第1話 王器選定
「ザシュニナ様、ようこそ。あなたは『伊作城主』に配置されました」
最弱の城だった。石高8,700、兵力380。薩摩の山際、掲示板で名指しされる弱小城のテンプレ。
あまりにもひどくて、笑うしかなかった。
前回の失敗が、脳裏をよぎる。
現実の俺は、物流倉庫の事務員。歴史モノが好きなだけの社会人。
「今回は天下を統一したい」
しかし、この城で俺が最初に発したのは命令ですらなく、ただの独り言だった。
弱い城には、弱い城の勝ち方がある。
*
『王器選定』、発売元ナミコ、フルダイブVRDRIVER対応の戦国大名シミュレーション。リセマラ不可、再配置不可、復活なし。死んだら終わり。
掲示板で「これは売れない」と笑われていた仕様だが、世界中で予約が捌けないほど売れた。
理由は一つ。
「ゲームの中の人々が、異常に人間らしい」
俺はクローズドテスト参加者だった。
戦績は誇れたものじゃない。独立勢力では勝てず、強国に従属し、兵糧を差し出し、宗主国の戦に呼ばれれば出るだけの属国城主だった。最後にその宗主が天下を取ったから、俺の勢力も生き残った扱いになったにすぎない。
城はあった。家臣もいた。領地もあった。
それでも、俺の国ではなかった。
忘れたら、ゲームの中の俺がもう一度同じ目に遭う。だから忘れない。
定時より三時間遅れで倉庫を出て、コンビニで蕎麦を流し込み、髪が乾く前にVRDRIVERを起動した。
サインインのボタンを押すと視界が落ちた。
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評定の間に立っていた。
板敷きの広間、煤けた柱、低い天井。風の匂いに土と海と山。
視界の右上にステータス枠が浮かんだ。
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【城名】伊作城 / 【国】薩摩
【石高】8,700 / 【兵力】380
【蔵米】半年分 / 【家臣数】6
【城主】ザシュニナ
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掲示板の自慢が頭をよぎる。「畿内引いたわー」「関東スタートやばい、米が湧く」「九州北部、商業ルート最強」。
クローズドテスト時代の俺なら、ここで諦めて再配置リクエストを送っていた。これは正式サービス。リセマラなし、再配置なし、復活なし。
視界の隅でステータス枠が、ちかっ、と一度だけ瞬いた。気のせいかと思う間もなく消えていた。
VRのラグだ。そう片付けて、評定の間を出た。
*
本丸の縁に立つと伊作城の周りが一望できた。
山城寄りで麓に小さな城下、向こうに山が三つ折り重なり、その先に海。城の北東に細い道が一本、山へ吸い込まれていく。地図表記、金峰山道。南西は海風が運んでくる人の気配。吹上浜の市。
歩いてみるか。
山道は獣道に近かった。雨で抉れた切り通し、見通しの効かない曲がり。
守りにくい。
いや、違うな。
正面から守る場所じゃない。
谷を一つ越えた所で薪を背負った若い百姓とすれ違った。
「お武家様、こりゃ難儀な道を」
「この道、雨後は使えるのか」
「南は雨のあと崩れます。行くなら北の道を。裏道を使うのは山ノ衆と、薬草採りの婆さんたちくらいで」
百姓は山の奥へ歩いていった。
谷を一つ越えると、朽ちた古い標が一本立っていた。誰かが立て、誰かが歩いて、今も使っている道だ。
(やばい、もう感情移入してる)
*
南西へ下りると潮の匂いが濃くなった。
市は派手な活気はない。塩、魚、鉄、米俵を担ぐ若い男、犬。だが船の影が二つ三つ。物流が動いている場所には情報も金も人材も集まる。倉庫で学んだ。
帳面を覗き込んでいた女商人と目が合った。
地味な装束だが、目つきが値踏みの目だった。年は三十前後か。煙管の口に火は入っていない。
「初顔だね」
「歩いてみている」
「歩いて回る武家様は、珍しい」
「米の値、上下、激しいか」
「値を聞いてくる武家様は、初めてだ」
女がこちらに視線を当て直した。値踏みの目が面白がる方へ動いた。
「戦の前に米が動く。違うか」
「ここふた月で二割は上がった。東からの入りが薄い」
「東、というのは」
「お城から見て、東のことだよ」
加世田あたりが市の往来に手を入れている兆候だ。
女はそれきり黙った。
すれ違いざま、米俵を担いだ若い男が頭を下げた。
「重そうだな、それ」
「米一俵で五貫目ほど。戦になると、一日に十も二十も運びます」
「いつから」
「物心ついた頃から」
若い男は歩き出した。
国境近くまで歩くと、痩せた畑が広がっていた。土は悪くない。人さえ集まれば、この土地は普通に食わせられる。
ガチャを回して武将を引く──いや、手持ちの金では大した家臣は引けない。それより敵の有能な家臣を寝返らせた方がコスパがいい。
山道がある。市が動いている。畑は死んでいない。
(揃ってるな)
*
評定の間に戻り、外交画面を開いた。
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【隣城】加世田城 / 【城主】カゲトラ
【兵力】700
【主要家臣】川島玄蕃(声大/盛り癖)
都築宗治(慎重/実務/忠誠厚)
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川島玄蕃の戦歴、手柄が「先駆け」「先駆け」「先駆け」。本物の先駆け癖なら、二回目以降は別の手柄が混じる。混じらないのは、見せたい部分だけ並べてる証拠だ。
盛ってる。
*
外交画面を閉じた。
物流倉庫で散々やった「現場の状況を一枚にまとめる」作業の戦国版。新人研修で叩き込まれたやつ。
兵は足りない。米もない。家臣も、たぶん地味だ。
普通なら終わり。
けど山道があった。市も動いている。土も死んでない。
なら終わりじゃない。
紙の端に、一行だけ書いた。
「弱い城には、弱い城の勝ち筋がある」
──と、書き終わった瞬間。
評定の間の入口で誰かがぴたりと足を止めた。
「殿」
しわがれて、腹の底から押し出すような声だった。
(え、誰?)
老人の影が襖の前に座っていた。たぶん家臣6人のうちの一人。
「夜更けに、失礼いたします。明朝、家臣一同、御目通りを願います。家中の儀礼と御沙汰の運びは、このわしが後見いたします」
「あ、ああ、頼む」
老人は深く頭を下げて、それから付け加えた。
「殿の今宵の御沙汰、家中にすべて行き渡らせます」
「は?」
「『弱き城に、弱き城の勝ち筋あり』」
(待って)
「家中の家風として、立てます」
(待て待て待て)
紙はまだ机の上にある。声に出してもいない。書いた瞬間に、なぜこの老人が今、その一行を口に出した。
「あの、それは」
「殿、紙に書かれたものは、御沙汰です。家老の務めは、その御沙汰を家臣に行き渡らせること」
「いや、これはただの独り言で」
「殿の独り言の重みを、軽くは扱いません」
老人はもう一度深く頭を下げて退室した。
足音が廊下を遠ざかり、途中でふっと止まった。それから、ほんの少しだけ戻ってきて、また去っていった。
(マジで何?)
評定の間に一人になった。
机の上の紙をゆっくり引き寄せた。
「弱い城には、弱い城の勝ち筋がある」
ただの口の中の呟きで、誰にも見せていない。
それが家中に伝わった。
ステータス画面の隅で何かが小さく点滅した。
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[家中通知] 家風一項目目、立ち上がりました
・「弱い城には、弱い城の勝ち筋がある」
(伝令:柏原左近大夫宗清)
(家中での認知度:100%)
```
(認知度100%って何)
(俺、まだ家臣6人に、会ってすらいないんだけど)
一つだけ確信した。
このゲーム、家臣のNPCが画面の上の動きを全部見ている。
「ゲームの中の人々が、異常に人間らしい」と評判だった理由がこれだ。
宗主国の駒だった俺の独白を、家中の老臣が家風として担ぎ上げた。
完全に逆の立場だ。
(やってやるか)
週1回連載の形を取ろうと思っています。
ネタバレすると
勢力拡大→九州統一→ちょっとした敵と戦う→大勢力と戦う→統一→異世界転生→異世界統一
という流れになりますので200話前後50話くらいの作品になるかと思います。
途中で書くのを辞めるということはないので安心して追ってください。




