魔族になつかれて婚約破棄された祓い師ですが、魔族の夫(イケメンマッチョ)に溺愛されて幸せです
婚約披露の宴。
ワルツが流れ、私──穢祓師のナパ・ローゼット──は婚約者、ギョシュ・ビシュクルハ様に導かれて、フロアに下りました。
リーシュ公国の第二公子にして、稀代の魔祓師と賞賛されているギョシュ様。
ギョシュ様とワルツを踊り終わるまで、私はずっと、来賓の方々を見て気を紛らわせていました。
今日、この婚約披露の宴には、大公夫妻を筆頭に、そうそうたる方々のお顔が見えています。
魔族と戦う『魔祓師』と、その戦いでうけた穢れを祓う『穢祓師』の婚約は、二つの祓師が手を取り合うきっかけになる、と期待されているそうです。
それは、人間にとって、魔族との争いで優位に立つ武器になる、とも。
私は、人間が魔族のみなさんとも仲良くできればいいのに、と思うのですが……
そのときでした。
大広間の入口のほうで、争うような声が聞こえてきました。
「魔族だ!! 魔族が来たぞ!!」
人々より頭一つ抜け出すほどの長身で、いかにも屈強そうな男性が、護衛の方々を軽々といなして、ロングコートの裾をなびかせながらこちらへ向かってきます。
目の下には、縁取りのような赤い痣。
魔族です。
来賓たちから悲鳴が上がり、一斉に逃げはじめていました。
でも、私は動けなかった……
私を見る魔族の殿方の目が、何かを訴えるかのように、必死だったからです。
その方は、まっすぐに私の前に来てひざまずき、おっしゃいました。
「このような華やいだ席を穢すご無礼、お許しください。
ナパ・ローゼット様。
あなたにしかお願いできない、緊急の儀があって参りました」
「き、貴様っ! 俺たちの婚約披露を台無しにしやがって!!」
ギョシュ様は叫ぶと同時に、斬りかかっていました。
でも、何もおこりません。
魔族の方は、振り下ろされた剣を、表情も変えず片手で受け止めただけでした。
「ナパ様…… 穢れに侵され苦しんでいる魔族がおります。
どうか、その者を、お救いください」
魔族なのに?
私は驚きました。
そして、私はギョシュ様を見ました。
ギョシュ様は、憎々しげに私を睨み付けていました。
「お、お前……
魔族なんぞに、なつかれやがって!」
ああ……なんということ……
「魔族の仲間なんかと結婚できるか!
代わりの穢祓師なんて、いくらでもいる!
婚約は破棄だっ!
出て行け! この場から立ち去れ!!」
私の心が、すーっと凪いでいきました。
「わかりました……」
私は、ギョシュ様にそれだけ言って、身をひるがえしました。
魔族の方が、真剣な目で私を見つめていました。
もう、ためらう理由はありません。
私は、言いました。
「参りましょう。その方のところへ」
※
森の奥深くにある、壮麗な館。
その一室にその方は横たわっていました。
普通の人に穢れは見えませんが、『穢祓師』には、黒い墨の粉のように見えます。
その方の全身には、見たこともないような、大量の穢れがまとわりついていました。
これでは命が危ない。
私は外套を脱ぎ捨てて、すぐ祓いにかかりました。
手をかざし、祈りを捧げると、穢れ──黒い墨の粉が、中空にふわりと舞い上がります。
それが一瞬キラリと光ると、まるで銀の鱗粉のようになって、部屋の中をハラハラと舞い落ちる。
瞬く間に、銀粉が床を覆い尽くしていきました……
私は寝食を忘れて、祓い続けました。
ひと晩をかけて、ようやく峠を越えることができました。
「どうしてこの方は、ここまでの穢れを背負われているのですか?」
「狩人には、獲物の命を奪うたび、穢れが舞い降りると言います。
この者は名のある狩人です。
背負った穢れも多かったのでしょう。
しかし不器用な男でしてな。
こんなになるまで、誰にも助けを求められなかったらしい……」
そのあとも私は祈り続けました。
銀の鱗粉が、まるで雪のように部屋に降り積もっていきました。
あれほどあった穢れが徐々に消え、ようやく狩人様の姿が見えてきました。
鍛え上げられたお体が、熱のせいかびっしょり汗で濡れています。
私は祓う手をとめて、狩人様の汗を、ぬぐって差し上げました。
魔族の象徴である、目の下を縁取る赤いあざ。
切れ長でとても美しいそのあざに見惚れていると、狩人様が、うっすらと目を開きました。
気がつかれたようです!
「……あ……ありが、とう……」
よかった!
これなら、もう大丈夫!
※
魔族の方は、穢れとともに生きていると言われます。
穢れを完全に祓ってしまうと、魔族は生きられなくなります。
人間の『穢祓師』には──といっても、魔族に『穢祓師』はいないのですが──どこまで穢れを祓っていいか、その加減が難しい。
もともと反目し合っている人間と魔族ですから、魔族の穢れ祓いをする機会などほとんどありません。
私にとっても、人生でまだ二度目の経験でした。
三日ぶりの食事を取っていると、宴にやってきた魔族の方がいらして、言葉をかけてくださいました。
「ナパ様……本当に、ありがとうございました」
「ええ。
もう、大丈夫だと思いますが……
少し穢れを祓いすぎたかもしれません」
私は、次の言葉をためらいましたが、思い切ってお願いすることにしました。
「もうしばらく、あの方のお世話をさせていただけませんか?」
「よろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
「これはありがたい。ぜひ、お願いいたします」
「あの方のお名前は?」
「狩人ガデでございます」
「ガデ……様……」
※
それから、ガデ様が完全に回復なさるまで、お世話をさせてもらいました。
穢れを祓いすぎたかも、という懸念は、杞憂だったようです。
ガデ様は、日に日に元気を取り戻していかれました。
見上げるほど背が高いガデ様は、厚い胸板、太もものように太い腕、魔族の中でも、ひときわ目立つ体躯の持ち主でいらっしゃいました。
私にも、優しくしてはくださいましたが……
一言も、お話になりません。
あのとき「ありがとう」というお声を聞いたのが、最初で最後。
ある日私は、思い切って話しかけてみました。
「あの……お加減は、いかがですか?」
……。
「お世話できることがあったら、何でも言ってくださいね?」
……。
「あ、あの……私はナパと申します。ガ、ガデ様、お名前は?」
「……ん?」
「あ! え、えっと……あの……」
もう、言葉が出てきません。
私は、この方のことを知りたいだけなのに……
魔族の方と、仲良くなりたいだけなのに……
「は!……ははっ!
ガデと呼ばれながら、名を聞かれたのは初めてだ……」
顔から火が出るというのは、このことだと思いました。
もう、どうしていいのかわかりませんでした。
私は泣き出してしまいました。
ガデ様は慌てて、ただ、おろおろなさっていました。
「え?……
あ……わ、悪かった!
泣かないでくれ……たのむ」
この方は、不器用なだけだ。
本当は、とても優しくて、思いやりがあって。
とっても、素敵な方なんだ……
私は、そう思いました。
※
ガデ様はすっかりお元気になり、薪割りをなさるほど回復されました。
お役目を終えた私は……
婚約者に捨てられた私に、帰る場所などありません。
そのとき、私をお迎えにいらしたあの方がお見えになりました。
この界隈の魔族の長、ジローラ様です。
「ナパ様……
折り入って、お願いがあるのですが……」
なんでしょう。
「ガデは優れた狩人です。
ただ……すでにお気づきかと思いますが、稀代の不器用者でございます。
また穢れを溜めて、いつ倒れるともわからない。
ナパ様……どうか、このままあいつのそばにいてやってはいただけませんか?」
「え? わたし、こちらに居続けても、いいんですか?」
「ええ、もちろんです。
ただ……」
ジローラ様が、とても言いにくそうな顔をされました。
「これは魔族の掟なのですが……
未婚の男女が、同じ屋根の下に暮らしては、ならんのです」
「はい?」
「今までは、穢祓師様の治療、ということで皆を納得させてきましたが、そろそろ、掟破りではないかと言う者も出始めておりまして……」
「……え、ええ」
「それで、できれば、ガデとのご結婚をお考えいただければ、と。
もちろん! ナパ様が望まぬならば指一本触れるな、と、ガデにはきつく言いつけます!
なので、魔族の掟にあわせていただければ、と思うのですが……」
あれほど精悍で厳格な面持ちでいらしたジローラ様が、ほとほと困った顔をなさっていました。
もともと帰る場所などありません。
ここにいられるのであれば……
でも。
「ガデ様は、どのようにおっしゃっているのですか?」
「あの者に、否やなどあろうはずがございません!
大丈夫です! すべて私から、言い含めておきますので」
……そういうことじゃ、ないんだけどなぁ?
※
ガデ様と私の結婚式は、ジローラ様による代理プロポーズ?からほどなくして執り行われました。
私たちは、正式に夫婦になりました。
その夜……
「あ……あの……ガデ様。
ふつつか者ですが、どうぞ、よろしくお願いいたします……」
……。
「あの、何か……なにか、召し上がりますか?
私、お作りします!
こう見えて、料理、得意なんですよ!」
相変わらず、なにもおっしゃらないガデ様。
でも、無視をするわけでも、不機嫌なご様子でもないのです。
ただ、どうすればいいか、困っていらっしゃるみたい。
ガデ様が、狩りの際にいつもお持ちになる小さな鞄から、何かを取り出されました。
「こ……これ……
ごめん。
俺…… こういうの…… 苦手で……」
一輪の、とても綺麗な、紫色の花。
「お前の……耳飾りと、同じ色……
きれいだな、って…… 思ってたから……」
ガデ様からいただいた初めてのプレゼント。
押し花にして、とってあります。
私の、大切な宝物。
※
愛し合って結婚したわけではないのに、私たちはとても穏やかに、互いを慈しみ合いながら暮らしていました。
ガデ様はだいぶ回復なさって、少しずつ様子を見ながら狩りにもお出かけになりました。
お戻りのたびに、あらたな穢れを背負われていて、それを祓うのが私の仕事になりました。
ガデ様のお仲間の狩人も、みなさん穢れを背負われていました。
私が、皆さんの穢れを祓うと、みなさんとても喜んでくださいました。
徐々に、仲間として受け入れていただけたような気がします。
ガデ様はお優しかったです。
私は、少しだけわがままを言って、ガデ様との距離を縮めていきました。
夜、ふたりで隣り合って座ることを許していただきました。
ガデ様の厚い胸板に頭を預けてゆったり過ごすことを、ふたりの習慣にすることができました。
ガデ様に膝枕をして差し上げることも、ふたりで手を繋いで村へ下りていくことも。
私たちは、だんだんと、本当の夫婦になれそうだと思い始めていました。
あの日、ゾラ様がお見えになるまでは──
※
その方は突然、私たちの家にお見えになりました。
馬車に乗って、花束を持って。
誰の目も引く美しい顔立ち。
目の下の赤いあざは、太く力強く、凛々しいものでした。
魔族らしい長身。
一流の狩人らしい、すらりとした筋肉質の身体は、ガデ様に勝るとも劣らない素晴らしいものでした。
「ゾラ……? 何しに来た?」
「ナパ様を迎えに」
「なに!? お、おまえ、冗談じゃなかったのかよ!」
いったい、何のお話をされているのでしょう?
ガデ様が、戸惑っているのが分かりました。
ゾラ様が、私に向かって真っ直ぐ歩み寄ってきました。
そして、目の前でひざまずくと……
「ナパ・ローゼット嬢。
どうか、私の妻になってください」
「は!???」
私は心底驚きました。
だって、私はガデ様の妻なのですよ?
「あ、あの……?
何か、お間違いでは?」
「いいえ。間違ってはおりません。
ガデの話を聞いて、私も、あなたのような妻を持ちたいと考えました。
参りましょう。
結婚式の用意が、すでに整っております」
私は助けを求めて、ガデ様の方を見ました。
ガデ様は沈痛な面持ちのまま、ゾラ様の言うことをおかしいとは思っていらっしゃらないご様子です。
「ガデ様?
どうして、止めてくださらないの?」
「ナパ……
すまない。
俺には、何もできないんだ」
どうして?
「ナパ様。参りましょう」
ゾラ様の腕が、私の輿を抱きました。
私は身をよじって逃れました。
ガデ様は目を伏せて、私と目を合わせてはくださりませんでした。
「旦那様……ひどい……」
悲しくて、涙があふれました。
※
結婚式は淡々と進みました。
私の二度目の結婚式を、誰もが当然のように見ていました。
ふたりの夫をもつなんて……そんなことが許されるはずがありません。
もしかして、私は知らないあいだにガデ様に離縁されてしまったのでしょうか?
涙が止まりませんでした。
帰りたい、と、何度もゾラ様にお願いしました。
しかしゾラ様は、「これは魔族の掟なのですよ?」とおっしゃっるだけで、私を解放きてはくださいませんでした。
しかも、掟によれば、このあと私はゾラ様と、朝まで臥所をともにしなければならいのです。
私は捨てられた猫のように、ずっと泣くことしかできませんでした。
※
湯浴みを終えて控えの間に戻ると、シルクの美しい寝間着が、きれいに畳まれて置かれていました。
ガデ様のためなら、喜んで着るのに……
帰りたい……
ガデ様……
自分がいつの間にか、ガデ様をこんなにも深く愛していることに気がつきました。
ドアが開き、ゾラ様がお部屋に入ってこられました。
「ナパ。契りを交わして夫婦となろう」
ゾラ様の大きくて細い指が、私の肩を抱きました。
ガデ様の、太くでがっしりした指と違うのが、悲しい。
「……ゃです。……いやです。わたし、ガデ様のところへ帰りたい」
ゾラ様が呆れたように、天を仰がれました。
「お願いです!
今日一晩、私のことはお好きになさって結構です!
その代わり、その代わり、明日の朝になったら、ガデ様のところへ帰らせて……
私、ガデ様じゃなきゃ、いやなの……」
「はっ! ははははははっ!
人間というのは、難しいですねえ!」
ゾラ様が、嘘のように明るいお顔で笑われました。
「魔族の、多夫多妻という結婚制度は、馴染みませんか?」
「すみません……」
「いえ。いいんですよ。
ひとつ教えてあげましょう。
ナパさんがそういうお気持ちなら、今夜私の自由にしていいなんて言ってはいけませんね。
魔族の婚姻は、結婚式の夜に体をかわして初めて成立するのですよ!
拒否したいなら、明日の日の出まで、私から逃げなきゃいけないんです。
ほら! ほらほらほら!
ははははは!」
「そ、そうなんですか!?」
「ええ。
まあでも安心してください。
私も、自分を好いてくれない娘を追いかけるほど暇じゃない。
妻はもう八人おりますからね。
ナパ様は魅力的だったが、諦めることとしましょう!
はははははっ!」
※
「ただいま……もどりました」
扉を開けると、憔悴した様子のガデ様が、飛び上がるように立ち上がられました。
無言のまま、私の顔をじっと見ています。
「旦那様? どうか、なさいましたか?」
「あ……い、いや……」
私とゾラ様が、契りを交わしたと思っていらっしゃるのかしら?
ガデ様の顔に、がっかりしたような表情が浮かびました。
「旦那様。 お話があります。 そこへお座りください」
旦那様はしょんぼりとして、言われるがままに私の前に座りました。
「旦那様。
口下手は存じ上げておりますし、それは旦那様の魅力だとも思っています。
でも!
大事なことはお伝えいただきませんと!」
「ああ……す、すまない」
「私、あやうくゾラ様に身を捧げるところでしたわっ!」
「……」
「結婚式の夜に契りを結ばないと、本当の夫婦ではないのそうですね!? ゾラ様に教えていただきました!」
「あ、ああ……」
「旦那様っ!
わたくしは、旦那様の妻でございます!
それ以外の、他の誰のものでもございませんっ!」
「え?」
「ですから、お願いさせていただきます!」
急に、恥ずかしくなってきました。
「旦那様!」
顔が真っ赤になっていかのを感じます。
「私を! ……わたしを」
ああ、恥ずかしい!
でも、言わなきゃ!
「抱いて、ください……」
※
目が覚めると、すぐとなりに旦那様の温かい身体がありました。
私は、旦那様の分厚い胸に頭を預けました。
旦那様の分厚い胸板に指をゆっくり這わせます。
昨日は悲しかったけど、今は、とっても幸せ。
「え!?」
私は驚いて跳ね起きました。
旦那様の身体が、薄く穢れにおおわれています。
昨日の夜は、こんな穢れはなかったのに……
「旦那様! たいへんっ!!
起きて!
旦那様っ!」
「……ん? ……おはよう。
どうしたんだ? そんなに慌てて」
「旦那様! 全身に、穢れが!」
「ん? ……あ、ああ。本当だ。
昨日の夜のせいかもしれないな……
穢れは、欲望を解放すると生まれるというから。
人間の男は、翌朝に穢れをまとったりしないのか?」
「さあ?……
私は、ちょっと……」
「あ!
……ああ ……そ、そうか」
「旦那様、今日は大丈夫ですけれど、狩りでお帰りの後なんかは気をつけないといけないですね。
あの……いつも翌朝は、こんなに穢れがつくのですか?」
「さあ? 俺も、わからんなあ……」
「え?」
「え?」
うふふ…… 私も、旦那様の初めてになっちゃった……
※
数日が経ちました。
夫婦の絆は、深く、強くなりました。
でも、ゾラ様は旦那様の狩り仲間です。
あのことのせいで、旦那様との関係がギクシャクしていないといいのですが……
そう、思っていたところ……
「ガデ! いるか?」
来ました! ゾラさんです!
「ん? ……おう、ゾラか。
どうした?」
なんでしょう? この違和感は。
このふたり、なんの屈託もなく会話しています。
私は、遠慮がちにゾラ様にご挨拶しました。
「こ、こんにちは!」
「お、ナパちゃん! 今日も綺麗だね!」
なんでしょう、この軽さは。
「ナパちゃんがいるならちょうどよかった!
その先の湖のところで、こんな人間を拾ったんだけど……どうするか、見てくれよ。
ほら、ガデも一緒に!」
ゾラさんに首根っこをつかまれた魔祓師が姿を現しました。
どうしたことでしょう?
全身を穢れでおおわれて、真っ黒になっています。
人間でも、ここまで穢れたら身体に不調がおこっているはず……
魔祓師など、とても務められてはいないでしょう。
「お、お前……」
聞き覚えのある声でした。
あの日、私に出て行けと言った、あの人の声。
リーシュ公国の第二公子ギョシュ・ビシュクルハさん。
「こんなところに、いやがったのか……」
旦那様が、後ろから私に近づいて、ぎゅっと抱きしめてくださいました。
私のこと、もう誰にも渡さない、と、態度で示してくださっているようでした。
「なんだい、あんたたち、知り合いかい?」
ゾラさんが、少し愉快そうに私たちの顔をのぞき込みました。
「昔の、婚約者です」
私を抱きしめる、旦那様の腕がギクッとなりました。
「俺にフラれてどうしたかと思ったら、こんなところにいやがったのか……
どうだ?
泣いて詫びるなら、今からでもやりなおしてやってもいいぞ?」
なにをバカなことを……
「実は、ろくな穢祓師がいなくてな……
ちょうど困っていたんだ。
お前なら、この穢れも祓えるだろう?
どうだ?
第二公子様の妻として、俺にもう一度かしずけ」
ゾラさんが、けげんそうな顔をしていました。
「私の代わりの穢祓師など、いくらでもいるのではなかったのですか?」
「う、うるさい!
リーシュ公国第二公子が、貴様に祓わせてやると言っているのだ!
ありがたく受けるのが、臣下の礼だろ!!」
怒りは湧いてきませんでした。
ただ哀れに思われてなりませんでした。
「さあ! 早くしろ!
なんだか調子が悪くてな。
この穢れさえなければ、こんな魔族ども、すぐにでも祓ってやるのだが。
さあ! ナパ! この穢れを祓え!
いまここで祓えば、この二匹の魔族は見逃してやる!」
ゾラさんと、旦那様が顔を見合わせて、それから私の顔をのぞき込んできました。
私は、首を左右に振りました。
第二公子という肩書き以外、なんの価値もない男に、興味はありません。
「ゾラ……
すまんがその男を魔族の森から追い出して、どこかに捨ててきてくれないか?」
「いいのか? このままだと、こいつ穢れに侵されて死ぬぞ?」
「大丈夫だと思います。
魔族を襲うことをやめれば、自然と穢れは晴れていくはずです。
時間はかかりますが」
「お、おい!
いいのか!?
これがお前の、最後のチャンスなんだぞ!」
「ゾラさん。お願いします……」
「頼んだぜ、ゾラ」
「ああ、わかったよ。
そのかわりこんど、お前がいっつも自慢しているナパさんの美味い飯、食わせてくれよな!」
「あ? やたこった!
とっとと行きやがれ、この横恋慕野郎!」
「ナパちゃん! 俺の方が良かったんじゃないのー!?」
そう言って笑いながら、ゾラさんは、手をジタバタさせている私の元婚約者の首根っこをつかまえて、後ろ姿で手を振りながら、去っていきました。
※
「ゾラさんって、いい人ですね?」
「ああ」
「旦那さんになっていただいても、よかったかも?」
「んなっ! なっ、なんだよ今さら!」
「うふふ。嘘ですよ。うーそっ!」
心底ほっとした顔をなさる旦那様が愛おしくてなりません。
「でも、ゾラ様って面白い方ですね。
結婚をお断りした私と、あんなに屈託なく接してくださって……」
「いやぁ、俺たちに言わせれば、人間のほうが面白いぜ?
俺たちは、一度結婚を断ったら、婚姻の申し込み前の関係に戻って、それで終わりさ。
二度と婚姻の申し込みはできなくなるが、そのかわり、友情が壊れることもない」
「そうなんですか?」
「ああ。
だから、何も気にすることはないぞ。
それより、どうだ?
こんどゾラたちに、美味いものを食べさせてやってくれないか?
みんな、ナパの手料理を食べてみたいと、うるさくてな」
「仕方ないですね。
腕によりをかけちゃいましょうかね!」
「ああ、よかった! じゃあ今度、仲間を連れてくるよ!
ナパには、俺が美味い鹿肉を焼いてやるからな!
いつも俺たちが、森の中で食っているやつだ。
最高に美味いんだぜ?」
ひとつ、大きな楽しみができました。
※
「どうだ!? 美味いだろう!?」
「旦那様……そんなふうに言ったら、みなさんお困りになりますよ?」
「いや、マジで美味いっす!」
「ガデ! お前毎日こんなもの食ってるのか!?」
「ははは、うらやましいか?」
「まあ……うらやましい!」
「狩りに行くと、ずーっと奥さんの話しているんですよ。
もう、わかったからいいですよ、って言っても、ずっとね」
「あれ、うざいよねぇ」
「あはは、ほんとほんと」
「うちの主人がすみません」
「でもさ、絶対妻をもたなかったガデが、まさか人間の妻を迎えるとは思わなかったよねえ」
「ああ、その話を聞いたときは驚いた」
「どんな奥さんかと思ったら……まあ、ガデがデレデレになるのも納得だな」
「いいなあ……俺も、人間の嫁さんもらおうかな?」
「ダメだよお前。もう三人も嫁さんがいるじゃないか。
人間は、一夫一妻制なんだぞ?
それでゾラが振られたんだからな!」
「俺の話はいいんだよっ!」
「あ、ナパさん、何を飲まれますか? おかわり、つくってきますよ?」
「おい! お前、ここ自分ちじゃねえんだから!」
「いいじゃないですか! ナパさんも楽しんでほしいし」
旦那様のお仲間たちは、とても楽しい人たちでした。
旦那様も、楽しそうに笑っていました。
私の前で見せる、穏やかで、やさしいお顔とは違う、旦那様でした。
今まで知らなかった旦那様の魅力を知れて、とても嬉しく思いました。
それに……旦那様、お仕事の場でも、私の話をしてるんですって……
うふふ……
もう! 恥ずかしいなぁ……
※
「ナパ…… ありがとうな……
おかげで、みんな喜んでくれた」
「みなさんが楽しんでくださったなら、よかったです。
私も楽しかったですし」
「鹿肉、どうだった?」
「美味しかったです!!
皆さんが集まったときじゃなくても、作ってほしいぐらい」
「作ってやりたいけどな。
鹿を一頭、食べきれるときでないとできないから、ちょっとな」
「じゃあ、また皆さんを呼びましょう。
皆さんをもてなすふりをして、実は私が鹿肉を食べる会、みたいな」
「ははは。それはいいな」
「私、ゾラさんと仲良くなっちゃいました」
「ほう! お前も魔族の流儀に馴染んできたってとこかな?」
「ええ。そうだといいんですけどっ!」
「愛とか恋とか結婚とかと、仲間や師弟の関係を切り分けられるのは、俺たち魔族のいいところだと思う。
ゾラと、友達になれたのなら、よかった」
「でも、やっぱりすべて完全になじめているわけではないと思うんです。
例えば……
旦那様が誰かにプロポーズされたら、私、どうしたらいいんでしょう?
旦那様は、二人目の奥様をお迎えになりますか?
魔族の掟に従うなら、結婚式には行かないといけないんですよね?
お相手の方と、ひと晩は過ごさないといけないんですよね?
なんか、やだな……
旦那様が、ほかの女の人とふたりきりでいるなんて……」
旦那様は、黙ってしまわれました。
魔族の掟を受け入れられないという私に、怒っていらっしゃるのでしょうか?
「ダメだ……」
「え?」
「ダメだっ!」
「ど、どうなさったのですか?
何かダメなんですか?」
「ダメだダメだダメだダメだ!!
いくら魔族の掟とはいえ、多夫多妻制度なんて、絶対にダメだ!」
「旦那様、落ち着いて?」
「俺だって、ナパがまた別の男に結婚を申し込まれたら……
ちきしょう、そんな奴がまた現れてみろ……その場で、八つ裂きにしてやる……」
「怖いから、落ち着いて」
「お前を待っているあいだ、気が狂いそうだった。
ゾラに心奪われていたらどうしようって、ずっとオロオロしてたんだ。
情けないだろ?」
そこまで言って、旦那様が、何かに気がつかれました。
「俺は、ナパにあんな思いをさせたくない。
だから、たとえ掟があろうとも、俺は、お前を置いて一晩他の女のところになんか、いくもんか!
だから……だから……」
旦那様が、私に抱きつき、胸に顔を埋めて甘えてきました。
私はぎゅっと、旦那様を抱きしめてさしあげました。
「ねぇ……旦那様ぁ……」
『ん?』
くぐもった声。
「明日の朝……旦那様の穢れを、祓いたいなぁ……」
旦那様が、がばりと跳ね起きました。
「ああ! ああ!」
旦那様が、私を軽々と抱き上げました。
「ああ、たっぷり祓ってくれ。ナパ……」
「旦那様……。大好き……だよ……」
私たちは、ふたりで幸せな気持ちに満たされながら、今日も寝室へ向かったのでした。
(おわり)
私の「小説家になろう」への初投稿作品、最後までお読みいただいて、ありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけていたら、嬉しいです。
初投稿、初挑戦のジャンル、と初づくしでしたが、これからも少しずつ書いていきたいと思っています。
応援していただけたら嬉しいです。
ぜひ、よろしくお願いします。




