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よくあるVR-MMORPGモノに触発されて書こうと思い手を出してみた結果がこれだよ!
女主人公のVR-MMORPGです。デスゲームに近い感覚ですがそこまで殺伐としているわけではありません。しかし残酷な描写等を含みますので、閲覧の際はご注意ください。
誤字脱字、日本語でおkなところがありましたら教えてくださるとありがたいです。
無機質さを感じさせる古びた石畳の床、広さは中心部から四方におよそ五十メートルから八十メートル前後。長方形に似たその空間はやたら広く、壁はない。天井もやや崩れ気味でそこかしこから大要の光を差し込ませ、太い白亜の柱が檻のように並び、外の光景が見えるその場は古代ギリシアの有名な神殿を思わせる。
ここで一つの戦いがあり、それは数十分前に終結した。
その場にいるのは四人の人影。
全員満身創痍の体をしていた。一人は自力では立ち上がれぬほどの負傷を負ったのか、仲間の肩を借りてなんとか立っている。熾烈を極めた戦いは、時にして約一時間近く。
始まりの場はここよりだいぶ離れた場所だったが、終わりはこの祭壇の間で果たされた。
そして今、その場は風が吹いていた。
ごうごうと激しい音を立てて吹き荒れるそれはもはや暴風の域だ。
吹き飛ばされそうになる身体を屈めて、短い蒼髪の青年は砕けた柱の瓦礫に手をかけて何とか踏みとどまっている。その視線の先、彼の澄み切った空のような色の双眸が向けられているのは、風を起こしている大元。祭壇の前の石造の巨大な扉。まばゆい虹色の光を放ちながら、中心は赤黒い深い闇に星のような煌きがわずかに見える大穴が、開いた扉の向こうにあった。
駄目だ。
あれは危険なものだと、見た瞬間に悟った。
今すぐにあれを閉じなければ。
心が、本能が、全身全霊が警報を打ち鳴らすようにあれの危険性を訴えてくる。
逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ。
アレに飲まれれば、どうにもならない。どうなってしまうかさえ分からない。
とにかく危険だ。あれは駄目だ。あれに立ち向かうことなど出来るはずもない。
あれが何かは知らない。けれど駄目だ。危険だ。危険以外の何物でもない。
全身全霊が告げる【危険予知】の能力は、それこそメーターが振り切れてしまいそうなくらい激しく発動していて恐怖で吐き気すら起こさせる。
本能は今すぐこの場からの離脱を望んでいる。それなのに身体が言うことを利かない。足が震え、戦闘によって傷つき消耗した身ではこの場から、あの大穴から逃れることなど不可能に等しかった。
もはや前すらまともに見られない中、この暴風の中で、青年は確かに仲間の声を聞いた気がした。
「――――――――」
顔を上げた青年の視線の先に、【彼】は立っていた。
ここまで共に歩んできた仲間であり、青年にとっては親友たる人物。
一房だけ特徴的に白金に染まった、明るい赤銅色の結った長髪が髪に弄ばれるように乱れる。それすら構わず、強い意思を秘めた琥珀色の眼差しが真っ直ぐに自分を見ていることに青年は気づいた。
強い風に怯みもせず、愛用の武器である槍を瓦礫の隙間に突き立てそれを支えになんとか地面に踏ん張って耐えている。
【彼】はいつもそうだ。どんな苦境に立たされても、【彼】が膝をついた瞬間を青年は見たことがなかった。
どんな時でも真っ直ぐ在り続けた。【彼】はそれだけの強さを持ち合わせていた。
泣き言も弱音も言わない。分からないなら考える。考えたなら行動する。やると決めたことは意地でも貫き通した。
そんな【彼】だからこそ、青年は共に戦うことを決めてこんな場所までついてきた。
その【彼】に迫る闇のような大穴に、青年は大きく双眸を見開く。
叫んだ。叫んだ。とにかく叫んだ。
青年は腹の底から、喉が潰れても構わないというほど声を張り上げた。
「――――!! ――――! ――――っ! ――――――――!!!」
しかし、青年のその必死の叫びも、すべて暴風に打ち消されてしまう。
耳鳴りがするほど、風の音以外すべてをかき消す豪風の波は青年の声すら飲み込んでいった。
けれど【彼】には、青年の声が届いているようだ。
その証拠というように、【彼】が浮かべた表情は、まるで些細な失敗をして仲間に謝る時のような少しだけ眉尻を下げた笑顔だったから。
悪い、やっちまった。
けどこんなの何でもないさ。
まるでそう言っているような気がするほど、彼のその表情は見慣れていた。
けれど、それでも青年の不安は拭えない。
吹き荒れる暴風は青年の身体を遠ざけようとする癖に、何故か【彼】の身体を穴の中に、扉の向こう側に引きずり込もうとする気流があるように思えた。
普段から取り乱すことのない青年が、なりふり構わず柱から飛び出そうとした。
駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ。
今【彼】の手を掴まなければ、二度と会えない――――!
そんな予感が満ちたこの空間の中で、助けに行こうと、手を伸ばそうとするその青年の目の前で、【彼】が言った。
「今まで楽しかったぜ、ありがとな――――泰智」
荒れ狂う烈風の中で確かに聞こえた声は、耳に、というより、頭に直接響いてきた。最後の最後で、【彼】はその一言を伝えるためだけに、【意思伝達】のスキルを使ったのだ。
じゃあまた明日な。――そんなことを言いそうなまぶしいくらいの笑顔で、【彼】が紡いだのは別れの言葉。
【彼】の目が、「お前は生き延びろ」と言っている。
その瞬間青年は親友である【彼】の心情すべてを悟り、伸ばした手から力が抜けた。
それとほぼ同時、【彼】は支えとなる槍を瓦礫から引き抜いた。
自然と、【彼】の身体は暴風に呑まれる。
――――そして、その場に網膜を焼ききってしまいそうなほどに眩い虹色の光が弾けた。
◇
木漏れ日が瞼に当たり、まどろみの中から引き上げられる。
チチチと聞こえてくるのは鳥の鳴き声。ぼやける視界に映ったのは石造りの神殿などではなく、太陽の光を差し込む道なき道、岩が生え、草花や薬草の合間から鬱蒼と生える木々の葉は風に揺られて擦れ合う。
そうして青年は理解した。
今のは夢であり、そして記憶だ。
左側だけ長めに伸ばした前髪の下、目元に掌を当てる。
青年の風体は、藍色の術式が刻まれた魔防具である白銀の鎧に手甲と動きやすさに比重を置いた具足。腰には魔装具である黄土色の生地に碧と蒼の凝った意匠が施された布を巻き、一振りの剣を下げている。他には、左耳に紅い結晶に似た装飾をつけていることか。
深い蒼髪、澄み渡る青空の色を移したような瞳の色。
この場において、そこに青年以外の人物は見当たらない。
ふー、と重苦しい息を吐き出した後、青年は顔を上げて頭の中で整理する。
――――ここは、現実世界ではない。
仮想現実と呼ばれる技術が進化した末の【ゲームとして造られた仮想の空間】。
一昔前にパーソナルコンピューターや据え置きゲーム機を媒体として流行したMMO-RPGが、実際に擬似体感できるようになって数年。
進歩した技術によって生み出された数あるVR-MMORPGの中の一つが、今現在青年の存在している『これ』だ。
【冒険奇譚 Reach the Fate -Crossroad Online-】。
それがこのVR-MMORPGの名前。通称RF-CO。リーフェ、クロス、クロスオンライン、クローン、様々な呼び名が存在するがプレイヤーの間ではリーフェクロスというのが定番となっている、大手のVR-MMO開発を専門する有名な会社が出した作品のうちの一作品だ。
王道とされるいわゆる剣と魔法のファンタジーRPGだ。現実世界ではあり得ない、なし得ないものほど人は焦がれ憧れるもの。その人気は絶大で、新作であるオンラインゲームをプレイするプレイヤーはそれこそ数知れず存在する。
彼もまた、そのプレイヤーの一人だ。
和泉泰智――――。それが彼の名前であり、現実世界の本名。
このゲームの中では、『鼬』というユーザーネームを使用している。
そして、このRF-COでは『表向きには発表されていない隠されたシステム』が存在した。
それを設定と呼んでしまってもいいものなのか。それでもゲーム内で起こる事象なのだから、そう呼ばざるを得ない。
そのシステムの名前を、『神秘の《アルカナ》戦争』と言う。読んで字のごとく、神秘をかけた戦いだ。おそらくモチーフはタロットカードの大アルカナだろう。アルカナには神秘の他に秘密という意味もある。隠されたシステムである神秘戦争は、その裏に隠されるべき戦いという意味を持っている。
概要は、簡単に言えば奪い合いだ。二十個存在する【神秘の宝玉】と呼ばれるものを、二十人のプレイヤーが奪い合う国ではなく個の戦争。
その為の条件付けがいろいろとされているが、重要なのは選ばれたプレイヤーが戦争終了までログアウトできないことだろう。かと言って、終了すればログアウトできるようになるかと言えば、イエスと頷けない。アルカナ戦争の全貌は、彼にも未だ以って不明なのだ。
勝者には開放と、あらゆる願望の成就を。そして敗者には罰を。
何を以って勝者と敗者と決めるのかさえ分からない。もっともまだまだ複雑で不明瞭な部分が存在するのだが、おおまかにまとめるとこういうことだ。
彼は、このアルカナ戦争の『二度目』の参加者である。
今現在、泰智――もとい鼬がいる場所は、【アドリスの森】と呼ばれるダンジョンの一つ。
鼬の周囲に人の気配はない。単身この森に訪れた鼬は、NPCの民間人から頼まれた依頼を達成して町へ戻る最中、休息していただけ。
その休息の合間に見たのがあの夢――――【前回】のアルカナ戦争での出来事だ。
辛い記憶。思い出すだけで奥歯を噛み砕きたくなるもの。目の前で別れを告げ、あの闇に呑まれた親友の笑顔を忘れたことなど、一度たりともない。あの時手を伸ばすのを諦めてしまった自分の元へ行けるのならば、その頬を殴り飛ばしてやりたいぐらいに後悔している。
思い出すだけで、それは彼に強い罪悪感を呼び起こさせていた。
本来仮想空間で夢を見ることは無い。現実のようでもあくまでも仮想現実に過ぎない。そもそも空腹も疲労も眠気も訪れることがない仮想現実では、寝るという行為を取る必要がないのだ。システム上寝ることで体力やSPが回復することもあるが、寝ている間はログアウトを選ぶことも出来る。
鼬のように休息の合間に眠ることも出来るが、夢を見る、というシステムがない以上仮想現実であっても夢を見るということはない。
それでも夢として、あの時の記憶を繰り返し見る。それは鼬にとっては堪える罰だった。
一瞬でも諦めた。その一瞬の躊躇いが、大切な親友を失う結果となった。
その現実から目を背けることなど、一体誰が許すものか。
たとえ誰が許したとしても、鼬本人が自分自身を赦さないだろう。
だからこそ、システム上に『夢を見る』という機能がなかろうと関係はない。
無意識に奥歯をかみ締め拳を握り締めた鼬が、不意に双眸を見開いた。
警鐘を鳴らすように全身が危険を報せている。
――――装備スキル、【危険予知】。プレイヤーに襲いかかるあらゆる危険を予知する能力。
警戒して腰の鞘に収まる剣に手をかけた鼬が戦闘態勢を整えるその間わずか数秒。
危険予知による危険度が低い。元々この森一帯の魔物は中級者用の中でもレベルが低く設定されており、総じて鼬の敵にはならない雑魚ばかりだ。
しかしそれでも、集団で襲撃されるとなると話は別だ。
警戒を怠ることなく気配を探るように視線を向け剣を構えた瞬間、『それ』は唐突に鼬の前に現れた。
「無理無理無理無理っ!! 『冒険者』なめんなちくしょおおおーーー!!!」
およそ可憐とは程遠い悲鳴と罵声を上げて疾走してきた少女が、草むらから飛び出す。
背中には薙刀。
装備は皮革一式の初期装備。
冒険者とは、初めてプレイするプレイヤーの誰もが最初に就く職業だ。
明らかに初心者。通常ならばこの森の、こんな奥のほうまで単身で乗り込めるはずがない。そんな些細な疑問よりも先に、鼬は今立っている位置だと衝突しかねないと無意識に半歩下がって少女を避けようとした。
だが、それは行動にはならなかった。
鼬は『彼女』を見て双眸を見開き、その表情を驚きで満たす。
太陽の光を受けて輝くのは、一房だけ染まる白金を含む赤銅色の長髪。
大きくつぶらな双眸は琥珀色。
その面影に、鼬はあり得ないものを見るかのように避けるのも忘れて彼女の顔を見据えていた。
何故なら、彼女はあまりにも、【彼】に似ている。
結果。
「ちょっ、どいてええっ!?」
「――――っ!?」
勢いを殺しきれずにとまれなかった少女が、鼬に全身で衝突してきた。
――――これは、運命に到達するための物語。
あらゆる神秘を知る為の、冒険奇譚の始まりの一節。
女主人公と銘打っておきながら出てきてるのが男ってどういうことだよっていう突っ込みどんと来い!
和泉泰智はメインヒーローになります。メインヒロインならぬメインヒーロー。
最後に出てきたのがヒロインですが、本編は次回からです。では、宜しくお願いします。