ⅳ.
*4/27 改行入れてみました。
結局その日はシンシアはまだ本調子でなかったため地下迷宮探索などと言うことはせず、フラウの転移魔法で地上に戻り、図書館を訪れた。
ルノーシェ城は謁見室や大広間などのある宮を中心とし、東に武官たちの部屋や訓練場のある宮、西に王の執務室や文官たちの部屋のある宮、南に研究や温室のある宮、北に王族の私室や妃の住まう宮が存在する。各宮は高い塔のようになっていて、回廊などで繋がっていた。シンシアが飼われていたのは、北の宮の最上階にあるオーディンの私室である。
西の宮の離れにあたる図書館は3階建てだ。各階の天井が高く作られたそこには、壁一面を覆う本棚に種類毎に揃えられた本が所狭しと並べられ、見る者を圧倒するほどまでに壮観だ。
「はうぅ……っ!」
目を輝かせて興奮するシンシアに、フラウは呆気に取られた。
「すごくうれしそう……」
「だって、だってっ! こんなにも古い魔導書や歴史書、それに、植物図鑑があるだなんて……っ!」
「いちおー、1階のカウンターで貸出できるよーになってまーす」
「よいのですかっ!?」
「陛下の許可は下りてるよ」
ぱあああっと眩しいぐらいの実に愛らしい笑顔を浮かべて、シンシアは勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございますっ!!」
「あとで陛下に同じことしたら喜ばれます」
「わかりましたっ!」
素直に頷いて、シンシアはいそいそと本を見に行く。図書館という空間のために足音を立てず、けれども若干の早足で。
「そんなに嬉しいことなのかしらねぇー」
じっとしていることが苦手で本にあまり興味のないフラウにはよく解らない。設備されている席に腰を掛け、フラウは頬杖を突いてシンシアの後姿を視線で追う。静かに興奮している少女は、無意識なのだろうか、魔力が漏れ出て足が宙についていない。人間にはあり得ない、けれども興奮している魔族の子どもには偶に見られることだ。
「……16ってリム言ってなかったっけ?」
果たして16歳は、子どもなのか、大人なのか。フラウはちょっと悩んだ。
魔族の書物は基本、魔力によって記されていく。そのため文字を習うという必要がなく、魔力を読み取ることさえできればその内容を理解することができるのだ。
体力は落ちてしまっているが、魔力が戻っているために幾らでも本が読める。嬉々として1階にある薬草関連の本を物色していたシンシアは、ふと頭上で魔力の流れが澱んだのを感じて貌を上げた。次の瞬間、何もない空中に数冊の本が現れる。そのどれもがかなり分厚い革張りの魔導書だ。幾ら眷属でも、上に落ちて来られてはひとたまりもない。
反射的に足を引いて飛び退ると、重く鈍い音を立てて本が床の上に落ちてくる。
「っ!」
「何の音だっ!?」
他の図書館の利用者たちが異質な音を聞きつけて集まって来た。床の上に広がる本に、貌を蒼くしているシンシアに気遣いの声をかける。
「吸血鬼の姫君、怪我はないか?」
「あ…の……」
「シンシア様、ご無事ですか!?」
血相を変えたフラウの貌を見て、シンシアは何時の間に強張っていた身体と緊張を緩やかに解く。何とか頷いて見せると、フラウも肩の力を抜いて笑みを浮かべた。
落ちてきたのは、古い伝承を記した本だった。1冊が赤子ほどの重さがあるそれが、全部で5冊。もし避けていなかったら、シンシアは今頃首の骨を折って死んでいただろう。
「あーっ! 古い伝承がーっ!」
突然黒いローブを纏い蜜色の髪を無造作に1つに纏めた女が悲鳴を上げた。彼女は本に駆け寄り、状態を確認する。
「よかった……無事だった」
ほうっと安堵の息を吐き、女は平然と本5冊をその細腕で持ち上げてしまう。
「伝承の本の棚は3階なのに、誰が移動させてんだよ」
文句を言いながら、女は周りの様子に気を留めることもなく階段へと向かった。集まっていた他の利用者も何事もなかったことを見て、散っていく。
「待って、サンティ」
フラウが蜜色の髪の女へと呼び掛けた。その声は僅かに固い。
「なんだよ、フラウ」
「その本、普段は3階にあるの……?」
「ん?」
サンティと呼ばれた女は貌だけでフラウを振り返った。彼女は普段は本に興味を示すことなど皆無な少女将軍を知っているため訝しげに銀の双眸を眇めていた。だが、見慣れない黒い髪に真紅の双眸の少女の姿を認めて身体ごと向き直る。
「その娘は? 吸血鬼のようだが」
「シンシア様――――陛下の愛猫様よ」
「……ほほぅ?」
銀の双眸に、興味の色が宿る。端正な美貌に笑みを浮かべ彼女は本5冊を片手で持ち上げると、恭しく片足を引いて一礼した。
「初めまして、陛下の猫姫殿――――少し、この私とお話をしようじゃないか」
普通の本は、突然空中に現れて落ちてきたりしません。




