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これは君の運命に至るための交差の道。
夢多き、力無き冒険者よ。
あらゆる困難は、試練として君の前に立ちふさがるだろう。
数多の未踏の地をその足で踏破し、脅威とされる魔物を狩り尽くせ。
様々な職業に付与される職業能力と、装備できる七つの能力を自由に組み合わせ自分だけの『強さ』を手に入れるのだ。
「冒険者」は、数多の試練をくぐりぬけ多くの友と巡り会い、そしてその冒険の果てに、運命に至るだろう。
世界は君を歓迎する。
さあ、仲間と共に冒険の旅に出よう!
【冒険奇譚Reach the Fate -Crossroad Online-】 公式サイトより抜粋
三月上旬。
ぽかぽかと暖かい気温にうららかな日差しと、風に少しだけ舞い散る早咲きの桜の花びら。
春らしい気温は、科学技術が格段に進歩したこの世界、西暦20XX年でも変わらない。
それでも人類はそれこそ一昔前の漫画のような近未来的生活を当たり前のように過ごしていた。昔の人が見ればそれは奇跡だ魔法だと騒いだだろうことも、科学でなし得ることが出来るようになった現代。
そんな現代日本の中で有名な娯楽といえば、VRシステムを用いたMMORPGだと思う。
目の前には巨大なホテルを思わせる施設。それがVR-MMO専用に建てられた建造物であり、一昔前で言えばネットカフェのようにVR-MMOやVR-MMORPGがプレイ出来る装置が設置されているVRセンターだ。
事実進歩していく科学技術があると言えども元々日本は土地が狭く家が狭いので、外国のように一家に一台VR機器! というような芸当は出来ないのだ。なんせ正常に稼動させるためには十畳の広さは必要なのだという。しかもその使用電気量がバカにならない。一日二十四時間プレイするだけで云十万という、0の桁おかしくない? と聞きたくなるレベルなのだという。
こればかりは、どれほど技術が進化しようとどれだけ望もうと置けないものは置けないし、電気量が安くなるプランもまだまだ先行きが見えないのが現状なのである。
裕福な家庭にお住まいのいわゆる勝ち組の方々ならばそれも可能かもしれない。しかし、私のように中流家庭の庶民っこには、そんな贅沢は夢のまた夢のさらなる向こうなわけで、こうした娯楽施設にわざわざ足を運ばなければならないのである。
これより先の未来、もっと技術が進歩していけば私も家でプレイ出来るようになるんだろうか……。もっとも、家庭で出来る据え置き機ゲームでもヘルムやグローブなどを装着する体感型を銘打ったゲームは多数存在するが、VRゲームと比べると体感レベルが段違いだ。それこそ雲泥の差。月とすっぽん。猫に小判。……あれ、最後の何か違う。
ともかく、私こと陸奥奏は、この春休みを利用して今目の前にある地元のVRセンターの【ドリームイーター】に入り浸ることにしたのである。
◇
入り口の扉から入ると、広いラウンジがあった。どこかホテルを思わせるような高級感のある造りで、ラウンジ内には腰をかけられるソファがいくつかあり、他にも最新のVR-MMORPGや、人気のVR-MMOなどを投影で丸い小さいテーブルの上に映し出され宣伝されている。壁際には室内噴水、高い天井からは宝石のようなシャンデリアが吊り下がっている。
子供の頃、外からここを覗き込むだけで魔法の国を覗いているような感覚があった。
しかしさすが春休み、ラウンジには結構人がいるようだ。午前中ではあるけれど私も順番待ちらしく、宣伝されている投影されたプロモーション映像を眺めて待つことにした。
私が今回からプレイしようと思っているのが、かわるがわるの世界観や多種多様の職業紹介を投影しているコレ。
【冒険奇譚Reach the Fate -Crossroad Online-】。通称RF-CO。
ゲームクリエイターの新星と言われる嘉村正敏が満を持して、十年という歳月を費やして作り上げた一大作品だ。
クローズドβテスト、オープンβテストを三ヶ月間ずつ行い、各テストに参加したプレイヤーの率直な意見や感想を重点的に取り入れて調整を繰り返し改善したのが製品化したRF-CO。残念ながらそのどちらのテストも参加出来なかった(というか当時は別のVR-MMOをやっていて知らなかった)私は、こうして製品版に遅れながらの参戦、というわけである。
製品版RF-COの稼動開始時期には複数のVR-MMORPGが稼動していたけれど、RF-COはやはり桁外れのプレイヤーが遊んでいるとのこと。本物さながらの体感度はもちろん、ファンタジーな世界観における魔物の種類も定番となりつつあるエルフやドワーフと言った多種族NPCもハンパないクオリティの高さ。
RF-COはこってこての王道ファンタジーでありながら、自由度も高い割りに何気に拘束度も高かったりする。定められた制限の中で、思考をフルに働かせ装備を組み合わせアイテムを組み合わせスキルを組み合わせ、あらゆる手を尽くしてキャラクターを自由なスタイルで強化していくというのは、こう、RPGならではの醍醐味だと私は思う。
つまり、職業レベルが低くてもスキルや装備次第でめちゃくちゃ強くなれるよ☆というのが基本のゲームだ。あとはまぁ、やりこめばやりこむだけ見返りがあるということかな。がんばった人には相応の対価と、《知名度》と呼ばれるシステムで多くのプレイヤーに一目置かれることで功名心を煽られるようになっている。また噂では、あるミッションをクリアしたプレイヤーだけが行ける【塔】を模したダンジョンもあるらしい。というのも噂でしかないので、詳しいことはよくわからない。
まぁとにかく、VR-MMORPG初心者から、廃人ゲーマーと呼ばれるレベルの人たちまで、安全に、快適に、そして何より楽しくとことん遊びつくせるようになっているそうだ。
……ちなみに私は廃人レベルではないので、適度に遊んで楽しめればいいかな、と思ってる。
『番号カード123番でお待ちのお客様、受付カウンターへどうぞ』
途端、無機質な音声が私のポケットから響いてくる。
厚さ1ミリ程度の薄いカードは、喋る番号札だ。それを取り出してカウンターへ向かおうとした時、――――。
「ぶぎゅ!」
「っと」
急に振り返ったものだから、後ろに人がいたことなんて気づかず思い切り激突してしまった。反射的に零れた声が可愛くないとか言うな、自覚してる。
よろけた私の腕を掴んで支えてくれた人に、ぶつけた鼻頭を押さえて見上げる。
髪の毛を染めているのか、明るい茶色の跳ね気味の髪が目立つ。そして切れ長の黒い眼が私をすまなさそうに見下ろしていた。年齢は私より上っぽい。身長も180センチくらいはあるだろうか、157センチと微妙なサイズの私は見上げなければ視線が合わないくらいだ。
「大丈夫?」
「あ、はい、すみません」
確認せず急に振り返った私が悪い。人のよさそうな雰囲気のお兄さんの言葉に頭を振って頷くと、お兄さんは「よかった」とはにかんだような笑顔を見せた。やばい、なんかよく見たらイケメンだこの人。リアルでも充実できそうな顔なのにVRやってんのか! けしからん! だがそこがいい!
「……君も、RF-COのプレイヤー?」
「え?」
「熱心にプロモーション投影見ていたから。僕もやってるんだ」
「そうなんですか! 私今日からなんですよ」
「そうなんだ? ていうことは、RF-COは初めて?」
「はい。でも一応無料体験はやったことがあります」
「へぇ、それなら大丈夫そうだね」
どこか引っかかるような『大丈夫』の言い方に首を傾げるけど、変に突っ込んで聞くのもアレかと思って流すことにした。
「僕のユーザーネームは『夜月』。君は?」
「えっと、まだ決めてないんです……、以前別のゲームでは『ソウ』を使ってて、今回もそれを使いたいんですけど、もしかしたら使われてるかもしれないし」
ユーザーネームは、ゲーム内での名前だ。本名を使う人もいればHNを使う人もいるけど、基本的に他人と同じものは登録できない仕組みになっているから、私はソウです、なんて断定は出来ない。
その事情を汲み取ってくれたのか、お兄さんはにこりと笑顔を見せて言った。
「そっか……じゃあ、何かあればいつでも通信してきて。力になるよ」
イケメンな上に優しい……だと……?
お兄さんの後ろに後光が差しているように見える……!
「ありがとうございます! ……む、お兄さんはパーティ派なんですか?」
「うん? まぁ、そうだね。いろんな人と知り合いたくてやってるから。現実はそううまくはいかないだろ?」
そう言って笑うお兄さんに、私はなるほど、と頷いた。
RF-COに限らず、いろんな人と知り合ってパーティを組み交流を広げることを目的とした人もいれば、生産職や情報職について顔を広げている人もいる。それとは反対に、交流などは控えめに、パーティやギルドと呼ばれる組織には所属せず個人の力で淡々とクエストをこなすのが単身プレイヤー。
まぁ、大体はパーティ派の人間とソロ派の人間に分かれるということかな。
「……ねえ、君は『アルカナ戦争』って知ってる?」
不意にお兄さんに、そんなことを訊ねられた。
何? アルカナ? 戦争? なんだろう、聞き覚えのない単語だ。
「? 何かのクエスト、ですか?」
「んー……いや、知らないならいいんだ。あ、引き止めてごめんね。呼ばれてるんだろう?」
「……はぁ? あっ、そうだった! 不在扱いされる! えっと、それじゃあ。もしゲーム内で会ったら宜しくお願いします!」
もう一度会釈程度にぺこりと頭を下げて、受付へと向かう。
その後ろでお兄さんがどんな顔をして何を呟いたのか、など知る由もない。
◇
「いらっしゃいませ。会員カードのご提示をお願いします」
「あ、はい!」
会員カード、というのはこのドリームイーターのものだ。
会員ナンバーの刻まれたそれは同時にユーザーIDにもなる。このカードはログインにも必要になるのでなくさないようにと言われている。
私の会員カードは、一年前に作ったものだ。その時は別のゲームで遊んだけれど、その時一緒に遊んだプレイヤーの友達とRF-COの一週間の無料体験で遊び、一緒にRF-COをやろうと約束した。けどそれは、実は三ヶ月くらい前のこと。
本当なら、RF-COをプレイするのも今ではなくて、三ヶ月前のはずだった。
けど、本当に、偶然というか、運が悪かったんだろう。
十二月上旬、珍しく雪の降りつもった寒い日、私はこのドリームイーターへ向かう途中でスリップした車に突っ込まれるという事故にあったのだ。打ち所が良かったのか雪がクッションになってくれたおかげなのか、幸いにも即死もなく足をぽっきりやってしまって、およそ二ヶ月近くの入院と一ヶ月近くの松葉杖でのリハビリ生活を余儀なくされた程度。事故にあって命があるだけ儲けものだと思うんだ。
怪我をしていてもVR-MMORPGが出来ないわけじゃないけれど、シングルマザーである母親が「治るまでゲーム禁止!!」と会員カードを取り上げてしまったのだからなくなくこの三ヶ月VRゲームは出来なかったのである。
「お待たせいたしました、カードのお返しです。陸奥様のお部屋は十二階の1206号室になります。ごゆっくりどうぞ」
綺麗な受付のおねーさんに渡されたカードを受け取る。
十二階って最上階じゃないか……初めてだなぁ十二階。
このVR施設、ドリームイーターは十二階建てで、各階部屋が三十室ある。そのうち七階までは通常シングル部屋で八回から十二階まではツイン、トリプル部屋だったような気がする。あれ、シングル部屋全部埋まってるってこと? 相部屋なんだろうか。説明はされなかったけれど、いくら本体は『眠ってる状態』に近いとは言え知らない人と相部屋は緊張するなぁ。
そんなことを考えながらエレベーターが来るのを待つ。
チン、と音がなって到着したエレベーターからログアウトしてきたらしい数人の男女が降りてきて楽しそうな会話をしていた。
……………………独りだって寂しくない。サミシクナイ。
◇
部屋に入ると、そこには硝子盤の中にある巨大機械から複数のコードが繋がっているカプセル型のVR機器が一つだけあった。あれ、一つ? ここシングル部屋? 十二階だけシングル部屋というのは初めて知った。しかも十二階は全部で20室しかないっぽいし。
疑問に思いつつ、人一人がすっぽり納まることが出来るカプセル型の寝台は、これ自体がVR体感装置のようなものだ。家庭用のヘッドセットやグローブなんかは小型版。IDカードを挿してこの中に入ることでゲームが開始される。
細かいことは気にしないことにして、早速IDカードを差込口に入れる。
同時にプシュ、という音がして、カプセル型のVR機器が自動で開いた。靴を脱いで、なだらかな革張りの柔らかいそこへ腰を下ろす。真横になるのではなくて緩やかな傾斜がある。リクライニングシートを横にした感じ。
横になってから、肩まで伸びている黒髪を扉にはさまないように気をつけつつ、内側にある閉じるボタンを押すとVR機器の天井がゆっくりと落ちてきて、完全に閉じた。
耳元から無機質な女性の案内音声がする。
『赤外線による確認をいたします。目を閉じてください』
指示通りに目を伏せる。瞼の上を一瞬紅い光が通過するのがわかった。
『認証しています』
これは、他人がIDを使って悪さをしないように、IDカードとなる会員カードには予め登録した本人のデータが内臓されているのだ。色んな検査を行って、ついでに外装データの基盤を作成しカードの中に登録する。いやぁ便利な世の中になったものだ。こういった盗難、喪失、譲渡の徹底廃止を目的としたもののおかげで、ゲーム内でのなりすましや乗っ取り、騙りトラブルはがくんと減った。がくんと減っただけで完全になくなったわけじゃないのが、人の悪知恵のしぶとさを思わせるけど……いつの世も、他人を困らせようとする人はいなくならないものだ。
『パスワードを発音してください』
「蒼き旋律の協奏曲」
『認証を完了しました。ユーザーID450234、プレイするゲームを選択してください』
ぱちりと双眸を開くと、購入済みのRF-COのアイコンがあった。私は迷わずそれを選択する。
VR-MMORPGは基本購入してプレイするものだ。購入する前にある程度の制限を設けた一週間の無料体験プレイが出来るから、それが購入の足がかりになったりする。
『ゲームへの転送を開始します。目を閉じてください』
目を伏せる。
何度も体験したわけではないけれど、このログインの瞬間だけは、いつも自分が機械になってしまったように思える。
意識がそれ以外何も考えられなくなるような感じ。意識が光の渦に引っ張られていく感覚。身体という筐体から、意識というデータが引き抜かれて、別の筐体に入れられる。その意識だけ別の場所に飛ばされてしまう。よく分からないけれど、だから体感型というのは長い夢のようなものにも思えるし、あまりやりすぎると現実との区別がつかなくなる恐れがあるからプレイヤーは最大十時間に一度三十分から一時間のログアウト休憩をとらなければならないんだけど――――。
そんな意識をかき消すように眩い光が瞼を刺激する。きっと今目を開いたら失明するかもなぁ、なんてことを思っていると、意識が真っ白になっていった。
その中で、無機質な音声だけが響く。
『転送が完了しました』
主人公の陸奥奏です。容姿は黒のセミロング基本的なスペックは前向きで人当たりのいい不運な17歳です。思考回路の中は結構男前だったりします。
誤字脱字などありましたら教えてやってください。
プロローグは説明ばっかりになりそうな予感です(´・ω・`)
12.02.21 βテストについて加筆




