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私の正直者さん

作者: 渡辺 佐倉
掲載日:2026/02/23

今日も世界はとてもうるさくて、そして嘘だらけだ。


◆ ◆ ◆


貴族のための学園になんて通いたくはなかった。

けれど、それはお役目のためなのだと両親、特に父親に強く言われた。


私たちの一族には特別な力がある。

一部の王族は知っているけれどそれ以外の人間は誰も知らない。

その方がお役目がやりやすいからだ。


国王陛下1人が知っているものだと思ったけれどそういうものではないらしい。

社交の場で王弟殿下から虫でも見る目で遠くから見られていた。


でもその気持ちは少しわかる。


特別な力なんて大層な言い方をうちの一族はするけれど、その力は他人の心の声ってやつが勝手に聞こえてきてしまう。

そういうものだからだ。

諜報にも外交にも役立つ。

そしてその事実を知るものは少なければ少ないほどいい。

そして要人のいる場所にいてもおかしくない地位がなければいけない。


だから私は何事もない一貴族として貴族の学園に通わねばならない。


一つ年上の王子殿下は私の一族のお役目を知らないようだった。

さり気なく回避するような行動さえない。


王子殿下がどうであれ人混みは最悪だ。

特に貴族のそれは喋っていることと顔と内心が違うことが多すぎて吐きそうになることがある。


ニコニコしていながら相手を馬鹿にしている。

媚びへつらいながら、心の中で罵声を浴びせている。

心の声が嫌味で覆い尽くされている。


そんなとても疲れてしまう日々を送っていた。

なんとなく話す令嬢達はいるけれど、友達と呼べるような人はいない。

家が表面上繋がりがあるという感じでお茶会に招いたり招かれたりはしていたけれど、それだけだ。


学園だけの辛抱だと思っていた。

人間は嘘をつくし、心は見た目とまるで違うなんて当たり前だ。


私はただ時を待つしかなかった。


けれどそんな中、あまりにも意味不明な心を持つ人が学園をかき回し始めた。

その人は王子殿下の婚約者の公爵令嬢だった。

元々ただの嫉妬深い令嬢だった。

少なくとも、心の声が聞こえる範囲での私の印象はそんな感じ。


いつも自分以外の令嬢をみくだしていて、でも美しい笑みをいつも浮かべている。

そういう普通の嘘つきな人だった。


それがある日突然心の声が、意味不明なものになってとてもうるさくなってしまったのだ。


チートだのオシだの、よくわからない言葉がとめどなく叫びのようにきこえている。

そのどれもが早口で妙な朗らかさがある。


今も【一体どの乙女げーむの世界なのよここは!!】と叫びつつ【でもイケメンパラダイスなのには変わりがない!!!】という叫びが聞こえる。


とてもおかしいことが起きているのはわかるけれどそれを誰かと共有はできない。

他にあの公爵令嬢に違和感を感じている人はと聞こえる音に集中したけれど、違和感を感じている心の声は聞こえなかった。


私は仕方がなく領地にいる現当主に手紙を出した。

すぐに一族から何名か派遣されたと手紙が返ってきた。


特別な力というけれど、私たちの一族は、そして家族はほとんど顔を合わせない。

嘘がつけないのをお互いに知っているからだ。

こころの声が聞こえていると知っているとどうしても疎遠になってしまう。


兄は妻を娶ったけれど、一族の秘密については最後まで隠し通すつもりだと言っていた。

そちらの方が幸せなこともある。


公爵令嬢は相変わらず訳の分からないことを心の中で叫んでいるが学校をやめたりはしていない。

けれど婚約者である王子以外の男性と関わろうとするとさりげなく引き離されていた。


そこまでの問題はないので婚約は続行させると判断したのだろう。

その事実を王子が知っているのかも知らない。


◆ ◆ ◆


「……なんてことがあったのよ」


誰も来ない学校の裏庭で私は、私だけの正直者さんにそう言った。

彼、選ばれしものとかつては呼ばれた魔王を倒せる素質を受け継いだ人は困ったように笑った。

魔王を倒せる素質は神からもたらされると言われている。

魔王はもうずいぶん昔に打倒された。

その素質の所為で彼は嘘がつけない。


魔王はもう存在しない上、嘘がつけない人間。

表面上いつか魔王が復活するかもしれない恐怖から彼らは今も一応貴族の一員として“尊重”されている。


けれど、実際は孤立している。

誰の心の声も聞きたくない私と、嘘がつけず孤立していた彼は裏庭で知り合ってそれから毎日生い茂る雑草を見ながら昼ご飯を一緒に食べている。


「別に、嘘がつけないというだけで、本音を話さないということはできるんだよ」


彼の心の声も同じことを言っている。

二つの声が常に同じことを言っている。

それ以外の口に出さない本音が聞こえることはあるけれど、少なくとも口にされる言葉が嘘を孕んでない。


それがどれだけ私にとって救いなのか、この正直者は知らない。


私が勇気を出して私の一族の秘密を話した時、「それは大変だね」と本音で話してくれた彼に思わず私は抱き着いてしまったのは致し方のない事だ。

私が嘘をついたかもしれないという疑念がまるでなかったのだ。


「俺みたいな、おべっかの一つも言えない人間がいいって言ってくれるあなたのお人よしさは本当に尊敬します」


あなたという言葉ですら心の中では、このクズと言っていたりお前と言っている人間がどれだけ多い事か、彼に教えてあげたいけれど、正直であるがゆえに孤独で優しい彼に人の汚さは見せたくない。


「私もそういうあなたの誠実なところが好きよ」


嘘がつけない彼の婚約者は決まっていなかった。

私は彼に了承を得た上で彼と婚約を結んでいる。


「それで、かの令嬢はどうなったんだい?」

「どうもならないわ。

外交上問題があると判断されれば政治の舞台からは消えてしまうのでしょうけど、彼女の心の中が支離滅裂になったところで表面上問題が無ければ何も変わらないのよ」

「貴族の世界は本当にめんどくさいね」

「そうね」


私が答えると、私の正直者さんは「俺たちはそういう面倒に巻き込まれない脇役で居続けたいねえ」としみじみと言った。


「そうね。ずっと末永く脇役として静かに二人で暮らしましょう」


私はそう答えて、それから私の正直者さんに、「そんなことより、今度一緒にピクニックに行く予定の話をしましょうよ」と言った。

彼はそれもそうだねと公爵令嬢について考えることをやめた。


自分で話を出しておいて、他の女について心に浮かべることも嫌だというのは狭量だとは思うけれど、もしその事実を知ったとしても私だけの正直者さんはきっと緩く笑って許してくれるに違いない。

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