猫姫殿。少しばかり協力してはくれないか? 後で本を貸してやるから」
「よいですよ。私にできることならば」
何も知らないシンシアは笑みを浮かべてそう言ってくれる。にやぁっとサンティは笑った。
「では早速、協力して貰おうじゃないか――――」
「みぎゃあああああああああああっ!?」
長閑な昼下がり、そんな情けない悲鳴が城内に響き渡った。執務室で書類を捌いていたオーディンは、ペンを持っていた手を停めて貌を上げる。
「……なんだ?」
「さあ?」
書類を持って来ていた蒼銀の髪の青年は首を傾げたが、用事を済まそうと口を開きかけ――――
「オーディンーっ!」
「うおっ!?」
すぐ目の前に転移して来た少女に驚いて後退る。
転移して来たのは、漆黒の髪と真紅の髪を持つ愛らしい少女――――シンシアだった。
何度か遠目に見たことのある、だが彼はその姿に違和感を覚えた。
「……耳?」
艶やかな黒い毛に覆われた三角の耳が髪の間から生え、代わりに白い耳が無くなっている。よく見ると、紅いスカートの裾から細く長い黒毛の尻尾が生えていた。左右に揺れるそれに思わず触ろうとした青年だが、主君に睨まれて手を下げる。
「どうした、シア」
「さ、サンティ、が……!」
「あの変態魔女がどうした?」
シンシアは真紅の双眸を潤ませ、白い頬を薔薇色に染めて上げていた。
「サンティが……っ!」
「――――陛下っ!」
ばたんっと勢いよく執務室の扉が開く。開け放たれた扉の向こうには、興奮気味のサンティの姿があった。彼女はオーディンが触れようとしていたシンシアの襟を掴み、彼の手から引き離す。
「何のつもりだ?」
「陛下、今の彼女の姿はどうだ?」
質問に答えず、サンティはオーディンにそう問い返した。彼女のふにふにと嫌がる飼い猫の頬を突く姿が憎らしいが、オーディンは眉間に皺を寄せながらも答えた。
「可愛らしいな」
「そうであろう! この私が改良に改良を重ねて耳と尻尾だけが生えるように作った変化薬――――『ねこですにゃん』!」
「相変わらず変な薬ばっか作ってんだな……」
青年が苦虫を潰したような顔をするが、サンティの耳には全く入っていない。
「で、何の用だ? 貴様が用もなく研究室か図書館以外にいる訳ないだろ」
王の言葉に、彼女は嬉々としてばっと丸めて持っていた紙を掲げた。すぐ目の前で掲げられたそれに、王は半眼になる。
「……地下迷宮奥地への立ち入り許可申請書……?」
「こんなにも可愛くなった猫姫殿を返して貰いたくば、許可を頂きたい!」
「却下」
「なんで!?」
にべもなく切って捨てられ、サンティは許可申請書を握り潰す。
「餌を目の前にぶら下げられているというのに……!」
「……お前主君を何だと思ってるだよ」
「研究場所と費用と人件を提供してくれる都合の良い雇い主」
他に何があると言わんばかりに、サンティは応えた。問い掛けた俺が馬鹿だった。青年は呻く。
「そんなくだらん用なら出ていけ。仕事の邪魔だ。シアは置いていけ」
冷淡に言い放つオーディンに、サンティは歯ぎしりをしながらも相手は一応王なので言われた通りにする。暫く恨めしそうに淡々とペンを動かす王の姿を睨みつけていたが、やがて口を尖らせて踵を返す。
「次こそは……!」
拳を掲げて、魔女は来たときと同じく扉から出て行った。途端に静かになった室内に、紙の擦れる音だけが響く。
「その内研究室の予算を削るぞ」
「……オーディン」
本気で研究室への予算を削るかと考え始めたオーディンが震える声に貌を上げると、へにょりと黒い猫の耳が垂れていた。見ると、尻尾も垂れ下がっている。
「……暫くはそのままでいるか。面白いし」
「やぁーっ!」
少女は嫌々するように首を横に振る。彼女の動きに合わせて尻尾が揺れる。
「シンシア姫、裾に気を付けられよ」
「っ!?」
後ろからかけられた声に、シンシアは咄嗟にスカートの裾を押さえる。ちらっと背後に立っていた蒼銀の髪の青年を見上げる。
「俺まだ死にたくないんで」
青年の金の双眸が王を一瞥する。
「……貴方は?」
「狼男のエドワードです。以後見知り置きを」
一礼する彼の名に、シンシアは紅い髪の少女将軍の言葉を思い出す。確か、そのような名を聞いたような。
「……将軍?」
「一応」
頷いたエドワードは、次の瞬間息を詰めた。
少女は薔薇色の唇だけを笑みの形にして、鋭い瞳で見上げて来ていた。
一度やってみたかった猫耳。魔女の薬の効果なんで動きます。
サンティは目的達成のためなら手段を問わない人です。
エドワードはオーディンの側近です。仲いいです。




