98.恋人1日目
朝――
私は早めに目を覚ました。
けれど、思い出してしまう。昨夜の出来事を。
(……ああああ……思い出すだけで顔が熱いっ……!)
あれは夢じゃない。本当に、ライグルさんに抱きしめられて……額や頬に、何度も、何度もキスをされた。
彼の体温も、声も、全部ちゃんと覚えてる。
(……ううう、顔がもたない……けど)
ちょっとだけ、胸の奥がふわっとする。
(……嬉しかった、よね)
自分の布団の端を握りしめたまま、私は深呼吸してから、顔を洗いに立ち上がった。
⸻
そして騎士団本部――。
朝礼の時間、ライグルさんの姿が見えた瞬間、
(見れない!直視できない!)
私は慌てて別の方を向いた。
だが――
「……ミーナ」
突然、後ろから声をかけられる。低くてやさしい声。
振り向くと、そこにはいつもの無表情のようで、でも明らかに上機嫌なライグルが立っていた。
「……おはよう」
「昨日の……あれ、夢じゃないよね?」
近い、近い近い!
耳元で囁くんじゃない!昨夜の再現やめて!
「っ……あ、おはようございます……ライグルさん」
「“ライ”だろ?」
「…………っ」
(あああああああもうっ!!)
顔を覆いたくなる衝動を抑えて、小さく、絞り出す。
「……お、おはよう、ライ……」
その瞬間、彼の尻尾がぶん!と勢いよく振られる幻が見えた。
⸻
その日の訓練中。
部下A「隊長、今日やけに機嫌よくね?」
部下B「なんか……口元が微妙に笑ってる……こわっ」
部下C「もしかして彼女できたとか?」
ライグル(口角がやや上がっている)
「……(聞こえてるけど否定しない)」
⸻
その日の休憩時間、ミーナが水を飲んでいると。
「ミーナ」
また現れる。音もなく。背後に。
「……水、足りてるか?」
「え? あっ、はい……ありがとう、ご心配なくっ!」
(距離ちかい~~!無駄にやさしい~~!)
「……ミーナ」
「昨夜、俺が何回キスしたか、数えた?」
(ちょ、、ここ食堂!!しかもまだ昼ぅぅ...!!)
「数えるかーーー!!」
(……何その新手の拷問?)
「……じゃあ、また今夜、数えようか?」
「いやあああああああぁぁぁぁ!!」
全身を真っ赤にして叫んだ私は悪くない。
部下たち(遠巻きに)
「……あの二人、なんかもう……付き合ってるよな」
「隊長……あんな甘いやつだったっけ……?」
「いや、あれは糖度じゃない。溺愛だ。圧がすごい」
⸻
夜――ミーナの部屋前
「ミーナ、今日もありがとう」
「う、うん……あの……ライ?」
「ん?」
「ちょっと、私、恥ずかしくて……これ以上甘いと……死ぬかもしれない……」
「……じゃあ、今日は控える」
「(ホッ)ありがとう」
「じゃ、おやすみ?」
そう言ってまた私のおでこと、瞼、ほっぺたにキスを落とす。
「だからそれが控えてないの!!!」
(てゆうか、なんで口にしないの...!?照)
たいがい、重い愛に毒されていく私だった。
⸻
こうして――
付き合った実感がじわじわ湧くと同時に、
私は“劇重わんこ”ライに日々甘やかされ、
羞恥で毎日寿命を削られながらも、実は内心、嬉しさを噛みしめていた――。
♦︎翌朝
朝から鏡の前でぶつぶつ言ってる。
「昨日のライ、控えるって言ってたのに……あれで控えめなら本気が怖い……」
(でも、嫌じゃない。むしろ、ちょっと物足りな――)
「っっっなに考えてんの私ィィィーー!!」
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♦︎ライグル目線
ミーナの「ちょっと、私、恥ずかしくて……これ以上甘いと……死ぬかもしれない……」という言葉を聞いて、
俺は一瞬だけ眉を下げた。
「……そっか」
控える、と言ったのは本気だった。
彼女が嫌がることはしたくない。大事にしたい。ちゃんと、彼女の気持ちも守りたい。
――けれど。
その“控える”の定義には、“キスをしない”とは書かれていない。
彼女に触れることを、甘やかすことをやめろなんて、神でも言えない。
「……じゃ、おやすみ」
そして、ごく自然に。ごく当たり前のように、ミーナの額、瞼、頬へ。
キスは、控えない。
だって、それが“俺の一日を終える儀式”になってしまったから。




