97.返事
厨房の空気がまだ、少しだけレンさんの余韻を残している。
けれど、もう背中を押してくれる声がある。だから、進まなきゃ。
私は深呼吸をひとつして、厨房を出た。
今の時間、ライグルさんは訓練所にいるはず。
私は急ぎ足で駆け出した。
そこには隊員たちと打ち合うライグルさんがいた。私に気づくと、駆け寄ってきてくれた。
「ミーナ?どうした...?」
うぅっ、汗が光って眩しい...シャツが透けて直視できない..
「どう?筋肉...」
ポッと赤くなるライグルさん。少女か...
顔が、いや筋肉がいい...私は筋肉に流される思考を戻した。
「あ、あの...今日お時間いいですか?」
他の人に聞かれないよう、私は彼の耳もとで囁く。
「あぁ。」
あ。垂れ耳と尻尾が見える..!!尻尾は揺れてる気がする!
「あの..大事な話なので..お部屋に伺っても?」
また耳元で囁く。人に聞かれないように、と考えて最善だと思ったのがライグルさんの部屋だった。
「んッ、、わかった...」
何か言おうとして、なぜかまた赤くなったライグルさんは、短く返事をした。
(側からみたら、完全にイチャつくカップルである。後日、あの銀閃の騎士が、囁かれて赤面してた。と伝説になった)
***
夜も更けて、騎士団寮は静けさを取り戻していた。
廊下を進む足音だけが響いて、自分の心音と重なる。
ライグルさん、まだ起きてるかな。
夕方のあの時、彼の瞳は――どこか、何かを言いかけていた。
扉の前に立つ。
手を伸ばす。けれど、触れる寸前で止まる。
……だめ、怖がらないって決めたんでしょう。
小さく自分に言い聞かせて、ノックを二度。
しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと扉が開く。
中にいたのは、薄手のシャツ姿のライグルさん。瞳が、こちらをまっすぐ見ていた。
「……どうした?」
声は低く落ち着いていたが、どこか緊張しているのがわかる。
私はは、小さく笑った。
「少しだけ、話してもいい?」
ライグルさんはは黙ってうなずき、部屋の中に招き入れてくれる。
小さなテーブルを挟んで、ふたりきり。
静かな灯りの下、ミーナはゆっくりと言葉を紡いだ。
「今日、レンさんと少し話してたの。……それで、ちゃんと考えてみました。」
ライグルの金の瞳が、少しだけ揺れる。
(なぜその名前が...アイツ...ミーナのなんなんだ。舌打ちしそうになるのをこらえるライグル)
けれど、口を挟まずにただ、待っていてくれた。
「あなたが、何を背負ってるのか、全部はわからない。……でも、知りたいと思った。ちゃんと、受け止めたいって思ったの」
(あいつ...何を喋った..?)
言いながら、心が波打つ。けれど、今はその波に飲まれない。
「私ね……ライグルさんが私の過去を知って『それでも側にいたい』って言ってくれたこと、すごく嬉しかった。
すごく怖くて、どうしていいか分からなかったけど……本当は、ずっと――私も、そう思ってたのかもしれない」
喉の奥がつまる。息を吸うのが苦しいほど、胸がいっぱいになる。
それでも、逃げない。
「だから……」
私は、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
「……わたしも、ライグルさんの側にいたい。これから先、何があっても」
ライグルの瞳が、大きく見開かれた。
それは驚きと――確かに、安堵と喜びの色だった。
沈黙のなか、彼の手がゆっくりとミーナの手を包み返す。
「……ミーナッ」
その名を呼んだだけで、声がかすれた。
でも、それでも彼女は笑ってくれていた。すこし泣きそうな笑顔で――。
ライグルはその手をそっと引き寄せながら、確かめるように言った。
「……今の言葉……本気、なんだな?」
ミーナは小さくうなずいた。
「うん。本気だよ」
その瞬間、何かがほどけるように、彼の肩から力が抜けた。
「……ずっと、こうしてほしかったんだ」
手を、肩を、そして背中を、やわらかく抱き寄せる。
その腕の中で、ミーナの心音も、彼の鼓動も速くなる。
けれど、離れたくないと願う気持ちは、二人とも同じだった。
「ミーナ……俺のこと、なんでも話す。……今までのことも、これからのことも。必ず...」
一度、言葉を切る。
そして、彼の金の瞳がまっすぐに見つめてきた。
「だから……ミーナ?俺のこと……『ライ』って、呼んでくれ」
「……え?」
(やばい、またおねだりわんこモード...!!)
「ミーナがそう呼んでくれるなら、……もう、俺は、どんな過去だって背負える気がする」
言葉が熱くて、真剣で。
ミーナは目を見開き――そして、静かに微笑んだ。
「……うん。わかった、ライ」
その呼び方が、こんなにも嬉しいなんて。
ライグルさん、ライは顔をそらす間もなく、何かに突き動かされるように、ミーナとの距離を詰めた。
「ミーナ……好きだ……!愛してる...」
あ、愛してるって...ぶわあっと私の体温が沸騰する。
そして、唇を重ねるにはまだ一歩を残して――
彼は、私の額にそっとキスを落とした。
(ち、近いってぇぇ)
そのまま、鼻先、頬、こめかみ、まぶた――
まるで「大好き、ありがとう」と、何度も言うように。まるで「もう離さない」と、願うように。
顔中に、柔らかなキスを何度も。
(ぎゃぁぁ、鼻血...でる)
私その優しさに目を閉じながら、ぽつりとつぶやいた。
「……ちょ、ライグルさん?」
....反応なし
「あ.....ライ?」
「ん?」
「……ちょっと恥ずかしくて」
きっと私の顔は真っ赤。
「ふふっ、まだ門限までは時間があるよ……俺たち恋人...だよね?」
(やばい、完全に目が捕食者のそれだ)
「は、はいぃ」
そう言った私を、彼は抱きしめたまま、灯りを落とすことも忘れて、静かな夜のなかでただ彼女の体温を感じていた。
――こうして、ふたりはようやく「恋人」になった。
俺。よく耐えた ライグル後日談
「……ミーナ、ほんとはな」
「お前が訓練所で『部屋に行っていい?』って言ったとき」
「俺、理性どっか飛んだ」
「でも、お前が……こんなふうに笑ってくれるなら……」
「俺、耐えてよかったって、今、心の底から思ってる」
「……えらいね、ライ」
溶けそうな笑顔のライグル。
重甘狼、ヤンデレ風味です




