第一章 二十一の夏、北斗七星を探して
優曇華モラトリアムという作品です。シリーズもので執筆中。私の実体験も踏まえつつ書いていきます。目に止めてくれるだけでもありがたいです。
不合格。不合格。不合格。
私の脳内スクリーンには、その三文字が三つ、綺麗に表示されていた。
東京大学の合格発表の日である。
午前五時から起きていた。合格発表は正午からだというのに、私は夜明け前から目を覚ましていた。眠れなかったというより、眠ることを自分自身に許さなかったのである。これから自分の人生を左右する瞬間。布団の中でのんきに寝ているわけにはいかない。もっとも、午前五時から正午まで起きていたところで、合格する確率が上がるわけではない。それくらいのことは分かっていた。分かっていたが、寝ているよりは起きていたほうがましだった。私は五時から六時まで、机の前に座っていた。六時から七時まで、読んでいなかった書籍を眺めた。七時から八時まで、携帯電話を見ていた。八時から九時まで、朝食を食べた。九時半になって私は出かけた。結局、早起きしたところで特に何もしなかった。私は携帯電話を握った。仰々しく赤門をくぐって掲示板を探す。見つけた。しかし、私の受験番号だけがどうしても見つからなかった。
不合格。
このたった三文字が、私がよじ登ってきたところを糸も容易く再び突き落とした。人生を左右するには、あまりにも短い。一度目は、まだ笑えた。もちろん悔しかった。しかし、浪人というものは世間で思われているほど珍しいものではない。来年がある。そう考えればよかった。二度目は、笑えなかった。それでも、来年があると思った。両親に土下座した。三度目となると、来年こそは、という言葉そのものが、ずいぶん遠いところへ行ってしまった。私は目を閉じた。しばらく何もせずに突っ立っていた。周りでは合否でどよめく大衆、歓喜で踊り出す者、家族と悲しみの涙を流す者、とにかく騒がしそうだった。しかし、私の耳にはほとんど届いていなかった。家の机の上には、去年の合格発表の日に買った参考書がある。何周したのかわからない。努力の証はたしかに、ここにある。私はサッと家に戻って、ボロボロの参考書を手に取った。表紙を眺める。去年の私は、これを使って今年こそ合格するつもりだった。一昨年のの私も、同じ参考書を使って今年こそ合格するつもりだった。
私は携帯電話を開いた。写真フォルダを見る。そこには、過去二年分の合格発表の写真が残っていた。受験番号を撮影しただけの写真である。しかし、今となっては、それらは写真というより呪物に近かった。私は一枚目を削除した。二枚目も削除した。三枚目はなかった。画面から受験番号が消えた。私は携帯電話を机の上へ伏せた。これで、何もなくなった。いや、正確には何もなくなってはいない。不合格という結果だけが、妙に鮮明に残っていた。
二十一歳になる少し前だった。
三浪目の春である。
高校時代の私は、東京大学へ行くことを疑っていなかった。群馬県渋川市の県立高校に通っていた。私は勉強ばかりしていた。別に勉強が好きだったわけではない。好き嫌いという感情を持ち込む必要がないと思っていたのである。勉強すれば成績が上がる。成績が上がれば東京大学に合格する。東京大学に合格すれば、そこでようやく私の人生が始まる。実に簡単な三段論法である。ただし、その三段論法には一つだけ欠陥があった。私は三段目に一度も到達できなかった。東京大学とは、私にとって大学ではなかった。人生の始点だった。赤門の向こう側には、今とは違う自分がいる。頭がよく、友人がいて、研究をして、誰かと恋愛をして、社会に出て、何者かになる。そんな人生が、赤門の向こう側には用意されているように思えた。今の私は、その手前にいる。だから何者でもない。何者でもないから、今の生活について深く考える必要もない。いずれ終わるからである。私はそれを、モラトリアムと呼んでいる。便利な言葉だった。浪人している。友人がいない。恋人もいない。働いてもいない。人生らしいことを何一つしていない。それらすべてを、
「まだモラトリアムだから」
の一言で片付けることができた。便利な言葉というものは、たいてい危険である。何でも入る大きな鞄というものは、何でも入るからこそ、中に何が入っているのか分からなくなる。三浪目の春、いまだに私はその鞄の中に希望を詰め込んでいた。当然ながら、両親もいつまでも待っていてくれるわけではなかった。いつもの朝食である。いくらうどん屋と言えど、そんな毎朝打ち立ての麺を啜っているわけではない。父さんは新聞を広げて、熱そうな珈琲を飲んでいる。母さんは台所で父さんの弁当を準備している。しばらくして父さんがパタリと新聞を閉じて置いた。
「そろそろ、自分でどうにかしなさい」
怒鳴ったわけではない。泣き叫んだわけでもない。むしろ静かだった。静かな言葉ほど人を追い詰めることがある。大声で叱られれば反論もできる。劇的な親子喧嘩に発展するのかもしれない。しかし、静かに正論を置かれてしまうと、こちらは何も言えない。私は段ボール箱を二つ用意した。
一つには衣服や歯ブラシなど、最低限の生活用品を詰めた。もう一つには参考書を詰めた。
後者のほうが圧倒的に重かった。私はこれまで何度も、新しい参考書を買った。新しい参考書を買うたびに、新しい人生が始まるような気がした。汚れた参考書。表紙が破けて無くなっているものもある。ボロボロで使い込まれて、黄色くなった単語帳。それらはすべて、かつての私が未来へ向けて投げた小さな希望だった。結局、その努力は希望から何も変わっていなかった。
私は家を出た。しばらくは図書館で勉強した。朝、図書館へ行く。席を取る。参考書を開く。公園の水道でボトルに水を注ぐ。昼になったら昨夜の特売で買っておいた惣菜パンを食べる。また勉強する。閉館時間になり、図書館を出る。夜は二十四時間営業のカフェへ移動する。閉店しない店というものは、人生に行き場のない人間にとって非常にありがたい。マスターとは昔からの付き合いで、と言っても特段喋ることもない。私が勝手にしばしば寄っているだけだ。それでも、事情を察してくれたマスターは私を珈琲一杯で何時間も居させてくれた。眠くなったら顔を洗った。それでも眠ければ歩いた。朝になると、また図書館へ行った。そんな生活を何日も続けているうちに、私は自分が何をしているのか分からなくなった。勉強をしている。それは間違いない。しかし、何のために勉強しているのかと問われると、答えは少し難しい。
東京大学に合格するため。
では、なぜ東京大学に合格したいのか。人生を始めるため。では、なぜ人生を始めなければならないのか。そこまで考えたところで、私は参考書を閉じた。勉強しすぎた人間というものは、ときどき勉強とは関係のないことを考え始める。哲学者でもないくせに、人生とは何かなどと考え始めるのである。哲学者モドキ。そして、だいたいろくな結論に至らない。私も例外ではなかった。
そんな生活をしばらく続けたあと、私は近所の古いアパートを見つけた。名前を「仏陀荘」という。なぜこんな大仰な名が与えられているのか。看板を作った人間に尋ねることもできない。そもそも、管理会社へ電話するのも馬鹿らしい。その名にふさわしいほどに建物は古かった。しかし、言い換えれば単なるボロアパートであった。六畳一間。風呂とトイレがついている。壁は薄い。廊下を誰かが歩けば、その振動が部屋まで伝わってくる。隣の部屋から咳払いが聞こえることもある。風の強い日は窓が鳴る。雨の日には、どこからともなく湿った匂いがする。しかし、家賃は安かった。それだけで十分だった。私はそこを借りた。段ボールを二つ運び込んだ。生活用品の箱は軽かった。参考書の箱は重かった。私はその二つを部屋の隅に置いた。そして、机を置いた。布団を敷いた。冷蔵庫を置いた。電気ケトルを置いた。それで生活の準備は終わった。人間というものは、六畳間に布団と机と参考書があれば、案外生きていける。
私は再び東京大学を目指す生活を始めた。朝起きる。死んでいるのか生きているのか判別不能な顔を洗う。マーガリンで濡れたパンを食べる。図書館へ行く。勉強する。帰る。勉強する。眠る。翌朝、また同じことをする。その繰り返しだった。五月が過ぎた。六月になった。
六月の終わり、私は二十一歳になった。誕生日の朝、目を覚ました私は、枕元の携帯電話に表示された日付を見た。年が一つ増えただけである。一緒に祝ってくれる相手もいない。そもそも、二十一歳になったことを喜ぶ理由が私にはなかった。私は東京大学に三度落ちた。それだけで、その日の空は少し低く見えた。朝食に食パンを一枚焼いた。焼きすぎて少し焦げた。私は焦げた部分を眺めながら、二十一歳の誕生日にふさわしい食事とは何だろうと考えた。ケーキだろうか。寿司だろうか。高級なレストランだろうか。いずれも私には必要なかった。私は諦めて、焦げた食パンを食べた。人生というものは、こういうものなのかもしれないと思った。特別な日だからといって、特別なことが起こるわけではない。誕生日であろうと、不合格の日であろうと、腹が減れば食事をする。眠くなれば眠る。それだけである。その夜のことである。
私は目を覚ました。
何かがおかしいと思った。部屋は暗い。静かだった。時計を見る。三時。午後三時であった。私は布団から起き上がろうとした。その瞬間だった。身体が、流された。水の流れだった。しかし、それは水では無い。ただ流れているものだった。濡れている感覚も無いる。畳の上に、川のような流れが生まれていた。私は抵抗しようとした。だが、足が動かない。身体だけが、何か大きな流れに押されて、部屋の奥へ運ばれていく。机が揺れた。参考書が倒れた。窓が鳴った。私は声を上げようとした。しかし声が出ない。水はない。それなのに、確かに流されている。やがて視界が白くなった。水の底へ沈んでいくような感覚があった。そして突然、私は布団の上に倒れていた。息が苦しい。胸を押さえた。時計を見る。三時。秒針が動いていない。私は時計を見つめた。三時一分にならない。三時二分にもならない。おかしい。しかし時計が壊れたのだろうと思うことにした。私は立ち上がった。畳を触った。濡れていない。流れも消えていた。最初から無かったかのように思えた。ただ、背中だけが濡れていた。私はシャツを脱いだ。寝汗にしては冷たかった。私はそれ以上考えないようにした。私は夢を見ていたのだ。翌朝、私は時計を買い替えた。やはり壊れていたらしい。
七月二日。また午前三時に目を覚ました。
今度は、電車の音がした。遠くから聞こえる音ではなかった。耳元で轟音が鳴った。
「……二番線から、列車が発車します……ドアが閉まりますから、ご注意ください」
私は布団から起き上がった。窓を見る。何もない。ふと振り返った瞬間、対面の扉を突き破るようにして列車が現れた。私は言葉を失った。JR上越線らしき列車が、部屋に投入してくる。私は慌てて隅へと飛び込んだ。
そもそも部屋に列車が走っている時点でおかしいが、それが銀河鉄道やホグワーツ特急でもない、いつもの上越線だったことが奇妙だった。列車は扉から入って、窓の外へと逃げていく。乗客がいるようにも見えた。何両過ぎていったのかわからない。ざっと五十は行っただろうか。車体は壁にも机にもぶつからない。ただ、そこに最初から線路でも敷かれていたかのように、何のためらいもなく私の部屋をしばらくずっと横切っていく。しばらくして、床が水のようなもので満たされていることに気づいた。列車は窓へ向かっていく。窓枠に差しかかったところで、列車は油粘土のようにぐにゃりと歪み始めた。車体が窓の大きさに合わせて小さくなっていく。それでも速度だけは変わらない。小さくなった列車は、そのまま窓の外へ滑り出していった。私は、何が起きているのか理解できずに立ち尽くしていた。
「こっちだよ!マツガ!」
マツガ、とは代々その味を受け継いできた、水沢うどん一筋の家である。老舗と呼んでも差し支えないほど長い年月を、この地でうどんを打ってきた。その家に生まれた私の姓は、松賀という。それ以外の同音異義は心得ていない。
「松賀!」
誰かが、私の名を呼んだ。名前を呼ばれたような気がした。振り返るが、誰もいない。もう一度、声がした。今度は窓の外からだった。次の瞬間、さきほどの列車から一本の白い長いのが伸びてきた。人間の腕だった。その手が窓から部屋の中へ伸び、私の腕を掴んだ。
「へっ?」
大声を上げる暇もなかった。列車は走っている。私はそのまま引っ張られた。窓枠を越え、身体が宙に浮く。そして、列車と一緒に部屋の外へ放り出された。不思議なことに、恐怖はなかった。ただ、夜の冷たい空気だけが妙に現実的だった。次の瞬間、私はアパートの前の暗い夜道に、素足のまま着地していた。目の前には、いつもの古びたアパートがある。窓を見上げる。そこには何もなかった。列車も、腕も、あの異様な光景も、最初から存在しなかったかのように消えていた。蝉も鳴かない静寂の中、私は止めていた息を吐いた。時計を見る。三時。また、三時だった。時間は起きてから動いていなかったのか。私は布団の上に座り込んだ。何となくもう一度時計を見た。すると時計の秒針が、動いている。三時一分。三時二分。三時三分。時間が戻ってきた。これは夢ではないのか。私はそれから、これらの出来事を怪異と呼ぶことにした。
そのまま起きていた私はすぐに日常へと戻った。日中は勉強をしなければならない。寝ていなかったので眠気はやってくる。私は図書館で何度も睡魔の海の上を漕いだ。数学の問題集を開いたまま眠ってしまい、目を覚ますと三十分経っていることもあった。周りにはお年寄りや学生ばかりである。ある日、隣の席の老人に肩を叩かれた。
「君、大丈夫かね」
「大丈夫です」
「顔色が悪い」
「受験勉強をしているので」
老人は私の参考書を見た。
「大学?」
「はい」
「どこ?」
「東京大学です」
老人は「ああ」と言った。その「ああ」が何を意味するのか私は考えないことにした。人間は、自分が傷つきそうなことについては、考えないほうがよい場合がある。七月が終わった。私は大家へ電話をした。
「夜になると、変なものが見えるんです。まさに、怪異と言ってもいい」
電話口の大家は、しばらく黙っていた。
「そうですか」
「水のようなものが流れたり、電車が部屋を通ったりします」
「電車ですか」
「はい」
「怪異ときたら大変ですね」
あまり大変そうには聞こえなかった。
「それで、部屋を変えていただくことはできますか」
「できますよ」
「では……」
私は言葉を止めた。なぜか、部屋を変えたくないと思った。
「……いえ、やっぱり大丈夫です」
「そうですか」
大家は、それ以上何も言わなかった。数日後、大家が部屋を訪ねてきた。これまで電話と手紙だけでやり取りしていたので、実際に会うのは初めてだった。契約の時でさえ、置き手紙で、
「サインと印鑑はここに」
とだけあって違法なのではないかと思う雑な方式で済まされてしまった。私は、電話口の声から六十歳くらいの女性を想像していた。ところが、玄関に立っていた女性は、七十歳にも百五十歳にも見えた。ひょっとすると数千年生きているのではないか。そんな馬鹿げたことまで考えた。ただし、長い黒髪だけは不自然なほど艶があった。
「初めまして」
大家は言った。
「……初めまして」
私は頭を下げた。
「お電話の件ですが」
「はい」
「この部屋は何なんですか、事故物件じゃないですか。あの怪異は何なんですか!」
私は少しばかり口調が強くなってしまった。
水の流れ。部屋を走る列車。白い腕。そして、女の子の声。話しているうちに、自分でも馬鹿馬鹿しくなってきた。しかし大家さんは笑わなかった。部屋を見回していた。机。参考書。布団。窓。何の変哲もない。
「怪異というのは」
大家が言った。
「本来あるものが、少しだけ形を変えて見えているだけなのかもしれません」
「……それは、どういう意味ですか」
「どういう意味でしょうね」
大家は笑った。私は、この人と話していると、こちらばかりが試験を受けているような気分になる。
「大家なら、部屋のことくらい少しは知っているはずですよね」
「もちろん、よく知っていますとも」
「しかし、怪異そのものはあなた自身が生んだもの」
「何を言って……」
「あなたは私の何を知っているんですか!」
「さあ」
大家は窓を見た。外は明るかった。昼間の窓は、ただの窓である。夜になれば、何か別のものになるのかもしれない。私はそんなことを考えた。
「怖くないんですか」
大家が聞いた。
「怖い、というわけではありません」
「そうでしょうね」
「だから、ここを出られないのでしょう?」
「どういうことですか?」
大家はまた少し笑った。
「それで、いつ終わるのですか?」
「え?」
畳み掛けるような大家の意味不明、奇々怪界な質問に、私は言葉を詰まらせた。
「いえ」
大家さんは首を振った。
「何でもありません」
私はその言葉について少し考えた。何が終わるのか。私にとって、終わらせなければならないのはこの浪人時代である。このモラトリアムを終わらせなければならない。合格すれば、浪人生活が終わる。浪人生活が終われば、大学生活が始まる。大学生活が始まれば、ようやく人生が始まる。そういう順序になっている。少なくとも、私はそう思っていた。大家が帰ったあと、私は机に座った。英単語帳を開いた。
moratorium。
その英単語を見つめる。猶予期間。執行猶予。決定を先延ばしにされた状態。私はその意味を眺めた。なるほど。今の私にぴったりである。私はまだ人生を始めていない。始めることを許されていない。東京大学に合格するまでは。そう思っていた。今もそうである。
その日の夜、母から電話があった。
「最近、ちゃんと食べてる?」
「食べてる」
「勉強は?」
「してる」
「……そう」
母は少し黙った。電話の向こうから時計の動く音が聞こえる。
「ごめんね」
突然、母が言った。
「何が」
「東大のこと」
「母さんのせいじゃないよ」
「でも……」
母の声が震えた。
「わかったから、母さん、もう大丈夫……」
私は黙っていた。母が何を謝っているのか、私は分かっている。勉強ができる子供というのはほとんどの親にとって誇りである。しかし、呪われてしまった私を、その私を育てた責任が両親を苦しめてしまっている。家を出てしまった私に対して、母さんは謝ることしかできないのだ。
「大丈夫だよ」
私は言った。
「来年は必ず受かるから」
電話を切った。最後に、口先だけの上辺を言った気がした。部屋が急に広く感じられた。
六畳しかないのに、妙に広い。私が小さくなったのかもしれない。私は机の前に座った。参考書を開いた。数学の問題が並んでいる。私は問題文を読んだ。読んだ。もう一度読んだ。
何も頭に入らなかった。私はペンを置いた。そして、窓の外を見た。暗かった。私はふと思った。
人生が始まるというのは、どういう状態なのだろう。
大学に入れば始まる。そう思っていた。しかし、大学に入った人間が全員、自分の人生が始まったと思っているのだろうか。そんなわけはない。大学を卒業しても、就職しても、結婚しても、子供が生まれても、そのたびに「ここから人生が始まる」と思う人はいるだろう。ならば、人生の始点とはどこなのか。私は考えた。考えて、分からなくなった。結局、私はいつも同じところへ戻ってくる。結局、哲学者の真似事をしているだけである。東京大学に合格する。それが始まりだ。そう決めておけばよい。決めてしまえば、迷わずに済む。もうそれでいい。
私の始まりは、東京大学に合格すること。
私はその夜も眠った。その日も怪異は私の睡眠を邪魔した。その次の日も、また次の日もである。前みたいな大きな出来事ではないけれど、ラップ音や白い影、子供の泣き声が造影されるようになってしまっていた。
気がつくと、八月七日。今度は、音楽が聞こえた。遠いところから、古びた遊園地のような音楽が聞こえてくる。私は布団から起き上がった。部屋の中央に、何かがあった。回転木馬だった。私は言葉を失った。六畳の部屋に収まるはずのないものが、当然のようにそこにある。白い馬。茶色い馬。赤い馬。天井には小さな電球が並んでいる。電球は一つずつ明滅していた。回転木馬はゆっくり回っている。
ぎい。ぎい。ぎい。
私は動けなかった。馬の一頭に、女の子が乗っていた。薄紫色の服。黒い髪。白い肌。
顔はよく見えない。ただ、こちらを見ていることだけは分かった。
「君は……誰?」
幽霊かもしれない、化け物かもしれない。しかし、私の口は自然と動いていた。女の子は微笑むだけだ。回転木馬だけが回っている。
ぎい。ぎい。ぎい。
私は一歩近づいた。女の子が近くなる。一瞬、銀色の瞳が見えた。そして、また笑った。
「始まるよ」
また、どこかで聞いた声だった。私はつい後ずさった。次の瞬間、部屋の明かりが消えた。暗闇の中で、回転木馬の音だけがしばらく続いた。
ぎい。ぎい。ぎい。
やがて止まった。私は電気をつけた。いつもの机がある。布団がある。参考書がある。いつもの六畳間だった。私は時計を見た。三時。私はその日から、怪異を悪いものとは思わなくなった。夢ならば、もう少し私に都合よくできていてもいい。少なくとも東京大学には受からせてほしい。しかし夢は、いつだって私の希望を無視する。
八月八日。午前三時。私はまた目を覚ました。何も起こらなかった。私は布団の中でしばらく待った。列車も来ない。水も流れない。回転木馬も現れない。女の子もいない。何も起こらないことのほうが、かえって不気味だった。私は起き上がった。窓を開ける。外はまだ暗い。私は黒いパーカーを羽織った。そして、単語帳を持って部屋を出た。少し歩きたかった。少しの間、勉強から逃げたかったのか、はたまた怪異との日常から逃げたかったのかもしれない。もしかすると、自分自身から逃げたかったのかもしれない。しかし、自分自身から逃げるというのは、あまり効率のいい方法ではない。どこまで行っても、逃げたいと思う自分自身はついてくる。私はそれを知っている。だから、近所を歩くことにした。夜の町は静かだった。昼間なら車が通る道路も、今は誰もいない。自動販売機だけが明るい。その光を見ていると、私は人間がいなくても機械は働き続けるのだなと思った。
人間が眠っている間にも、自動販売機は明るい。電気を使い、商品を冷やし、誰かが小銭を入れるのを待っている。私は自動販売機を見ながら、自分よりよほど立派だと思った。やがて公園に着いた。空は黒く分厚い雲で覆われている。街灯の光が雲に吸い込まれているようだった。私はベンチに座った。そして空を見上げた。北斗七星を探そうと思った。なぜ北斗七星なのかは、私にも分からない。語感がいいからか頭にスッと降ってきた。昔から知っている星だった。柄杓のような形。七つの星。子供の頃、父に教えてもらった。「あれが北斗七星だ」
そう言われた記憶がある。私は少し空を仰いだあと、一点を指した。
「ここだ!」
しかし、見えなかった。雲が厚い。当然である。そもそも星など一つも見えない。私は、それでもしばらく空に指を突き刺していた。
北斗七星は、そこにあるはずだった。見えないだけで、存在しないわけではない。私はそう思った。
見えないものを信じるというのは、ずいぶん難しい。しかし、見えないものを信じなければ、人生の大半は成立しない。明日が来ること。努力が報われること。来年は今年よりよくなること。自分はいつか何者かになること。どれも、今この瞬間には確認できない。それでも私は信じている。その日を夢見て、私という人生が始まる、その日を。
私は家に戻って勉強しようと思った。そのとき、遠くから声がした。
「……お腹すいた」
私は振り返った。誰もいない。空耳だろうと思った。しかし、あの少女かもしれないとも思った。何にしても、それを聞いて私は小腹が空いてしまった。私は公園を出た。しばらく歩くと、水澤観音へ向かう道に出た。その先に、小さな店があった。店と呼んでよいのか分からない。看板もない。店名もない。紺色の暖簾が一枚かかっているだけだった。
私は足を止めた。暖簾の横に、小さな文字が書かれている。
ぶっかけうどん 三百円。
三百円。私は財布を見た。ちょうど三百円あった。運命というものがあるとすれば、こういうところに現れるのかもしれない。私は暖簾をくぐった。
「いらっしゃい」
店主は老人だった。爺さんと呼ぶには少し若く、老人と呼ぶには少し怖い。顔だけ見れば、長い人生を戦い抜いてきた仁王像のようだった。間違っても戦って勝てる相手ではない。
「ぶっかけ一つ」
「三百円ね」
「はい」
私は三百円を置いた。店主は何も言わずに厨房へ入った。私は店内を見回した。狭い。古い。しかし、不思議と落ち着く。壁には何も貼られていない。時計すらない。外の時間から切り離されたような場所だった。しばらくすると、うどんが出てきた。白かった。水沢うどんというものは白い。しかし、私が実家で見てきた白とは少し違っていた。透明感がある。私は箸を持った。うどんを持ち上げる。つやつやしていた。出汁をかける。薬味を乗せる。一口食べた。うまい。それ以外の言葉が出てこなかった。私は腹が減っていた。それだけのことなのかもしれない。空腹というものは、ときに感覚や理性よりも強い。私は無心で食べた。麺を噛む。飲み込む。また箸を動かす。何度もそれを繰り返した。気づけば、丼は空になっていた。出汁だけでも三杯の茶漬けが食べられそうだった。
「まいどあり」
店主の声が聞こえた。私は頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
店主は返事をしなかった。私は立ち上がった。そのとき、店主がいないことに気づいた。店の奥を覗く。誰もいない。厨房にもいない。私は首を傾げた。まあいい。私は店を出た。外はまだ暗かった。
少し歩いたところで、私は立ち止まった。何か足りない。単語帳がない。店に置いてきた。私はすぐに引き返した。ところが、そこには何もなかった。紺色の暖簾もない。小さな店もない。店のあったはずの場所には、古い民家の壁があるだけだった。私は立ち尽くした。しばらく何も考えられなかった。私は左右を見た。道を間違えたのかもしれない。しかし、間違えるはずがない。ほんの数分前まで、確かにそこに店があった。私は壁に手を触れた。冷たかった。普通の壁だった。これが今日の怪異だったのか。私は手を離した。しかし、良い怪異ではあった。そう思った。舌の奥に、まだ出汁の味が残っている。うまかった。それだけは確かだった。
私はしばらく歩いた。やがて公園の近くへ戻ってきた。空を見上げる。まだ曇っている。北斗七星は見えない。私はまた空を指した。そこにあるはずの星を。見えないものを。私は探した。見つからなかった。当然である。雲があるのだから。
しかし、私は、なぜか帰ろうとは思わなかった。人生というものは、案外こういうものなのかもしれない。そこにあるものが見えない。見えないものを、ないものだと思う。そして、ないものを探して、いつまでも歩き続ける。私はまだ、何者でもなかった。東京大学にも合格していない。人生も始まっていない。少なくとも、私はそう思っていた。私はうどんの味を忘れて、同じモラトリアムへと戻っていた。私は、その朝も北斗七星を探していた。雲の向こうにあるはずの星を。まだ始まっていない、私の人生を。そして、その少し先に待っているものを、私はまだ知らなかった。
北斗七星は、どこにも見えなかった。
いろいろ書きたいことありますが、足し算引き算でやっております。第二章「溢れる非日常、日常は止まる」に乞うご期待ください!




