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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
Ⅱ.飼い猫生活は波乱万丈
11/65

ⅴ.

*4/27 改行入れてみました。


 女に連れて来られたのは、南の宮にある研究室の1つだった。


「少し汚いが我慢してくれ」

「すこし……?」


 雑然と物がそこここで積み上げられ、棚には瓶に詰められた薬品が適当に押し込められている。窓には薬草が無造作に吊るされ、床は書類や実験器具が散らばっていて足の踏み場もない。少しどころかかなり、いや物凄く、散らかっている。それなりに広い部屋の筈だが、とても狭く思えた。


「適当に腰掛けてくれて構わない。今茶を出す」

「まーた汚くなってるわね……少しは片付けなさいよ」

「失敬な。私の部屋なのだから、どうなろうが私の勝手だ」

「…………」


 とりあえず、シンシアとフラウは窓際にあったソファに腰掛ける。まともな場所がそこだけだったからだ。適当に丸められた毛布が気になったが、何故ここに毛布があるのか、あえて聞かない。


「私は魔女(ウィッチ)のサンティだ。研究室の室長をしている」


 彼女は花茶を2人の前に出した。礼を言ってシンシアは両手でカップを受け取る。仄かな甘い香りのするそれに、自然と笑みが零れた。


「さて、王の猫姫殿。貴女はどれ程己が立場を理解している?」


 そう言ってサンティは、作業机の椅子を引っ張ってきて腰掛ける。唐突な問いかけに、シンシアは虚を突かれながらも思案を巡らせた。


「私がオーディンとリムより言われていることは、私はオーディンの癒しとなる愛玩動物であるということです。私は彼を心情的に癒すための存在であり、また同時に彼の渇きを癒す餌となった眷属。これ以上でもこれ以下でもありません」


 私がこうして城内に放たれていることも、私の反応を見て楽しむためでしょう?

 シンシアの放った言葉に、フラウは言葉に詰まる。正しくその通りだからだ。今この瞬間の出来事も、水晶越しでオーディンの目に入っている筈だ。


「なかなか聡い娘のようだな」


 楽しげに笑い、サンティは手にしているカップを揺らす。


「だが、そう思っていない者もいる」


 途端にフラウが愛らしい貌を思いっきり歪めた。きょとんと眼を瞬かせるシンシアに、サンティは何処か毒を含んだような艶をもって微笑する。シンシアは眉を顰めた。この瞳は嫌い。


「陛下は即位されてから後宮に迎えられたのは、幼少時から交流のあられた、吸血鬼スティーリア侯爵令嬢のユリア嬢ただ1人だけだ。それからは何度か王族と繋がりを持ちたい爵位持ちから令嬢の後宮入りが提案されたんだが、陛下はその全てを断ってきている」

「一途なのですね」

「シンシア様、それちょっと違うんじゃないかな……?」

「こら、話の腰を折るな――――そんな中、陛下が死にかけの人間の小娘を拾って来た。その上眷属にして生き永らえさせているだけでなく、自室で飼っているときた。その娘、猫姫殿が来てから後宮のユリア嬢のところにも寄り付かなくなった陛下に、爵位持ちや令嬢たちは様々な憶測を巡らしているよ」

「おくそく……?」


 首を傾げるシンシアに、サンティは片目を眇めて淡々と述べる。


「猫姫殿が陛下の愛人か何かじゃないか、とね」

「………………………………………………はい?」


 サンティの言っていることの意味が解らない。シンシアは静かに両手で持ったカップを見下ろした。そこに映る自身の姿を眺めつつ、ふと心の中で思ったことを口にする。


「……魔族には愛玩動物や家畜を愛人にする風習でもあるのですか?」

『ないよ』


 同時に返してくるフラウとサンティ。全くもってわからない。ならばどうして愛人だと思うのか。

 オーディンのシンシアへの接し方は、癒しのための愛玩動物で、精気を得るための餌でしかない。

 シンシアもまた然り。オーディンは自分を拾った吸血鬼であり、主人でしかない。親愛の情を抱いたとしても、精々兄のように思えるぐらいだ。

 素直にそう言うと、フラウは複雑極まりない貌をし、サンティは腹を抱えて笑い出した。


「凄い女もいたものだ! あんな綺麗な御仁、しかも居合わせてないだけで遠見の術を使って一国の王がご覧になっていることを知った上で、平然とそんなこと宣うとは!」

「私は飼い猫でしかありません。飼い猫には多少の自由と悪戯が許される筈です。というか、許してくださらないと引っ掻いてしまうかもしれません」


 澄ました顔をするシンシアに、フラウとサンティは顔を見合わせた。それはそれでどうなのだろうか。


「結局のところ、貴女のお話からすると、その御令嬢の方々というのは私をオーディンの愛人か何かだと思っていて。自分は見向きもされないから嫉妬して消してしまおうと考えられていて。けれども今までは私が王の部屋からいたから手が出せなかっただけ、ということなのですね。で、今日は外に出てきたから殺意をもって本を落として来た、と」

「そう言うことになる。あの部屋にはかなり厳重な結界が張られているからな」

「許可されていなかったら部屋の前に立つだけで委縮しちゃいそうな程の魔力だもの。さすが、この国最強の魔王様。ちょっと怖い」


 肩を竦めるフラウに、意外な言葉を聞いたと、シンシアは首を傾げる。


「怖い? オーディンが?」

「そう、怖い。リムとかエド――――ああ、私の同寮で同じ将軍してる奴なんですけど――――とかが平然としているのが凄いと思います」

「私も少し怖いな。何というか……あれはもう次元が違うとしか言えない」


 他の誰よりも強い力。全ての闇を統べる王。脆弱な人間だけでなく同族である魔族でさえ、それを時に脅威に思うことがある。彼の力を、存在を、威を、本能で感じ取り、畏怖するからだ。


「同じ部屋で寝起きしているというのに、猫姫殿は何とも思われないのか?」

「私は特には……ただ」

「ただ?」


 シンシアは目を伏せた。真紅の双眸を縁取る長い漆黒の睫毛が白い頬に影を落とす。


「私がこちらに来て日が浅いので、私の思い違いやもしれませぬが……毎夜お仕事から戻られた王はいつも、酷くお疲れのようで……せめて夜だけでも安らぎを得られて欲しいと、私は思うのです」

「…………」


 サンティは手を伸ばして兎耳の帽子越しにシンシアの頭を撫でた。横に座っていたフラウは無言のままシンシアに寄り添う。


「? どうかなさいましたか」

「なんだか撫でたくなった」

「もふもふの帽子ですものね。わかります」


 その時、納得したようにうんうんと頷いていたシンシアは気付かなかった。フラウとサンティがどのような表情(かお)をしていたのかを。


「なあ、王の姫君よ」


 だから貌を上げた時、サンティの顔を見てただ嬉しいと思っただけだった。


「ひとつ、お願いを聞いてはくれないか――――?」


 彼女がシンシアの嫌いな薄っぺらい感情ではなく、それはそれは綺麗な、慈愛に満ちた銀の瞳を初めて見せてくれたから。




サンティは仕事はできるけど、私生活がかなり杜撰な魔女です。

一応研究室の室長なので、将軍のフラウとは同じくらいの権限があるため、

結構偉いひと、の筈。

研究に没頭するあまり、よく研究室に泊まり込んでいます。

他にも設定あるけど、それは追々。

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