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ログアウト出来なくなって二日目の正午過ぎ。
私は相変わらずザーニャ平原で雑魚狩りです。そして――――。
「せぇいっ!」
振りぬいた薙刀が魔物の胴体を切り裂くと、HPバーが0になり消滅する魔物。
身体に力がみなぎるような感覚があり、私のレベルが上がったことを報せた。
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ユーザーネーム:ソウ
◇職業
冒険者[Lv10]
HP:620/620 SP:130/130
◇職業スキル
探索[Lv5] 鑑定[Lv8] 採取[Lv3]
◇装備スキル
薙刀術[Lv14] バックステップ[Lv10] 空きスロット5
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ででーん。
やっと下位職に転職できるレベル10に達しました! これで転職が出来るぞー!
ちなみに時間はすでに太陽が真上から少し斜めに傾いている時間だ。
私のレベルが10になった頃合、鼬は難しい顔をしてメニュー画面を見つめて腕を組んでいた。
――――時間を少し遡って、今朝のことを思い出す。
今朝、鼬が起きた後鼬から身体のことを訊ねられた。聞けばどうやら私は宿屋について少しした後にいきなり倒れてしまったらしい。部屋を取った後だったので鼬はそこまで私を運び、ベッドに寝かせて様子を見た後、異変がないのを確認して眠ったらしい。
私が夢を見たこと自体話そうか迷ったけれど、夢の中で会ったあの人……リヒトさんのことを話していいんだろうかと少し迷った。もしかしたら夢を見る機能がアルカナシステムにはついているのかもしれないし、リヒトさんと「二人だけの秘密」という言葉と、その時された行為を思い出すとなんだか気恥ずかしくなって言えない。夢の中で美丈夫なお兄さんにまた会おうって言われて手にキッスもらいましたとかドン引きされるとしか思えない。いや、確実にピピピと何か受信しちゃってる妄想女とかいうレッテルを貼られるに違いない。さすがにそれだけは嫌だ。
だけど、私自身のシステムに不具合が多いのは確かなことだし。
バグのことばっかり心配しててもしょうがないとは思うけれど、一般のシステムとは違うアルカナシステム、そのアルカナシステムの中で異状がある私。
正直この状態で戦っていけるのか抱く不安はある。
だけど、まだ私はどう動いていいかもわからない状態だ。当分は様子を見るしかない、というのが私が出した結論となる。
――――そして現在、画面を見つめている鼬のほうへと近づいて横から覗き込む。制止しないということは見てもいいってことなんだろうと思っておこう。うん。
鼬が見ていたのは、神秘の宝玉の一覧画面だった。
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[○オンライン] №0【愚者】
[○オンライン] №1【魔術師】
[○オンライン] №2【女教皇】
[●オフライン] №3【女帝】
[○オンライン] №4【皇帝】
[●オフライン] №5【法王】
[○オンライン] №6【恋人】
[○オンライン] №7【戦車】
[○オンライン] №8【剛毅】
[○オンライン] №9【隠者】
[●オフライン] №10【運命の輪】
[○オンライン] №11【正義】
[○オンライン] №12【刑死者】
[○オンライン] №13【死神】
[○オンライン] №14【節制】
[○オンライン] №15【悪魔】
[●オフライン] №16【塔】
[○オンライン] №17【星】
[○オンライン] №18【月】
[○オンライン] №19【太陽】
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昨日の時点で残り七つだったはずのオフラインは、残り四つに減っていた。つまり一日で三人の神秘の宝玉所持者が現れたってことだ。
ペースとしては早いのかな、難しい表情で考え込んでいる鼬をちら見して、私はすぅ、と息を吸った。
「鼬、これって早いペースなの?」
「…………。そうだな。このままで行くとすれば、明日か明後日、遅くても三日後までにはアルカナ戦争が始まるだろうな」
「それじゃあ、早めに転職したほうがいい?」
遅くても一週間以内と予想していた鼬も、さすがに神秘の宝玉の選定が早いことで、私の転職に同意を示してくれた。
転職は、首都と町以上の場所で可能で職業数は首都>街>町だ。勿論選択の幅が広がるという点では首都に行ったほうがいいのだけれど、鼬が見せてくれたワールドマップを見る限りではマギカの首都【ラインログド】まではかなりの距離があるように思えた。
「でもラインログドは遠いよね。やっぱりダーリトンで転職したほうがいいかな」
「ダーリトンは周囲を平原と森で囲まれている。町のランクでも低いほうで、選べる職は『狩人』か『盗賊』しかないぞ」
「う、そっか……」
てか町で転職できる職業に盗賊があるってどうなんだろう……?
まぁそんな疑問はさておき。偏狭の地で転職をしようってプレイヤーはまずいないから、この組み合わせなんだろうなぁ。というかだったらどうしてこんな場所に転職出来るところを置いたんだろう? まぁ、出来ないよりはマシなんだけども。
「ここで転職する必要はない。出身地に拘りがないのならラインログドで転職すればいいだろう」
相変わらずの無表情で、鼬は淡々と告げた。
RF-COには『出身地システム』というものがある。
冒険者であるうちは出身地は決められないが、転職した場所で『出身地に設定します』というメッセージが出てくるのだ。
武士の国、神薙ノ国。
魔法の国、マギカ。
商人の国、エル・ドラディア。
神聖の国、グレイシス。
どこの国で転職するかによって出身地が決まり、そしてその国のNPCの態度が違ったりする。出身地でしか請けられない特別なクエストもあったりするし、出身地で活躍すれば知名度の上昇率も違う。さらに高位流派――剣術、魔術などの数ある流派の内で高ランクに位置づけされる流派――の継承も可能だ。
出身国は一度決めてしまうと変えられないが、『亡命』という手段を取れば別の国に出身国を変更できる。
ただし、亡命したら元の国に出身地を戻すことは出来なくなるのだ。
亡命は四回まで可能で、四回目の亡命をすると出身地未明の放浪者となりNPCからのクエストが請けづらくなってしまうので注意が必要なのだとか。変なところに細かく設定してんなぁとは思ったけど、正直この出身地システムは楽しいと思う(ちなみにこれは確か、製品版に実装されたものらしい)。
出身地に拘りがなければ、とは言うけれども……私はマギカじゃなくて、神薙ノ国かグレイシスを出身地にしたかったんだよなぁ、なんてことを今言えば絶対鼬、眉間にふかーい皺を刻むに決まってる。
むぅ、でも亡命も出来るし、いざとなったら亡命すればいいか。一回くらいなら平気だと思う。
「そう言えば、鼬の出身国はどこなの?」
そう言えば鼬の出身国を聞いていなかったことを思い出してそう問いかけると、鼬はホログラフを消してあっさりと告げた。
「このマギカだ。エル・ドラディア、グレイスから亡命している」
「二回も亡命したの!?」
「必要だと思ったから亡命しただけだ」
「むぅ……」
あっさりとそう言った鼬に、私は眉を寄せた。
鼬はあと一回、神薙ノ国にしか亡命できないってことになる。けど、魔法剣士という職である以上鼬がこれ以上亡命するとも思えないし、本当に鼬にとって『必要な亡命』だったということなのだろうか。
「……おい」
「へ? あ、何?」
「…………お前は何の職業になりたいんだ? 最終的になりたいモノを決めてから、亡命を使うタイミングを決めておいたほうがいい」
不意に鼬がそんなことを言うので、今度は私が腕を組んで考えてしまう。
私は何になりたいんだろう。澄み切った青空と流れる白い雲を見上げて、その眩しさに少しだけ目を細めた。
「…………」
鼬の視線がどこに向いているのかも知らずに。
◇
――――結局、狩人にも盗賊にもなるつもりがなかった私は(というか狩人も盗賊も薙刀が装備できないんじゃ意味がないし)、ダーリトンの町に戻ってラインログドへ向かうことにした。
ラインログドへ着くまでになりたい職を決めておくように、というのが鼬からの宿題。鼬はラインログドまでの道のりで必要なアイテムを買い揃え、私は魔物を倒して手に入れたドロップアイテムを売ってお金に変える。初心者用の平原だけあって安値だったよチクショー……。
とは言ってもそれなりに数もあったので、所持金は2100ガルデに増えました!
新しいスキルが欲しいと思っていたので早速購入しに行こうと思ったら、鼬に首根っこを掴まれ「買うなら首都についてからにしろ。そっちの方が数が豊富だ」と言われた。む……つまり無駄金は使うなってことなんだろうか。確かにあったらあったで使っちゃうけども……!!
出立の前に宿屋で小休憩をとって、ご飯を食べた。パンとサラダとホワイトクリームソースのとろとろシチュー。うん。正直うまかった。
それと同時に、やっぱり気にかかるのは今頃現実世界はどうなってるのかということだった。
夕方になる前にダーリトンを出る。
一日二日しかいなかった町だけど、なんだかあの雰囲気は好きだなぁと思う。NPCの宿屋のおじさんはしぶかったし、なんというか長閑で平凡なところだったと、 そこまで名残惜しいというわけではなかったけれどちょっとばかし感慨深くなってしまった。私が初めて寄った町だからかもしれない。
「行くぞ」
短い鼬の一言に頷いて、私は鼬の後をおいかけダーリトンの町をあとにした。
そう言えば、どれくらいでラインログドに着くんだろうか……。
修行は二日で終了でした。でも転職はまだ出来ない様子。
出身地についての説明と、ダーリトンからの出発です。テンポ的にはどうなんだろう、はやいのか遅いのか微妙に解らない…(´・ω・`)
とりあえず様子見つつ進めて生きたいと思います。