87.同担
食糧庫に、ジュリオが戻ってきた。
傍らには、一頭の大きな狼がついている。灰銀の毛並みと、どこか人懐こい黄金色の瞳が印象的な、立派な狼だ。
「……団長んちの、ぎんちゃん?」
ミーナは驚きの声を上げる。
レンは何かを思案するように目を細めていた。
「一時的に借りてきた。鼻が利くからな……」
「セリアの匂い、ここから辿れるか?」
ぎんちゃんはリボンに鼻を近づけ、くんくんと数度嗅いだあと、音もなく走り出す。
「よし!」
ジュリオが声を上げ、すぐさま後を追う。
「……っ、待ってください!」
ミーナが追いかけようとするのを、ジュリオが手で制した。
「ここは俺たちに任せて。ミーナちゃんは、危険が及ばないように動いてくれ」
ミーナは唇を噛んだが、やがて無言で頷いた。
迷いなく駆け出した銀狼。その背を追って、ジュリオも全力で走る。
(セリア……無事でいてくれ)
冷たい風が顔を打っても構わず、彼はぎんちゃんの後ろ姿を見据えていた。
倉庫の裏手、資材置き場の奥を抜け、辿り着いたのは寮区の外れ。かつて物置や簡易の詰所として使われていた、古びた小屋だった。
(ここに……?)
ぎんちゃんは小屋の扉の前で立ち止まり、低く唸った。
鼻先で扉の隙間を指し示すように動く。
ジュリオが静かに近づくと、扉の下から漏れ出る空気が濁っていた。
湿った埃、かびた木材、そして――微かに鼻をつく鉄のにおい。
(血……?)
ぎんちゃんは後ろ足で地面を蹴り、ジュリオを見上げる。
「……行くぞ」
ジュリオは短く息を吐き、剣の柄に手をかけたまま、そっと扉を押し開けた。
――ギィ……
中は薄暗く、ぼろ布のかけられた棚や、傾いた机が散乱していた。
その奥――縄で両手を縛られた小柄な影が、壁際に蹲っている。
「……セリア!」
思わず叫んで飛び込もうとした瞬間、銀狼がぴたりとジュリオの肩を押さえた。
唸る。周囲を警戒している。
次の瞬間――
「……誰か来る!」
ぎんちゃんの耳が跳ね上がり、ジュリオも気配を察知する。
物音と共に、小屋の奥、物陰からぬっと現れたのは、荒れた髭面の男――バルトだった。
「……やっぱり来やがったか、騎士サマがよ」
手には錆びた短剣。目は血走り、何かに追い詰められたような狂気があった。
「おまえは……バルト! 手遅れになる前に降伏しろ」
ジュリオは静かに、しかしはっきりと声を投げる。
「ふざけんな……あんなところでいちゃつきやがって……! あの女が余計なことに気づかなきゃ……!」
バルトが突進してくる。
ジュリオはセリアに背を向けながら、庇うようにしながら、一歩前に出た。
「――セリア、すぐ助ける」
その声に応じ、銀狼がバルトの横から飛びかかった。
バルトは咄嗟にかわしたが、バランスを崩す。
その隙を逃さず、ジュリオが踏み込む。
「……悪いけど、俺、もう逃げないって決めたんだ! それに...俺誰かといちゃついた覚えないし!」
剣がうなりを上げ、バルトの手から短剣が弾き飛ぶ。
「俺はセリアちゃん一筋なんだっっ!」
次の瞬間、ジュリオは男の懐に入り、ためらいなく肘を打ち込んだ。
バルトが呻いて倒れ込む。
そのまま押さえつけ、縄で縛り上げると、ジュリオは大きく息を吐いた。
「セリアちゃん、大丈夫……?」
ジュリオが駆け寄ると、セリアは目を潤ませ、小さく頷いた。
首筋には、ナイフを当てられたときにできた浅い傷があり、血が滲んでいる。
「……ジュリオ、来てくれたんだ」
「遅れてごめん。でも、もう大丈夫だから」
縄を解き抱き起こすと、扉の外から駆けつける足音が聞こえてきた。
ヨナスが先頭で駆け込み、後ろにはミーナとレンもいる。
「セリア! 無事か!」
「兄さん……!」
兄妹が抱き合う一方で、ジュリオは倒した犯人を部下に引き渡す。
(セリアちゃんの視界から消えろ……クズ……)
ミーナもセリアに駆け寄る。
「よかった……! セリアさん」
そして、ことの次第を見守っていたぎんちゃんに駆け寄り、思わず抱きしめた。
ぎんちゃんは、いつものように頬を寄せて甘えてくる。
「ふふん、ま、たまにはやるでしょ、俺も」
照れ笑いを浮かべるジュリオの肩に、ヨナスが静かに手を置いた。
「……見直したよ。ジュリオ」
「そ、そう? なんか照れるな……」
セリアが小さく笑った。
「私も……見直したかも」
「えっ!? ちょ、それ本気で言ってる!?」
「……ふふ、どうだと思う?」
からかうように笑うセリアに、ジュリオは真っ赤になりながらも、どこか嬉しそうだった。
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「さて……ちょーっと吐いてもらいますかね。セリアちゃんを傷つけた罪は重いぞ、クズ……」
「おっと、ジュリオ、奇遇だね。妹を巻き込んだヤツに遠慮はいらねぇ。頼むぞ……」
「さすが、お兄さん、大好きっす」
愛が重めの男たちの、仄暗い同盟が生まれた瞬間だった。




