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その獣人騎士、無自覚に私を甘やかしすぎです!  作者: 緋月 いろは
6章 ラブラブ期突入

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96.レンの母

「……先日、ライグルさんに告白されて」



「へぇ……ついに、か」



「え?」


 

「何でもない。ただ……遅かったな、案外」




「……」



レンさんは器用に豆腐を崩しながら、淡々とした口調で続けた。



「分かるさ。あいつ、ちょっと分かりやすすぎるくらいだから」




「で、どうする? 返事は」




「……ちゃんと向き合いたくて、少し時間をもらってます」




「……ふうん。ちゃんと向き合う、か」




その言い方に、どこか試すような響きが混じる。





「ミーナ。君は、本当に彼のこと、どこまで知ってる?」




「えっ……?」


私は自分の生い立ちが知られたことばかりを考えていて、ライグルさんのことを何も知らないことに気づいた。


 


「たとえば、彼がどういう場所で育って、どういう役目を背負ってるのか、とか」




「……」




「言ってないよね。たぶん。ヤツ自身は」





「それは……まあ……」





「まあ、言えないこともあるだろうね。でも――“隠す癖”って、ちょっと気にならない?」




「……レンさんは、何か知ってるんですか?」




「さあ。それはどうかな」


 


返ってくるのは曖昧な微笑み。


核心には触れない。だけど、はっきりと“気づいてる”顔。




「……でも、ライグルさんは私を大事にしてくれてるし、嘘をついてるわけじゃ……」





「嘘はついてない。たぶん。でも、“言ってないこと”はあると思うよ」


 


「……」


(まるまる亭に行った帰り、感じた……どこか遠くを見てるような目をしていたライグルさんを思い出した)


 


「そういうの、気にしない人もいる。けど……ミーナは、どうなの?」





視線が、真正面からぶつかってくる。




問いかけられているのは――ライグルのことではない。


私自身の、覚悟だ。




「……わからない、です。まだ」




「それに……怖くて、まだ返事ができてないんです。気持ちを向けてもらえるのは嬉しいけど、私なんかでいいのかな、とか……」




「……ミーナ。ひとつ、僕の話をしてもいいかな?」




「……はい」




「僕の母は――少し、変わった人だった。とても優しいけど、時折、誰も知らないような不思議な言葉を口にしたり、未来のことを知っているような目をすることがあった」




 

「……」




「母が作ってくれたんだよ、親子丼。だから、懐かしかったなぁ。筋トレにはタンパク質?だもんね?」




「....!!!!」


(レンさんのお母さんも、前世の記憶持ち?!)


 



「……俺は、それが子どもながらに“普通じゃない”ことだと、なんとなく分かっていた。」





「……」




麻婆豆腐をもうひと口食べながら、レンさんはぽつりとつぶやいた。




「……うちの母も、昔、似たような顔をしていたと思う」




「……え?」




「誰にも言えない何かを抱えていて、それでも“普通”に振る舞おうとする顔。……ミーナに、どこか似ている」




レンさんは、お皿に手を添えながら静かに続けた。





「母は、はっきりと自分が“どこで、何をして、どう生きてきたか”を知っていて、でもそのことを誰にも言えなかった」





私は息をのむ。




「信じてもらえないどころか、“利用されそう”になったんだ。前世の知識や予言めいたことを話せば、すぐに“神託だ”と騒がれて。貴族も、国も、学者も、教会までもが手を伸ばしてきた」




「……囲い込まれそうに……?」




「あぁ。だから母は逃げた。知恵と勇気と、……たくさんの嘘を駆使して。誰にも追われないように、誰にも恨まれないように。宿の台所で働きながら、普通の暮らしを手に入れた」




レンさんの声には、ほんの少しだけ誇らしげな響きが混じる。





「そして――そんな母を見初めたのが、私の父。商人だったんだが、気づいたら助けていたらしくて」




「……」




「“お前の目は、いつも遠くを見ている。だけど、今は近くを見ていい”って。……母は、あの人のことを“今を信じさせてくれた人”だって言ってたな」




やわらかく笑ったレンさんは、そっと目を伏せた。




「だから俺は、母から言われていた。……“もし、私と同じような人がいたら、助けてあげて”って」




胸の奥が、ぎゅっとなった。

 



レンさんは、お皿に手を添えながら静かに続けた。




「……ミーナ。だから俺は、君に何かがあると、放っておけない。……気づいていても、全部は言わないのは……あなたが自分の意思で選べるように、と思って」




目を合わせると、レンさんはどこか寂しげに、でも優しく笑った。




「誰にどう見られても、母は母のままでよかった。そう思えたのは――母を大事に思っているから.....かな」




静かな語りのなかに、確かな熱が宿っていた。




「……ありがとうございます、レンさん。私......少し、こわくなくなりました」




「……ミーナが、もし何かを抱えているなら。無理に話さなくてもいい。でも、誰かを想う気持ちは、怖くて当然。……それだけ、相手を大事に思ってる証だから」




レンさんの言葉が、胸の奥に静かにしみていく。




豆板醤の辛さも、花椒のしびれも、今はまるで残っていない。ただ、ぽかぽかと心があたたかい。




「……私、ずっと考えてたんです。私なんかが、あの人の隣にいていいのかなって」


「……でも違うんですね。怖いと思うのは、大事に思ってるから、なんですよね」



レンさんは、やさしくうなずいた。



「うん。だからこそ、向き合う覚悟も要る。でも――その一歩を踏み出せるのも、ミーナだと思う」



私はふっと、肩の力が抜けるのを感じた。




そうだ。私は、ライグルさんのことが――




「……私、ライグルさんのことが、大事なんだと思います」




口にした瞬間、心が決まった。




彼の不器用さも、優しさも、隠している何かさえも――知りたいと思った。それが、私の気持ちなんだ。




「ちゃんと、返事をしようと思います。……私の言葉で」



レンさんは、穏やかな目で私を見つめ、ひとことだけ、こう言った。




「……うん。それが、きっと一番だ」




厨房の静けさのなかで、鍋の中から、出汁のやさしい香りがまたふわりと立ちのぼった。




私は、もう迷わない。




あの人に、ちゃんと想いを伝えに行こう――そう、心のなかでそっと決めた。


 


「……君自身の強さなんだと思う」




レンさんは、そう締めくくるように言って、もう一度だけ微笑んだ。




その笑顔は、どこか母親を想うような優しさと、ミーナ自身を認めるまっすぐさが重なっていて――




ミーナは、そっと目を伏せた。


けれど、その頬には小さな笑みが浮かんでいた。



「それと……、余談だが.....

少しずつ見ればいい……見たくないものも、ちゃんと」





レンさんは、残っていた味噌汁を飲み干した。


 


「それに……君は、そういう目がある。忘れないように」




「うん、まぁ、、


何かあったら、いつでも俺のところにおいで?.....わかった?まあ、君にはあのわんこがいるんだよな....」


 




彼は静かに笑って、告げる。




いつもの冗談のはずだけど、その言葉には本気が混ざっている。


(……レンさんの優しさに、甘えちゃいけない気がする....けど、唯一私の秘密を知りながら味方でいてくれることが嬉しかった)






「レンさん……」


 


「……ありがとうございます」






◆  ◆  ◆



厨房に、静かに陽が差し込む。




湯気の立つ味噌汁と、ほんのり赤い麻婆豆腐。


その隣に座る、穏やかな人の気配。


 


私はもう一度、自分の胸に問いかける。





(私は、ライグルさんとどう向き合いたいのか)


(彼が“何を言っていないか”より、私は――その想いに、どう応えたいのか)




自分の気持ちに、ようやくまっすぐ向き合える気がしていた。




豆腐のやわらかさ。


出汁のあたたかさ。


ピリリとした辛さのあとに残る、ほっとする味。




すべてが、今日という時間を、忘れられないものにしてくれる。




私は、ふっと肩の力を抜いて言った。



「……おかわり、してもいいですか?」



「もちろん。」



レンさんは、少しだけ目を細めた。




(もう大丈夫だよ、と言ってくれているような――そんな気がした)




やがて、その日の午後の光は傾き、


静かな決意とともに、私は心の中で次の一歩を決めていた。




――ちゃんと、向き合おう。


この想いも、この気持ちも。全部、大事だから。

(そして、あの人の目を見て、ちゃんと伝えよう)



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