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ゴミ拾い少女は立派な番長になりました。

ゴミ拾い少女は立派な番長になりました。

作者:

 朝学校に行く途中、ふっと近くの公園からお酒の匂いがわずかにした。気になって通ってみると、ブランコの近くがお酒の空き缶だらけになっていた。おおかた酔ってここで大人数で騒いでいたんだろう。この辺住宅地なんだから止めてほしい。


「仕方ないなぁ…」


 常備している軍手をつけて、急いで空き缶をゴミ箱へ捨てる。一応は開始の30分前には学校に着くようにしてるから、遅刻しそうで焦っているわけじゃない。じゃあなんで急いでるのかというと、



「あっ姐さん今日も早いんですね!」

「空き缶持って何してんスか?」

「!」



 …この人達のせいだ。


 どうしてこんな金髪やらリーゼントやらのイカツくて強面な人に“姐さん”呼びなんかされているのかを説明するには、6年も前に遡る。



***



「いいか? 漢の生き様ってのはな」

「うん!」


 当時10歳だった私には仲の良い近所のお兄さんがいた。

 その人は所謂ヤンキーで、喧嘩はあちこちでするわ学校にはあんまり出席しないわで世間では評判がすこぶる悪かった。でも“漢”という道を重んじるその背中に憧れを抱く不良は少なくなく、あっという間にここら一帯のトップ、つまり番長となった。その頃の私は日課をゴミ拾いにする程の善良市民なのに対しヤンキー自体何か知らず、お兄さんが番長になった後も『女子供には手出ししない』という漢のルール(?)が適用されたか何かで、私とお兄さんの仲は良好だった。


 だがその年、お兄さんがなんと家庭の事情で引っ越しする事になった。ここら一帯の勢力のトップに君臨したお兄さんでも家庭の事情には逆らえないらしい。あっという間に引っ越しの準備が進み、とうとうお兄さんが行ってしまう日になってしまった。


「泣くなことり。別れの時は笑えと言っただろう」

「うっ、いか、ないで、ひっ」

「俺はな、お前に頼みがある」

「…?」


 めったに人を頼らないお兄さんが子供の私に何だろうと思って、必死で涙を止めた。それに満足したお兄さんはこくりと1度頷き、道の遠くを見て「来い野郎共!」と叫んだ。この時点で全力で逃げるべきだった。

 私は驚いて振り返ると、激しいエンジン音が聞こえ、家の角からバイクに乗ったイカツい人が出るわ出るわ。みんな一様に目つきが悪く、目を合わせたら死にそうだった。


「こ…この人達は…?」

「俺の子分だ。お前には俺がまた帰ってくるまでの間こいつらを任せたい」

「えっ」


 無理だよ。そう言おうとしたが一際大きくなったエンジン音にすくんで言えなかった。

 目線を合わせて今まで中腰だった体制からすっと立ち上がり、ぐっと拳を突き上げてお兄さんが叫ぶ。


「テメェらよく聞け! 俺は今から少しの間留守にする! 前話した通りそれまで俺の代わりはコイツが努める! いいな!」

「うっす番長!」

「いってらっしゃい兄貴!」

「宜しくッス姐さん!」

「必ずお守りするッス!」


 一斉に話しかけてくる年上の男の人達に対応できずに口をパクパクさせてしまう。というか本人達自身は笑顔を作ってるのかも知れないけど、目を見開くその顔は子供にとって恐怖の対象でしかない。この時泣き出さなかった私を誰か誉めて欲しい。


「ほらお前からもなんか言ってやれ」

「えっあっ」


 その一言でみんながキラキラ(正確にはギランギランしていた)目で私を見てくる。お兄さんも期待して私の言葉を待っている。もう過去の事なのでぶっちゃけてしまうと、私の初恋の相手はお兄さんだった。だから怖い反面期待を裏切って嫌われる事を恐れた私は思わずこう言った。


「み…みんな俺について来やがって下さい!」


 −−と。ちなみに年上なのをあえて配慮した結果が敬語だ。一人称が俺になったのはノリ。

 確実に失敗した、と思って泣きそうになった私だったが、何故かお兄さんの子分さん達は盛り上がり、はたまたお兄さんは目尻を押さえて空を見上げていた。


「はい姐さん!」

「兄貴が帰って来るまで…いや一生お供するぜ姐さん!」

「立派に…なりやがって…」

「???」


 この瞬間、既に私は仮の番長としてトップに立ったのだった。



***



 …ほんと、今思い出しても恐ろしい思い出だなぁ。お兄さん帰ってこないし…。


「うわっすごい空き缶スね」

「え、もしかして姐さん…ゴミ拾いしてるとか…」

「えっ」


 そういえばゴミ拾いしてたの見つかった事忘れてた!

 番長になったあの時から子分さん達の前では番長らしく振る舞うよう心掛けてきたけれど、残念ながらというか何というか幼い頃からの日課は止められず今でも地域の掃除に取り組む私である。それを必死に隠して6年間生きてきたんだ。まさかこんな所でそんな事してるなんてバレるわけにはいかない。

 ばっと振り向くと空き缶に力を込める。


「さ、酒をほんのちょっとたしなんでたんだろです!」

「ええっ姐さんがこの酒全部飲んだんですか!?」

「朝からこの量…さすが姐さんただものじゃないッスね!」


 どうやら誤魔化せたようだけど、格好つける為に片手で缶を潰そうとしたのに出来なかった。無駄に手を痛めてしまっただけ。そこは頑張ってよ私の握力。

 嬉しそうにほぉーと感心していた子分さんAがハッと何かに気付いて真顔に戻った。


「でも姐さん未成年だったハズじゃ?」

「えぇっ未成年で酒飲んだんスか!」

「あっそのっ」


 しまった、ヤンキーはお酒っぽいイメージがあるから大丈夫かと思ったけどやっぱり不良の世界でも未成年がお酒は駄目みたいだ。それに確かに法律違反なんてお兄さんの漢の流儀に合わないんだきっと。

 なんとかしないと。


「よく見やがって下さい! ここれはノンアルコールだ!」


 勿論よく見せる気はなく、急いで空き缶をゴミ箱に移す。死ぬ気でやったからか5、6秒で終わったゴミ拾いにお酒を確認する隙はなく、子分さん達は「そりゃそうか」と納得しているようだった。


「じゃあ俺はここで…」

「あっ学校ですよね!? 送っていきますよ!」

「えっいやっ俺は」

「遠慮なさらず!」


 これ以上ボロを出さない為にさっさと学校に行きたいのに、押し付けられるヘルメット。学校と家だけが私が素でいられる場所なんだ、邪魔などされてなるものか。

 私は精一杯の力でヘルメットを押し返し、叫んだ。


「こっ高校は! 徒歩か自転車か電車で通うもんなんだよでしょうが!」

「っ」


 私の叫びに普通に生活したい願望が露骨に表れたのか、子分さんAは一瞬怯んで頭を下げた。


「すんません調子乗りました!」

「よかっ…じゃない、よし、それでいい」

「いつ聞いても姐さんの怒声は痺れるッス…!」


 何故か羨望の眼差しで見つめられる中、私は逃げるようにしてその場から去った。いや実際2人の視界から消えただろうと思う地点から学校まで走った。これ以上他の子分さん達に会うなんて身が持たない。番長になって喧嘩は1度もしてないので強くなっていないが、脚力だけは強くなったんじゃないかなと思う。



***



「柳先輩、柳ことりせーんぱい! これ何植えたんですか?」

「あっトマトだよ! 分かるようにしとかなきゃね」


 私の数少ない生活の楽しみが、週に1度ある園芸部の活動だ。エンジン音もない、喧嘩をする音も聞こえない場所で緑に触れる。すごく心癒される時間。

 家は特定されているので油断は出来ないけれど、学校の庭なんて子分さん達はみんな知らない。まさに誰にも邪魔されない唯一の時間なのだ。


「そういえばさ、ことり」

「どうしたの?」


 雑草を抜きながら花の世話をしていると、友達が話しかけてきた。部活中の談笑も楽しみの1つだ。


「最近中古ゲーム屋辺りで不良が暴れてるらしいよ」

「ぶっ」


 前言撤回。談笑も楽しみだけど内容による。

 まさか私が代わりに番長をやってる事がバレたのかとヒヤヒヤしたけど、そういう事ではないみたいだ。


 なんでも恐ろしいほど強い男が突然現れて、束になっても適わないから躍起になって大人数で喧嘩を申し込むらしい。本人も大層な喧嘩好きで何人かかってこようが勝負を受け、結果大騒ぎになるとのこと。どんな大男なんだ。


「家近くでしょ? 気をつけてね、ことりってぽやぽやしてるから心配になって」

「ぽやぽやって…。で、でもまぁ噂なんだよね?」

「でも結構実際に見た事ある人いるみたいだよ」

「そ、そうなの…?」


 この辺の子分さん達はみんなお兄さんみたいに義理や人情を大切にするから、そんなイジメみたいな事をするなんて信じられなかった。なんだかショックだ。やっぱりトップが私じゃ、少なからず不満を持った人が出てくるという事なんだろうか。


「………、ねぇその噂いつ見たとか聞いてる?」

「うーんと、確か金曜の夕方が多かったような」

「…そっか」


 金曜は明後日。なんとなく気になるから見に行ってみよう。

 私が決闘を申し込まれたときは『子分さんを全員倒してから相手になってやる』なんて言っといて周りで騒ぎがあったら気になってしまう。番長を嫌がってるのか喜んでやってるのか自分でも分からない。それでも、理由なく子分さん達が喧嘩してるなんて思いたくなかった。

 駄目だなぁ私…。



***



 金曜の放課後。私は学校が終わった途端、家の近くの中古ゲーム屋さんへと向かった。着いた時点ではまだ周りは何ともなく、子分さん達も見当たらなかった。やっぱり噂だったんじゃとほっとする部分もあり、もう少し待ってみようと信じきれない部分もあった。

 中途半端な自分が嫌になりながらも、私はゲーム屋に入って時間を潰す事にした。


 ひと通り店内をぐるりと見終わってお店を出ると、何かバタバタと人が走っていくのが見えた。私自身全員の子分さん達の顔を覚えているわけではないけれど、見た事のある人が通った気がして慌ててその後を追う。


 気付かれないように後ろを追っていると段々と狭い路地に入り、いくつか角を曲がって走り続けると、薄暗いけれど多少開けた場所に出た。人はここから少し行った先の駐車場に集まっていってる。


「いい加減に…、……!」

「……、黙れこの…、…!」


 ビルの影に隠れてじいっと目を凝らすと確かに1人が大勢と喧嘩している。1人の方はまだ学生らしく学ランを着ている。そしてその大勢の中にちらほら確実に見た事がある人達がいた。

 ショックで立ったまま動けなかったけれど、学ランを着た人が地面に倒れたのが見えて思わず走り出した。


「なに、してるの!」

「えっ…!」

「姐さん!?」


 走りながら叫んだ声にみんながビックリしてこちらを振り向いた。みんなボロボロだ。でも倒れてる人はもっとボロボロになっていた。悔しくなって声を張り出す。


「数で勝って、それで満足!? 楽しい!? そんなの卑怯だよ最低だよ!」

「あ、姐さん…」

「こんな人達とは思わなかった! そんな卑怯な事はしないって信じてたのに!」


 あぁ男らしい口調にするの忘れた。それに信じてたなんてなんだか嘘ばっかりだ私。もうやだ。なんでこんなに悔しいんだろう。

 いつの間にか涙が両目に溜まっていて、零れないように必死に我慢した。せめて泣くのは子分さん達の居ないところで。


「…なんだよ」


 すると倒れていた人がムクリと起き上がって嘲笑するように口角を上げた。私の対応をどうしようか慌てていた子分さん達もその声で一斉にその人を睨み付ける。


「やっぱりろくでもねぇ番長じゃねぇか、興ざめ。まさか女とは思わなかったけどよ」

「…っお前!」

「まだ殴られてぇのか!」

「そしたらそこの女が怒るんしゃねぇの?」

「ぐっ…この…!」

「ははっ傑作」

「………?」


 その会話で想像していた状況が一気に不明なものへと変わってしまった。てっきり勝てないから数で勝とうとしたんだと思ったけれど、どこか違う。まるで、この人が私を侮辱したから怒ったような…。

 ………。

 ええ? まさか。


 1人ぽかんとしていると、子分さんBが「姐さん」と私を呼んだ。しょんぼりしたような、怒ったような曖昧な顔だった。


「すみません姐さん。確かにこんな卑怯なマネ最低でした。でも俺達抑えられなかったんです、こんな奴に姐さん馬鹿にされて!」

「…え?」


 子分さんBは段々涙ぐみながらぐっと拳を握った。それと共に子分さん達がみんな涙目でどんどん主張して来た。


「そうッス! こいついきなり俺達に『喧嘩しよーぜ』なんて言って来て! 断ったら『番長がチキン野郎なんだな』とか言い出しやがったんスよ!?」

「姐さんがどれだけ素晴らしいか知りもしないでコイツは!」

「そうですよ! 『へなちょこな番長の下にいるからそんなにへなちょこなんだよ』とか!」

「こんなのスルーできませんよ!」


 わいわいわいと大きな男性が涙でぐしゃぐしゃになりながらも怒っている。その姿はなんていうか。まるで駄々をこねる子供みたいだった。


「…つまり俺の為っつってんですか」

「姐さん…?」


 ああ恥ずかしい。悔しい。最低なのは私だけだった。信じてない証拠だったなんて。

 私はぐっと涙を拭くと、大きく息を吸って吐き出した。


「馬鹿やろお!!」


 その声はビリビリと辺りに響き渡る。


「あ…姐さ…」

「いいかですお前ら! どんな事があろうと大勢対1人は卑怯なことだ! その辺頭冷やして下さってみろ!」


 その言葉にうなだれる子分さん達。うっと泣き出してしまう人もいそうだったから、急いで続きを言う。


「でっでも、…ごめん、ありがとう」

「えっ」

「勘違いしてごめんなさい。お前らの気持ち、すっごく嬉しいんだよです」

「………!」


 感謝だけは伝えないとと精一杯の気持ちを込めて笑った。子分さん達は最初ポカンとしていたが次第に肩を震わせて、1人がこっちに走って来たと思ったら何故か全員走って来た。


「えっちょっ…!?」

「ごめん姐さあぁぁん!」

「もうしませえぇん!」

「大好きッス!」


 暑苦しいほど涙ぐむ男性10数人に囲まれて最初はテンパったけれど、潰されていく内になんだか可笑しくなって声に出して笑った。しばらくそんな感じでもみくちゃになっていたが、ずっとそうしてるわけにもいかず手をパンパンと鳴らした。まだ学ランの人もなんとかしなきゃいけないんだ。


「はい子分さん達は解散! しっかり手当てしろ下さいよ!」

「で、でも姐さんアイツは…」

「俺がなんとかする。だからさっさと帰る!」


 子分さん達はみんな一様に納得がいかないようだったが、最終的には姐さんなら大丈夫だと思ってくれたのか全員帰っていった。笑顔で手を振ってくれたが、こんなに想ってくれてるのに私は素の自分を偽ったままだな、なんてちょっと悲しくなった。


 さて、と気をとり直して学ランの人に向き直る。もみくちゃにされた時にちょっと逃げたんじゃないかと思ったが、さすがにこのボロボロの有り様じゃ無理っぽい。喧嘩しないように頼む前に多少の手当てぐらいはしようと鞄から救急セットを取り出した。


「…なに」

「手当てですだろ、見て分かれってんです」


 手当てしながらも泥だらけの学ランを見つめた。近くの高校で学ランの学校があるか模索し始めて、ふっと首下の校章に目がいった。

 あれ、確かこの校章は有名進学高のだったはず…? でもこの人不良だしなぁ…。

 考えがまとまらないままあらかたの手当てが終わってしまった。まぁこの人の高校なんて置いとくとして、説得が今1番重要だ。なんとかもう喧嘩をするのはやめてもらおう。


「あの、なんで喧嘩したかったんだよです」

「………」

「俺に文句があるなら今いくらでも聞きますつってるんだが」

「………」

「必要に応じて殴ってもいい」


 こんな事が起こった原因として考えられるのがまず私だ。私に文句があって子分さん達を挑発したのか、または怒らせて私と直接喧嘩しようと思ったかのどちらかじゃないんだろうか。もし後者なら私は今この場で殴られちゃうんだろう。自分だって素を偽ってる自分に疑問を感じるんだ、だから殴られるくらい当たり前だ。

 そう思って黙って返答を待つが相手は黙ったままだった。


「………、あの?」

「ん?」

「わた、俺に不満があるとかじゃ…?」

「あー違う違う。ただ喧嘩したいなーと思ったからテキトーに挑発してみただけだよ? だって初めましてだし」

「………」


 …んん? なんだかこの人さっきと口調が全然違うような気がするのは気のせい?

 というかただ喧嘩したいなってつまりそれはただ戦闘狂なだけって事なのかな。でも噂は最近起きたって事だったし。何だかよく分からない人だ。


「なんだかキャラ変わりました…?」

「あーうん。俺イライラしてるとなんか荒くなるんだよね口調とか特に。まぁなめられなくていいっちゃいいけど。…あ、さっき嫌な事言ってごめんね」

「えっ、あ、いえ、こちらこそすみません子分さん達が」


 もうちょっと何か怒鳴られるとかあるのかと内心ヒヤヒヤしていたので少し拍子抜けだった。まさか素がこんな人だったとは。これなら普通にコミュニケーションがとれそうだ。


「そっちこそすっかり敬語だけど。君はわざと口調荒くしてんの? なんで?」

「えっ…あ!」


 そういえば初対面だからか、この人があまりイカツくない顔の人だからかつい普通に敬語を使ってしまっていた。反射的にさっと口を押さえるけれど今更意味がない。黙ってちらりと向かいを見てみるけれど、学ランの人は眉間にしわを寄せて不満げな声を出す。


「わけありってこと?」

「わけありというか、その」

「…じゃあ話してくれたら喧嘩やめてもいいよ」

「!、………」


 一瞬喜んで踏みとどまった。このことをそんなにあっさり言ってもいいものか。…まぁこの人は子分さんでもないしいいかなと思って話す事にした。


「…えっと私、柳ことりっていいます。近くの高校で1年生やってます。実は昔近所のお兄さんが番長で…」


 昔起こった事を簡単に学ランの人に説明すると、その人は少しも笑わず顔色を変えないで成り行きを聞いてくれた。不良でも中々に良い人なのかもしれない。

 大体説明し終わると学ランの人はふーんと興味あるのかないのか分からない口調で口を尖らせた。


「それであの口調だったんだ」

「はい。で、でも結構さまになってませんでした?」

「全然。なんか偉そうにしたいのか縮こまりたいのかどっちなの? って感じだった。誰も突っ込まないし」

「…そ、そうですか…」


 小さくガッツして聞いたのにバッサリと切られてしまった。ちょっと落ち込んで頭が下がる。

 しばらく黙っていると男の人はふぅと息をついた。


「話させてこっちの事情を話さないのはアレなのかな」

「…?」

「俺はね、谷山涼。こっからチャリで30分ぐらいの高校の2年」

「あっ、それってやっぱりあの有名な…!」

「あーもう、名前ぼかしたのに知られてたか。校章捨てときゃよかったかな。まぁうん、そこに一応かよってんの」


 谷山さんの話の続きはこうだった。


 みっちりと朝から晩まで続く厳しい授業にうんざりし、それでも真面目に受けても成績は伸び悩む。それを理由に親にも先生にも責められて。友人に相談しても頑張るしかない、努力はいつか実ると綺麗事ばかり。結局そんなイライラした気持ちが爆発して喧嘩をしかけるようになったらしい。1度の喧嘩で案外すっきりするものの、月曜からまた溜めて金曜にはまた同じイライラが爆発してしまうという事だった。


「君なら俺をどう怒る?」

「え? うーん…ストレス発散の仕方が違う、ですかね」

「子分叱るみたいに続けてよ」

「えっ、えっと、」


 子分さん達がそんな事してたらどう言うか、とちょっと考えてみる。まさかそんな事しないだろうけど…。もしそうなら…。

 あ、ちょっとムカッときた。


「なんでもっと早くに相談してくれなかったんだですか!」

「っ、」

「そんなストレス発散の仕方は駄目だってすぐ気付かない時点で馬鹿確定だ! 馬鹿なら成績伸びなくて当然だろです!」

「………」

「焦る必要なんかない、怒られてもしるかです。それでもまだイライラするなら喧嘩じゃなくて」


 すっと手を差し出してみる。


「ひたすら一緒に遊びましょう」

「!」

「……、えっと、なんかこんな感じですかね、すみません」



 なんだか恥ずかしくなってさっさと手を引っ込めようとしたけれど、谷山さんに素早く手を取られた。男性に手を握られたのはさすがに初めてで、驚いてぶあっと全身赤くなってしまった。


「た、谷山さん?」

「…涼でいいよ」

「はい? うあっ」


 そのままぐいっと上に引っ張られて立ち上がった。思わずよろけてもう片方の手で支えられた。更に赤くなった気がするけど、対する谷山さんは笑っていた。


「ねぇ俺をことりの子分さんにしてよ。絶対喧嘩より楽しい」

「えぇ!?」


 思わぬお願いにさぁっと血の気がひいた気がした。あぁ赤くなったり青くなったりおかしくなりそうだ。


「谷山さ…」

「涼でいいって」

「りょ、涼さん! 言った通り私は番長ぶった口調してるだけで…」

「俺には素のままでいいから。てゆうか多分そっちのがいいと思うよ」

「え?」


 一旦手を離して人差し指で頬をぷに、と差された。ああもうまた赤くなる。この人絶対わざとやってる、そうに違いないんだ。


「みんな男口調に憧れてついてきてるわけじゃない。ちゃんとことりを見てる」

「…そ、そうでしょうか」

「うん。自分を偽ってることに罪悪感感じてるなら尚更だと俺は思うよ」

「………」

「ね? だから素のことりに従う子分第1号として仲間に入れてよ」

「う…そう持ってきますか」

「そう持ってきますよー?」


 なんだか楽しそうな涼さんの表情と口調に呆れたけれど、番長としての面影を重く感じていた私にとってその言葉はそれを軽くしてくれるものだった。涼さんみたいにふっと笑ってみると案外楽しくなるものだった。



***



「あ、姐さん! なんでコイツいるんスか!」

「どもー谷山涼ですー昨日ぶりー」

「しかもなんかキャラ違うし!? 姐さん何とか言って下さいよ!」

「………」


 翌日。招集をかけて涼さんが私達の仲間になる事を言うとあからさまなブーイングをしたが、素の彼を知るとなんだ、と同じく拍子抜けしたみたいに批判は止まった。

 よしこの空気なら言えそうだ。私があんな口調じゃなくてゴミ掃除が日課の普通の女の子だという事を分かってもらうんだ。その上で私が番長をやる。

 よし!


「み、みんな聞いて!」

「姐さん?」

「俺…じゃない、私も実は涼さんみたいに素は違って、男口調じゃないんです! もっと普通なんです!」


 子分さん達は途端に固まって驚いたように私を見ていた。ああやばい足が震える。でも今はしっかり伝えないと。私のこと。


「日課は掃除で、部活は園芸部で、…えっととにかく普通なんです! 漢らしいところなんてないんです! で、でも…っ!」


 言ってる内にこんがらがってきた。もしかして今私すごく贅沢な事言おうとしてる? こんな私でもついて来てなんて甘いこと通用しないのかもしれない。非常識なのかな。変なのかな。

 でも、でも。


「わ、私について来て欲しいんです! せめてお兄さんが帰ってくるまで! わたしっ頑張りますので!」


 最後は舌を噛みそうになりながらもなんとか言えた。みんなは一様に黙っていて、ゼーハーと繰り返される私の息が目立って聞こえる。どんな反応が返ってくるんだろうとガチガチになって待っていると、最初に聞こえたのは笑い声だった。その瞬間ドッと笑う声が広がる。


「…え?」

「あ、姐さんおもしろすぎ! 流石にあんな口調が素の人いねぇッスよ!」

「さすが俺らの姐さん…! まさか今更カミングアウトとか!」

「ええ?」


 まさか全部ばれていた? どこから? どこまで?


「あー笑った笑った。何ほんと今更な事言ってんですか姐さん。俺達は姐さん自体についていってんですよ」

「そうッスよ。頑張って俺らを引っ張ろうとしてくれてる姿が俺は好きッス!」

「俺も!」

「俺だって!」

「……………」


 何がなんやら分からなくてみんなが爆笑してる中、口を開けてぽかんとしていると、ぽんと涼さんに頭を叩かれた。


「ね? 言ったっしょ?」

「…みんな分かってたんだ、素の私…」

「どんな気持ち?」

「………、…うれしい!」

「…そっか」





 その日、初めて私は普通の女の子としてみんなを引き連れる番長となった。



<オマケ>


「あー園芸部とはなー」

「オマケに日課が掃除!」

「ぶふっピッタリすぎ…」

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」

「あ、姐さん」

「何ですか?」

「俺、口調は前の方がなんか好きッスよ?」

「え」

「あ、俺も」

「実は俺もー。なんか必死さが伝わって可愛かったんで」

「……!」


「え、なにことり、そんな殴っても全く痛くないんだけど、逆に可愛いし、なんなのってば」

「言ってる事と違います涼さん…!」

「はい?」



終わり




真面目な子が無理に悪になるのって面白いなと思ってこんな話が出来ました。基本子分さん達はいいこなんで、不良というよりも『ことりファンクラブ』みたいなものです(笑)そしてまんまと仲間入りした涼…。

時間があれば続きとか書いてみたいですねー。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ことりかわいいよことり。 ことりがあわあわしてる情景が目に浮かんできて、とても微笑ましい気持ちになれました。 [一言] 読みやすさと物語の簡潔さに惚れた! もしも続きができたのなら、まよわ…
[良い点] ことりの必死な感じがすごくかわいかったです。 [一言] 文章が読みやすくて、楽しく読ませていただきました。 最後のほのぼのとした感じがすごく好きです。 とてもいい作品だと思いました!!
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