- 1 -
第一章の始まり。
深く澄んだ青空は果てしなく続き、流れる白い雲がここが仮想空間だと言うことを忘れさせる。
射し照らす太陽はまぶしくも暑さはなく、涼しげな風は寒くもないという心地よい気温で、四季で言えば春頃か初秋頃か。見渡す限り遮蔽物は存在せずただただ地平線が見えるくらい広すぎる平原のど真ん中に、私はいた。
正直なところ、周囲の概観に感嘆してる余裕なんてない。
「てぇえいっ!」
「ギュブル!」
薙刀を振り抜いて、おかしな奇声を上げた球根に似た植物型の魔物を切り裂いた。なんて名前かは知らない。ただ私の攻撃がちゃんと通るのだから、少なくともレベルは拮抗している。
広い間合い。薙刀の範囲は槍のそれと似ている。
槍は本来突きと払いを重視しているが、薙刀は突きよりも斬りと払いが重視される。斬、打、突。攻撃の基本はその三つ。薙刀は間合いを広く取れる分、槍と同様懐に攻め込まれると弱い為、正直斬りや払いよりも、間合いに注視したほうがいい。
「はっ!」
攻撃を加えたのち、反撃を食らう前に意識を流して後方へと地面を蹴って下がる。
私がいた場所、魔物の鞭のような触手が地面を打った。
【バックステップ】。装備スキルと呼ばれるスキルの中で、Dランクのものだ。初心者の冒険者が装備できる数少ないスキルの一つで、後方に跳躍して間合いを取るもの。このバックステップのほかにも、横に避けるサイドステップ、前面に踏み込むフロントステップというものがあり、それら三つを自由に扱えるのがCランクの【ステップ】スキルというわけだ。とまぁ、説明はさておき。
「とどめだちくしょうめぇえ!」
薙刀で十分届く間合いにいる魔物を、だん、と踏み込んで切り捨てる。HPゲージが0になって枯れるようにしぼんだ魔物は、次の瞬間にはまるでテレビを消したかのように存在が消えた。残るのは戦利品だけ。私は武器をしまうと、戦利品を回収した。
――――現在の私のステータスは、こんな感じ。
――――――――――――――――――――――――
ユーザーネーム:ソウ
◇職業
冒険者[Lv4]
HP:200/200 SP:50/50
◇職業スキル
探索[Lv3] 鑑定[Lv6] 採取[Lv2]
◇装備スキル
薙刀術[Lv8] バックステップ[Lv5] 空きスロット5
――――――――――――――――――――――――
Lv4になりましたー! どんぱふー!
RF-COにはレベルアップシステムというのは数値と呼ばれるものの類はなく、すなわち熟練度のようなもので構成されている。熟練度があがれば攻撃力も上がったり、命中率やクリティカル率も上昇する。もちろん戦闘以外でも、成功率云々が大きく変化する。
もちろん武器・防具の類も、素材となるアイテムレベルが高ければ高いほど強く頑丈に出来るということだ。数値を明確化していないものもまた珍しくて賛否両論あったのだけど、そこのところは今は置いておく。
つまり要するに、熟練度というのはとても重要なのだ。
基本的に能力はおおまかに四種類に分けられる。
一つ目は戦闘スキル。戦闘時に発揮されるスキルで、攻撃、防御、回避問わず。『薙刀術』や『魔術』、『バックステップ』などが分類される。中には戦闘時以外も利用できるスキルもある。
二つ目は作成スキル。モノを作ったりするスキルで、生産職のプレイヤーのほとんどは戦闘スキルよりこっちのスキルを重視している。『料理』や『建築』などが分類される。
三つ目は通常スキル。戦闘時以外に使う作成スキル以外のもので、物の良し悪しを見る『鑑定』や『目利き』、他人との『交渉』や、物を読み解く『解読』など。
四つ目は外周スキル。自分の周囲、とくにダンジョンなどで発揮されるスキルだ。『探索』や『採取』、『罠解除』や魔物に気配を悟らせない『隠密』などが分類される。
ダンジョンを攻略したりクエストを受けたりする冒険職プレイヤーは主に一つ目と四つ目のスキル構成が多く、町でそんな冒険職につくプレイヤーに物を売りさばく生産職プレイヤーは二つ目と三つ目でスキルを構成する。
なにはともあれ、どんなスキルを組み合わせるかは職業によって違うということだ。
そして、アルカナ戦争参加者は、互いにスキルとその熟練度で勝負するほかない。
つまりスキルの組み合わせとその熟練度によって、レベルに差はあっても拮抗した勝負が出来るというものでもある。
レベル1の上位職でSランクやAランクスキルの熟練度が低いものと、レベルMAXの下位職でBランクスキルの熟練度が高いもの、どっちが勝つかと聞かれたら一概にSランク、Aランクスキルをつけた上位職とは言いがたい。つまりそういうことだ。
とは言え、私のこれは正直暴論に近い。レベルMAXの上位職でSランクスキル熟練度MAXとかいたら、勝てる気すらしない。
鼬のように前回からの参加者も何人いるかもわからないのだ。
――――新参者は勝ち目が薄い、と言えばその通りだろう。それでも『まだ、アルカナ戦争は始まっていない』。
今私がすることは、少なくともレベルを上げまくってあっさり負けることがないようにすることだけだ。
「隙が多い」
「あだっ!」
ごん、と裏拳を頭に入れられ、はっと我に返る。
目の前には不機嫌そうな顔をした彼――――鼬がいた。
そう言えば、どうして初心者用エリアにいるのかを言ってなかったっけか。
ここは【ザーニャ草原】。
杖を象徴とする魔術の国【マギカ】の領内で数少ない初心者用のエリアである。
私はここで、鼬のスパルタ特訓を受けている最中だった。
◇
「【魔法剣士】のLv48、だと……!」
「…………」
アルカナ戦争の説明後、アドリスの森で出会った鼬に、彼のステータスを見せてもらった。
どうやら名前と職業、Lv以外のスキルや装備については非公開設定にしているらしく詳細は見せてもらえなかったけれど、職業とLvを見るだけでそのすごさは分かる。
魔法剣士は上位職だ。文字通り、剣術と魔術、どちらもこなせるエキスパート。
しかも魔法剣士は少なくとも、下位の剣士と魔術師、どちらもLv30まで上げないと解禁されない条件が強い職業の一つだったはず。その魔法剣士のLvが48という時点で、鼬の持っているBランクスキルの熟練度はMAXに近いんじゃないかと思った。
スキルの熟練度は基本的に継承だ。職業が変わろうとスキルレベルは変わらない。もちろん別のスキルに【変化】した場合は、熟練度は1からになるけれど。
正直、鼬がどれくらい強いかということはよーくわかった。
だけど同時に、鼬がどれくらいの間ログアウト出来ていないのかということも。
「……むぅ」
「何だ?」
「いや、前回から参加してるってことは、鼬はずっとログアウト出来てないんだよね。一度も?」
改めて訊ねると、鼬は無表情のまま「ああ」と頷いた。
鼬がどれくらいここにいるのか正確には分からないけれど、少なくとも昨日今日の話じゃあないはずだ。
「鼬の本体って……」
どうなってるの、という言葉が声にならなかったが、鼬は質問の意図を察して僅かに蒼玉色の双眸を細めた。
「――――判らない。回収されているのかそうじゃないのか。少なくとも俺の意識はまだ動いている。本体は死んではいないだろう」
「え」
なんだか淡白な返答が返ってきて、そっちのほうが驚いた。
何ヶ月もログアウト出来ていないかもしれないのに、死んでいないだろう、というだけ。その背景に現実世界への懸念を感じさせなくて、逆に驚いた。
そんな私を、鼬が怪訝そうに見てくる。
「何だ?」
「いや……家族とか、心配してないのかなぁ、って」
「――――」
思ったことをそのまま口にする。私の場合はきっと、お母さんがきっと心配するはずだ。冬の事故以来、母はものすごく私に対して過保護になった気がする。きっと、大切なものを失うということがどれだけ怖いことか知っているからだ。
――――私も、逆の立場だったらきっと、どうやって生きていけばいいかわからなくなるくらいに混乱したり、落ち込んだり、心配したりするだろう。
そんなことを考えていた私に対し、鼬は視線だけ逸らして告げた。
「…………俺を心配するような家族はいない」
「え?」
「俺のことはどうでもいい。お前はこれからどうするつもりだ」
どういう意味かを尋ねる前に話題を変えられた。
どうも言及するような雰囲気でもないし、プライベートなことを聞き出すのはあんまりよくないことだと分かってるけど、鼬の言葉はすごく引っかかる。
頭の隅にそんな引っかかりを感じつつも、これからのことを訊ねられて困る。
「えっと、どうしよう……?」
「…………」
首を傾げる私に、はぁ、と深い息を吐いた鼬は、額に手を当ててから切れ長の細い目で私を見て、何か思案した後に問いかけてきた。
「なら単刀直入に聞く。――――お前はアルカナ戦争に参加する気はあるのか」
それは本当にわかりやすい問い。
このわけのわからない戦争に乗るか乗らないか。
「私は――――」
完全に巻き込まれただけのものだ。参加しなくていいなら参加なんてごめんだ。だけど乗らないと答えたところできっと無駄なんだろう。やりたくないと答えてログアウトできるのなら、奇特な人間以外は参加するはずがないのだから。
今更答えを改めるつもりもない。
私はもう腹を括ったんだから。
「参加するよ。私は現実世界に帰りたいんだから」
そうだ。これ以上周囲の人間に心配をかけるのは嫌だ。
それはもちろんのことだけど、出来ることがあるのにやらないのは、もっと性に合わない。
やると決めたならやる。その為にどうすればいいかわからなければ考える。出来ないと決め付けるのは、やってからでも遅くはないんだから。
私の答えを予想していたのか、鼬はどこか柔らかい眼差しで私を見た後、一度目を伏せてから息を吐いた。
「……これも何かの因果なんだろうな」
「?」
口の中に含むような言葉が聞き取れず首を傾げる。
疑問を問うより先に、双眸を開いた鼬は私を真っ直ぐ見据えて告げた。
「お前がこの戦いを降りないというのなら、俺の力をお前に貸そう」
その言葉は予想だにしていなくて、私は思わず息を呑んで固まってしまった。
スキルと回想。
今後の展開は次回からです。
レベル1の冒険者に、レベル48の魔法剣士が仲間になった!