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杖を象徴とする魔術の国、マギカ。
大陸というよりは島国であり、その島全体がマギカの国土となっている。
魔術の国というだけあって、その国の雰囲気としては、どこの国よりも魔術に長けていた。
森羅万象、自然界に存在する十の元素を『属性』と呼び、その属性を区分けすることにより一つの属性に攻撃性を持たせる命令式を作り出す。
火、風、地、水、光、闇、氷、雷、時、呪。
マギカの地は特に魔術を施行するに相応しい地脈で出来ている。
大地、大気、水脈、至るところに魔術を扱う為に必要な大源が満ち溢れているのだという。
故に、『魔術師』を始めとした、『魔導師』、『魔導技師』、『錬金術師』、『呪術師』、『魔法剣士』などの職業を極めるのならば、マギカを出身地にするべきなのである。
RF-COは自由に転職出来るシステムだけれど、出身地をそうコロコロと変えまくることは出来ないので、やりこんでいる人は殆どが一つの職業を極めており、他の職業はサブクラスとして息抜き程度に変えるだけ。やりこまない人は、思う存分転職やクラスチェンジを繰り返している。
どれが自分の身の丈にあっているのか模索できる。何がやりたいのかプレイヤーの自由に決めることが出来るいうところはいいところだ。
そんな私もころころ転職したいと思っていたのだけど、アルカナ戦争というわけのわからないことに巻き込まれた以上は、絞ったほうがいいといわれてしまった。
入り口には門があり、大きな橋がかかっていた。
橋の至るところに魔術の術式が書かれているのが特徴で、きちんと杖のマークもあり、日本語ではない文字で『ラインログド西門』と書いてある。何故か読める不思議。
西門の左右にはNPCの兵士が立っており、大きな結晶があった。行き交うプレイヤーもダーリトンとは比べ物にならないほど多く、その結晶の前に突然数人のプレイヤーが現れたりするので、おそらくあれがログイン地点か、死んだ時に強制送還される場所なんだろうなぁと思う。
NPCには頭の上に赤いマークがあるのだけどプレイヤーにはない。NPCとプレイヤーを判断するのはその点だけだ。ここから見てもわかるくらい、プレイヤーは多かった。
「つ、い、たー!!」
「……静かにしろ」
「いだっ」
後ろから鼬に頭を小突かれて、唇を尖らせる。
だってようやく到着したのだから、少しくらい浮かれてもいいじゃないか。
時刻は夕方の17時を回ったところ。ダーリトンを出てから、丸二日挟んで、三日目の夕方、すなわち今やっと首都の【ラインログド】に到着したのである。思った以上に遠かった!!
長かった、此処までの道のりがものすごく長かった……!!!
「転職しに行くぞ」
「休もうよ!?」
「そんな悠長にしている時間はない」
「うぅ……待ってってば!」
そうばっさり切り捨てるように言って、ラインログドの入り口である門をくぐる鼬の後を、私は追いかけた。
◇
移動に関しては、一般のシステムにはログアウト中の移動システムがあり、ログアウトしている間に目的地に移動してくれるシステムがある。メリットはプレイしていない時に移動することで、ログインした時に目的地から再開できること。デメリットは移動中のイベントなどに対応できず、またレベルも上がらないこと。
もちろん所要時間があり、大体町から町へはおよそ半日から一日。国から国へは一日から三日ほど移動で潰れる。ただし騎乗と馬術のスキルがあれば短縮できるし、他にも移動手段で【馬車】や【船】を使うと大幅に短縮できるんだけど、そんな道中の楽しみとしてそこかしこに【イベントクエスト】が用意されているのだ。
例えば、商人の護衛だとか、賞金がかかっている魔物や盗賊の退治だとか、【重要クエスト】に必要なフラグをたてるイベントだとか。クエストをクリアすれば当然相応のモノは貰える。賞金、アイテム、スキル、知名度などなど……。とにかく移動を退屈させないようなシステムだ。
もちろん上級職、アイテムもプレシャスレベルのものを容易に手に入れられるくらいのレベルになれば、適正レベルのダンジョンで移動用の魔導道具なんかも手に入るので、町から町、国から国の移動も楽々行える。
この移動もリアリティありすぎてログアウトできない身としては辛いんだけど、それでも得るものは多かった。
まず、私のレベルが20になった。というのも理由がある。何も移動している間にぴろぴろあがったわけじゃなくて、とあるクエストをクリアしたからだ。
それも、【集落を襲うならず者の退治】だ。
通常は初心者上がりの3~6人向けのPT用イベントにも関わらず、何故かそれは起きて、何故か鼬はそれを請けた。そして集落に襲い掛かってくる魔物を千切っては投げ千切っては投げ……っていうのは比喩表現で、7:3の割合でならず者を半日かけて追い払ったのだ。勿論私は3のほうだ。鼬マジつええんだもんわけがわからないよ。
けどならず者集団のEXPは通常の倍だったのが幸いして、面白いくらいに私のレベルが10も上がったのはこの時。鼬はレベルが1しか上がってなかった。どういうことなのこの差。上級職のLvの上がり方は鬼畜だと聞いたことあるけどマジでそうなんだろうか。
そして驚いたのは、レベル20になった冒険者の【覚醒スキル】が、【直感】だったこと。
覚醒スキルというのは、どの職業にも一つだけある、一定のレベルまで上がることで得られるスキルのことだ。これは職業スキルではなく装備スキルに分類されるので、装備しなければ意味はない。
【直感】――――起こす行動の結果を事前に感覚として捉えることが出来る、というもの。これは外周スキルに属する。これでもCランクスキルなんだけど、スキルの中でもレア度が高くて購入金額もハンパないらしい。冒険者の時点でこの【直感】のスキルを手に入れられたというのはかなり行幸なのだとか。
冒険者のレベルが10になればすぐに転職、というのが殆どのプレイヤーの考えだ。だって正直冒険者って弱いから。それに一度でも転職すると、他の職業には転職できても、もう冒険者には戻れない。つまり冒険者はチュートリアル職業と見られている。
そんな冒険者のレベルを20まで上げるバカはどうやらいないみたいだ。…………私以外に。いや、私だって好きであげたわけじゃないというか結果としてこうなってしまっただけというか。
鼬は知っていたからあのクエストを請けたのだろうかと思って聞いてみたら、冒険者に覚醒スキルがあることすら初耳だったらしい。それが直感だと知って、長い沈黙の後に「幸運だったな」と言ってくれた。あれ絶対、この隠し要素に対する苛立ちだと思う。
そしてイベントクエストをクリアした鼬の目的は、あるアイテムとスキルカード、そして移動手段。
残念ながらそれが何かは教えてもらえなかったけれど、アイテムは何かの欠片のようだった。
スキルカードは【修理】のスキルカード。それが欲しかったのかと聞いたけれど、「はずれ」だと言われた。修理するのすらスキルカードが必要ってどういうことなんだ……。
そして集落からラインログドへと出ている【馬車】にただで乗り、私達はさらに移動時間を短縮したのである。
ちなみに私の不具合は、あれ以来なりを潜めている。いきなりぶっ倒れるなんてことは今のところ起きていない。うーん、直ったとも言い辛いし……どうなってるんだろう?
◇
ラインログドの街並みは、現代というよりは本当にファンタジーっぽく出来ていた。
というのも、そもそもラインログド周辺は昼は常に黄昏の地域らしい。つまり晴天がない。青空がない。明るさは温かみのある朱色と金色、斜陽に染まる緋色の街並みは道が広く、奥のほうは大きな建物が目立つ。街灯は発光する木で出来てたり、看板が浮いてたり、橋は術式が書かれた光の橋だったり。舗装された道を歩きつつ、そんなファンタジックな風景を私は全力で楽しんでいた。
ここは魔術大国。どうやら王政が敷かれているらしく、街中には衛兵や魔導師のNPCなどが道案内などをしている。普通の人間の中に、エルフや亜人、獣人といったNPCもちらほら見かけた。
ラインログド、通称【黄昏の王都】には魔術学院というものが存在し、魔術・錬金術の研究、術式の開発、魔装具や魔防具などの生成、魔導具の開発生産研究云々、とにかくそういうものが盛んらしい。
中央にある大きな建物が王城で、その隣の巨大な教会のような建物が魔術学院とのこと。
そんなことを鼬に説明してもらいつつ、私達はついに転職できる建物に到着した。
中に入ると、プレイヤーもそれなりにいた。もちろんここに来るまでの間にすれ違ったプレイヤーも大勢いたけれど、あの中や、この中にもしかしたらアルカナ戦争の参加者はいるのかもしれない……。
そう思うと、無意識に気が引き締まる。
「何に転職するか、もう決まってるな?」
「うん、決めたよ」
鼬に訊ねられ、私は頷いた。
カウンターで転職の申請をすると、しばらくお待ちくださいと言われた。広々とした建物の中は複数の個室で分かれており、個室は全部で六室ある。
ダーリトンからここまで来る間に職業を決めておけと言われたので、なりたい職業を馬車の中でずっと考えていた。下位職から戦闘職か生産職で分かれることが出来る。もちろん私は戦闘職だ。
鼬から色々と情報を聞いて、最終的に二つまで絞って、ここにつく前に決めた。
「どうぞ、三番目のお部屋へお入りください」
NPCのお姉さんにそういわれて、私は鼬に振り返る。
「じゃあ、行って来るね」
「ああ」
言葉短く私を見送る鼬に手を振ってから私は個室の三番目へと向かい、ノックをしてから中に入る。
部屋の中は無人だった。置物もなにもなく、ただ地面に魔方陣が描かれているだけ。
『魔方陣の中央にお立ちください』
音声アナウンスが入り、それに従って魔方陣の中央に立つと、魔方陣から円形の光が放たれて上昇し、しばらくした後目の前にウィンドウが表示された。
『適正レベルをクリアしています。転職したい職業を選択してください』
ウィンドウには様々な職業が並んでいた。
『戦士』、『兵士』、『剣士』、『格闘家』、『魔術師』、『僧侶』、『狩人』、『盗賊』、『調教師』、『遊び人』、『占い師』、『職人見習い』、『技師見習い』、『商人見習い』。
こうやって改めて見てみると、なってみたいものが結構あるなぁ。
けれど私はその中で、『戦士』の文字に触れた。
『【戦士】に転職します。宜しいですか?』
音声アナウンスの確認に、私は『はい』に触れる。
何故、『戦士』かと言われれば、薙刀装備が出来るのは戦士か兵士だけだったからだ。
その中で何になるかといわれたら、迷わず『戦士』を選ぶしかないだろう。
魔方陣が赤色に輝き、私の身体の周囲に幾層にも広がって頭のてっぺんまで包み込んだ。
私の身体に特別なにか違和感はないけれど、恐らくシステムを書き換えているんだと思う。
やがて私を包み込んだ光の輪は、そのまま魔方陣の下まで戻っていく。光が止むと、再び音声アナウンスが聞こえてきた。
『【戦士】への転職が完了しました』
「……おお、意外とあっという間だ」
おそらくもう転職が終了したんだろう。
魔方陣の外に出て、私は一度目録を起動してみた。
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ユーザーネーム:ソウ
◇職業
戦士[Lv1]
HP:1240/1240 SP:260/260
◇職業スキル
薙刀術[Lv26] 剛力[Lv1] 鍛錬[Lv1]
◇装備スキル
バックステップ[Lv22] 空きスロット6
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む、装備スキルだった薙刀術が職業スキルに移動してる。でも変更できない職業スキルに移って、装備スキルのスロットが一つ開いたのはちょっと助かるかも。
転職してHPやSP、スキルレベルは引き継いだ。新しく職業スキルに『剛力』と『鍛錬』があるのを見て、どんなスキルかを確認してみることにした。
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[外周 C ]【剛力 Lv1】……障害物・小を取り除くことが出来る。戦闘使用可。
[戦闘 C ]【鍛錬 Lv1】……自身に負荷をかけることにより取得EXPが上昇する。
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むぅ、敵に対して強くなるって言うスキルじゃないみたいだ。戦士は戦闘特化じゃないってことなのかな。戦士のくせに? でも、戦士はクラスチェンジの幅が広いらしい。早めにLv30にして、上級職を目指そうというのが私の考えだ。
ストックスキルの欄を見ると、ちゃんと直感のスキルがあった。冒険者の時には装備出来なかったので、今の内に直感をセットしておく。うーん、戦士の覚醒スキルって何だろうなぁ。それから冒険者の時の職業スキルも引き継いでいたので、『探索』と『採取』と『鑑定』をセットし、それと結局鼬から貰った『修理』のスキルもセットしておいた。
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◇装備スキル
バックステップ[Lv22] 直感[Lv1] 探索[Lv8] 採取[Lv6] 鑑定[Lv15] 修理[Lv1]
空きスロット1
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なんか戦士の名に相応しいようなそうでもないような微妙な装備スキルだ……。
職業スキルは基本的に引き継ぎじゃあない。引継ぎにすると転職しまくってスキルカードを大量に容易に所持できてしまうからだ。ただし冒険者は例外。転職するともう戻れないのだから、冒険者の時の職業スキルは転職後にも引き継いでくれる。
ただし、転職後もそれまで鍛えていた職業スキルのLvは引き継ぐので、ショップなどで購入、あるいはクエストなどで手に入れた場合は、また1からではなくてそこまで上げたスキルレベルを引継いで装備できるのだ。
まぁそんな情報はさておき……。
「鼬のところに戻らないと」
メニューを閉じて踵を返す。
無事転職できたことを伝えないと――――、個室から出てフロント近くのラウンジで待っている鼬のところへ戻ろうとした矢先、不意に何かの視線を感じて振り返る。
ぞろぞろといるほかのプレイヤーは、談笑したり、メニューを見せ合ったりしている人が殆どで、こちらを見ているプレイヤーはいない。
「…………?」
その中で私を見ている視線を発見することが出来ず、首を傾げた。
「……転職は済んだのか?」
「あ、鼬」
「? どうかしたのか?」
私に気付いた鼬が近づいてきたけれど、まだ周囲を見渡す私に鼬がそう訊ねてきた。
視線はもう感じない……。気のせいだったんだろうか?
「ううん……なんでもない。ちゃんと転職できたよ」
「そうか。何になったんだ?」
「うん、『戦士』にした!」
「……………………」
私がそう言うと、鼬は眉間に皺をよせてまた複雑そうな表情を浮かべた。
何故だ!?
ラインログド到着、そして転職です。
こっからが本番!