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神秘の戦争。
VR-MMORPG、RF-COの中の隠されたシステムの一つ。
選ばれた二十人のプレイヤーが、神秘の宝玉を巡って戦い、争うのだという。
それまでは、その二十人のプレイヤーはこの戦いが終わるまで決してログアウト出来ない。
勝利者には開放とあらゆる願いを叶えるというご褒美が。敗北者には何かしらの罰が存在するという。
さらに、通常プレイヤーには禁じられている一部の行為がシステム上可能となるらしい。
その中でも一番重要なのがPK。
プレイヤーがプレイヤーを攻撃、殺害する行為だ。
RF-COでは通常、プレイヤーが他のプレイヤーを意図的に襲撃することは出来ないようになっている。一般プレイヤーはPKは禁則事項で、意図を持って攻撃しようとした場合、行動が制限され最悪強制ログアウトとなる。
しかし、闘技場なども存在するこの世界では、『決闘』という形式であればプレイヤー同士で戦うことが出来る。その場合たとえ死んだとしてもペナルティは存在しない。他にも、『修行』という形式でプレイヤー同士が戦い、経験値を得ることも出来る――仮に同レベルの相手と修行したとしても同レベルの魔物を相手にした時の半分にも満たないので効率的とは言えない上に、一部の戦闘スキルの上昇値が遅くなったりもする――。
そして、その決闘でも修行でもない襲撃で敗北すると、所持している神秘の宝玉を失い、ペナルティを背負う。そのペナルティは、一貫して三日間の行動不能らしい。
神秘の宝玉所持者が、他の神秘の宝玉所持者だけを襲撃できるのが他のプレイヤーとの違いだ。
そもそも戦争と銘打っている以上、神秘の宝玉所持者同士の戦いで相手を攻撃できません、じゃ意味がないから理解できる。
だけどもちろん制限もあって、神秘の宝玉所持者は他の一般プレイヤーを襲撃は出来ない。
そしてその例外として、神秘の宝玉所持者とパーティを組んでいる一般プレイヤーは襲撃できる。
つまり、神秘の宝玉を持っていなくても神秘の宝玉を持ってる人と一緒のPTにいるなら仲間とみなして攻撃できちゃうよ☆ってことだろう。なにそれこわい。
ちなみに神秘の宝玉所持者が、所持者のPTじゃない一般プレイヤーに襲撃しようとした場合行動を制限され、ログアウトの代わりに意識がブラックアウト。最悪一週間は目覚めないらしい。神秘の宝玉所持者にとって他人よりも一週間も遅れるということは相当な痛手だと言うことだけど……確かに。てかPKをした人いるんだろうか?
他にも、アイテムの譲渡。
基本的にRMTを徹底防止する為に、指定のレアアイテムは他プレイヤーに譲渡できないようになっている。
アイテムのランク、NOMAL<RARE<SPECIAL<PRECIOUS<ARTEFACT<UNKNOWNの中でノーマルアイテム全般とレアアイテムの一部なら他プレイヤーに譲渡は出来るけれど、スペシャル以上は譲渡できないようになっている。
だけど、ログアウト出来ない私たちにRMTなんて関係ないとでも言うかのように、アイテムレベルに関係なく譲渡出来るようだ。これは所持者同士限定。一般プレイヤーとの橋渡しにならないように、PTに一般プレイヤーがいても関係ないみたい。
なんだろうこのモヤモヤ感……無差別攻撃やRMT防止は徹底するくせに、所持者のみログアウト不能とか「?」と首を傾げたくなる。
そもそも、アルカナ戦争は隠されたシステムの上に成り立ってるものだと言う。
数万人といるプレイヤーの中でたった二十人が選ばれて、一般のシステムとは別のシステムによって稼動しているというのが鼬の見解。つまり表向きのシステムと、裏向きのシステムが存在して、一般プレイヤーは表向きの通常システム。私たち神秘の宝玉所持者は裏向きのシステムを利用しているということなんだけど、正直なところ何が目的でそんなことをしたのかさっぱりわからない。鼬に聞いても俺も知らない、とぶっきらぼうに返されてしまった。むぅ。
ともかく、これが何回目のアルカナ戦争なのかは鼬も知らないけれど、前回からの参加者で鼬は今回も所持者に選ばれたのだという。
だから、他にも同じように連続で選ばれた所持者がいるかもしれないし、そうじゃない人がどうなったのかというのは――。
「わからないの?」
「……俺も所持者全員と顔を合わせた訳じゃない。前回の戦いで顔を知ったのは俺と仲間を含めて十人で、名だけ知っているというのを含めれば十三人だ。残りの七人が誰だったのか、どうなったのかということは知らない」
「二十人全員が顔を合わせることってないんだ……」
壮絶な椅子取りゲームには変わりないけど、所持者全員を把握出来るわけじゃないとなるとトーナメント形式と言ったほうが近いのかもしれない。
自分以外の誰かが他の所持者と戦って得た神秘の宝玉をかけて勝負する、と。当然奪われた側の所持者が誰だったかなんて知る由もない。
そこでふと、根本的な疑問に気づいた。
「でも、どうやって他の所持者を探して戦うの?」
何万人といる一般プレイヤーにまぎれているたった二十人の神秘の宝玉所持者だけを探し当てるなんて、それこそ砂漠に落とした米粒を拾うような途方もない行為に思える。
「どうやら、神秘の宝玉は性質上引かれ合うモノと反発するモノがあるようだ。俺が知る限りでは、『星』と『隠者』、『戦車』と『剛毅』、『節制』と『刑死者』の組み合わせはより引き合い、『戦車』と『魔術師』、『太陽』と『隠者』、『節制』と『悪魔』は反発する。他にも組み合わせは様々存在する」
む、何かいろいろと神秘の宝玉の種類を言われた気がする。
そんなに一気には覚えられないんだけど、頭の中で復唱しながらふと思った。
「ん? えっと、その場合たとえば『太陽』と『星』の神秘の宝玉を所持していたら、『隠者』の神秘の宝玉とは引き合うの? 反発するの?」
「引き合う。神秘の宝玉は引き合う力のほうが強い」
――とのこと。
つまり、最終的にどんな神秘の宝玉を持っていても、引き合うことになるってことなんだ。二十の組み合わせのパターンなんてぜんぜん思いつかないけど、要するに神秘の宝玉にも相性があるってことで納得しておいた。その原理とか考え出したらキリがないから考えない。
「アルカナ戦争の基本的なことは以上だ」
そう言って、鼬は私を見て「他に何かあるのか」と視線だけで問いかけてきた。
私は鼬に助けてもらった後、彼に頼んで私が巻き込まれたであろうアルカナ戦争についてざっと大まかな説明をして欲しいと頼んだのだ。
元々説明する気があったのかはわからないけれど、鼬も嫌な顔はせず(と言ってもこれでもかってくらい無表情で分からないんだけど)説明してくれた。
アルカナ戦争に関すること以外の設定は基本的にはRF-COの一般プレイヤーと同じらしい。職業もスキルも戦闘方法も生産方法も、始まり方も。
つまり、私のようにこんな中級者用の森からスタートして、しかも『誰か』のデータを引き継ぐような異状は鼬も知らないらしい。原因不明。まさにどうしてこうなった。
私の現状はさておき、もっと他に聞いておいたほうがいいかもしれない。鼬は経験者だ。
聞きたいことは山ほどあるけど、その中で気になったことと言えば――――。
「敗者にはペナルティって言ってたけど、あなたにはどんなペナルティがあったの?」
「…………」
敗者へのペナルティについて。二十人全員がログアウト出来なくて、それでも勝利できるのは一人だけだと言うのなら、残りの十九人へのペナルティとはどういうものなのか。
レベルが下がったり、行動制限がかかったりするんだろうか。それとももう一度神秘の宝玉所持者に選ばれること、とか。
それでも、もう一度神秘の宝玉に選ばれることが無ければ、一体どうなるというのだろう?
鼬は、どんなペナルティを背負ったんだろう。
「……言う必要はない」
むぅ。聞きたかったことは、冷たく一蹴されてしまった。
ペナルティと言ってもどんなものがあるかわからないから参考に、とも思ったけど、全員同じってわけでもないみたいだし……もしかしたら鼬にとって教えたくないことなんだろうか? それなら無理に聞きだして嫌な思いをさせるわけにはいかないか。
よし、別の話題に変えよう。
「じゃあ前回の戦いがどうなったのかを教えて」
「…………」
前回からの参加者である鼬なら、前回の結末を知っているんじゃないだろうか、と思ってそう訊ねた。
鼬はわずかに眉を寄せて私の顔をじっと見据えた後、見たくないものから目を逸らすように顔を背けた。むぅ、何だか思いっきり逸らされた気がするのは気のせいだろうか……。
「……一週間前、神秘の宝玉をすべて集めた時に、最後の『審判者』が現れた。そいつを倒した後、『世界』への扉が開かれたが……勝者が何を望み、どうなったのかは分からない」
「え?」
「願いを叶えて開放されたのか、そうじゃないのか……少なくとも、もうこのゲームの中にはいない」
どこか断定的にそう言って地面を見下ろす鼬の目は、無表情なのにどこか辛そうに見えた。
最後の審判者っていうのも気になるけど、それ以前に前回のアルカナ戦争の勝者を鼬は知ってるってこと、だよね。
「鼬の知り合いだったの?」
思わずそう訊ねていた。
私の問いに、鼬はわずかに顔を上げて私を見た後、少しの躊躇いを見せた。けれどそれもつかの間、その蒼い眼差しを細めて静かに告げる。
「【ソウ】」
「え? あ、はい」
急に名前を呼ばれて思わず身体が強張った。
けれど私の名前を呼ばれたはずなのに、鼬はどこか懐かしいものを呼ぶような響きで口にして、頭のどこかで『今呼ばれたのは私じゃない』と思う。
私のユーザーネームを呼びながら、鼬は私を見ているようで見ていない。私を通して別の誰かを見ている気がした。
それがどういう意味なのか、――。
「ギルド【蒼龍】のリーダーであり、前回の勝者の名前だ」
その一言で、察してしまった。
基本的に、ユーザーネームは他のプレイヤーが使っていたら使えない。私もユーザーネームを決めるだけであれだけ時間がかかったんだから。
そして、『ソウ』というユーザーネームを使っている私。
前回の優勝者のユーザーネームも『ソウ』。
同じ名前のプレイヤーは二人といない――――それが意味することは、もう前回の勝者の『ソウ』はいないということだ。
ソウというユーザーネームが使えたのは、そのプレイヤーがデータを消去したからだと思っていたけど、そんな安易なことじゃないのかもしれない。
ふと、鼬の言葉に聞き覚えがあって眉を寄せた。
【蒼龍】って、確かこのデータの貴重品にあったものの名前と同じような……?
「ちょ、ちょっと待って。目録起動」
音声命令でメニューを起動して、アイテム欄を開く。
その貴重品の欄。神秘の宝玉の上にあるもの。
『[P]【蒼龍】の証[楡で出来た腕輪、ギルドメンバーの証]』
やっぱりそうだ。このデータの持ち主も、ギルド【蒼龍】のメンバーだったってことだよね。
……?
何か引っかかる。いや、引っかかるというか。
約三ヶ月、ほぼ丸一日のログイン時間。
貴重品にある、ギルドメンバーの証。
すでに居ないと鼬が断言した、前回のアルカナ戦争の勝者である【ソウ】というプレイヤー。
ある予想がふっと浮かび上がってくる。
「……もしかして、このデータって」
私が引き継いでしまった、この『誰か』のデータ。
私の予想を裏切らず、無表情の鼬が静かに頷いた。
「――――【ソウ】のデータだ」
言葉を失った。
息を呑んだ私に、鼬は再度問いかけてくる。
「もう一度聞く。……お前は本当に、陸奥蒼依という名前に心当たりはないのか?」
切実そうなその眼差しが、どこか奇跡を望んでいるかのように見えた。
鼬がこのデータを見た瞬間もそうだったけれど、おそらく【陸奥蒼依】という人物が、【ソウ】だったんだろう。そして【ソウ】もまたアルカナ戦争の参加者で、その【ソウ】という人物は、鼬にとって大切な存在だったんじゃないか。
だからかもしれないけど、同じ『ソウ』を名乗る私に神秘の宝玉のことや、アルカナ戦争のことを詳しく教えてくれたのだと思う。
【ソウ】のデータを引き継いでいる『ソウ』。
きっと彼は、私と【ソウ】が関わりのある人物じゃないかと思っているんだ。
だけど、私は――――。
「……ごめん、やっぱり分からない」
「――――」
私は、陸奥奏だ。陸奥蒼依という名前を知ってる気がするだけで本当に知ってるとは限らないし、ましてやその人ですらない。
けれど何故か、その名前は聞き覚えがある。顔はぜんぜん出てこないから、どこかで名前だけを見たのかもしれない。同じ陸奥、という名前なら記憶に残っていそうなものなのにちっとも思い出せないことから、多分見たのは最近じゃなくてだいぶ前なんじゃないだろうかと思う。
「…………」
「…………」
変な沈黙が流れて、私も居たたまれず髪を掻いた。鼬の表情は無表情で分からない。
陸奥蒼依という人が使ってた【ソウ】のデータ。突然課せられたアルカナ戦争という設定。
未だに信じがたいんだけど、私もすでにRF-COのシステムが正常に作動していない、というのは実感している。その上で、ログアウトが出来ない事実やアルカナ戦争の参加者だったという【ソウ】のデータを引き継いでいることが、鼬の言っていることに真実味を持たせていた。
それにしても、名前が同じで【ソウ】のデータを引き継いだのは本当にただの偶然なんだろうか。
それが少し引っかかるけれど、その前に一つだけ確認したいことがあった。
きっとこれを確認したら、私は腹を括れる気がする。
「鼬、お願いがあるんだけど」
「……何だ」
「鼬の神秘の宝玉を見せて欲しいの」
「…………」
私のお願いに、鼬の眉間にまた皺が寄る。私の意図を探るような視線。
「何故だ?」
「あなたを疑うわけじゃないけど、鼬の神秘の宝玉を見たら、私も腹を括れるから」
目線を逸らさず、真っ直ぐ告げた。
少しの間をおいて、私を探るように見据えていた鼬が息を吐いて右の掌を上に向けて出す。
「貴重品、『神秘の宝玉』」
鼬がそう紡ぐと彼の掌に虹色の光が現れ、次の瞬間そこには五センチ大の装飾のついた無色透明の宝玉があった。それは、私があのエメラルドの髪をした女の人からもらったものとまったく同じ。
「……№14。これが俺の【節制】のアルカナだ」
「節制……」
見た目が変わらないから、どこで判断するのかがわからない。
私も取り出せるんだろうかと思って、鼬がやってみたように掌を上に向けてそこに意識を向ける。
「貴重品、『神秘の宝玉』!」
私の声に反応するように、虹色の光が放たれそこに無色透明の装飾のついた宝玉が現れた。私のは確か、№19の太陽って書いてあったけど、鼬のものとほとんど同じ。
だけど、この手にもった時の実感。
これが夢ならどれだけいいだろう。誰かがドッキリ大成功の看板を持って現れてくれたらどれだけ安心できるだろう。…………多分手が出ちゃいそうだけど。
――――その瞬間、とにかく本当に私はわけのわからない設定に呑まれたんだと実感した。
アルカナ戦争の概要と、【ソウ】について。
『奏は 腹を 括った!』(テレレーン)
次回は鼬視点です。