86.探す
「……あれ? いないな」
厨房の扉をそっと開けて中を覗いたジュリオは、くすぐったい違和感に眉を寄せた。
いつもなら、ここにいてくれるはずのセリアが、どこにもいない。
作業台には玉ねぎの皮と、途中で手を止めたようなまな板。それだけが、何か不自然に見えた。
「セリアさんなら、来てませんよ?ミーナさんは裏のほうに出ていきましたよ?」
下働きの少女が、当たり前のようにそう告げた。
料理長のマイルズ、使用人長のマチルダさんに聞いても知らないらしい。
心の中で、得体の知れない何かが広がる。
(……まさか...な?)
ジュリオは、言葉とは裏腹に、即座に厨房の裏手から、駆け出していた。
そこにはセリアもミーナもいない。
冬の空気が、肺を突く。
まずは...、ライグルか?あいつは鼻がきく。急ぐ中、階段で鉢合わせたのは――セリアの兄だった。
「……副隊長殿? すごい勢いで……」
「お兄さん!セリアちゃんが見当たらなくて。何かご存知ですか?」
兄の目が鋭くなった。
「俺と話した後、ミーナ嬢を呼びに厨房へ行ったぞ?会わなかったか?ミーナ嬢とレンは応接室で商談中だ。」
ふたりはそのまま応接室へ――扉を開けた瞬間、ミーナにセリアについて確認する。
「セリアさんなら、裏棟の食材倉庫に行きましたよ。私の代わりに。マイルズさんから頼まれたものを取りに。」
ミーナは、少し不思議そうに言った。
!!
ミーナには影に護衛がついている。
セリアにはない。
マイルズは知らないと言っていた...
何かがおかしい。
部屋にいたのは、ジュリオ、ヨナス、ミーナ、そしてレン。
誰もがすでに察していた。
目が合うだけで、言葉は不要だった。
裏棟の食材庫に急いだ。
重い扉を開けると、散らばった干し肉。そして、棚にあった荷物が散乱し、ミーナがプレゼントしたリボンが落ちていた。
散らばった干し肉と、深紅のリボン。それは確かに、あの時ミーナがセリアに贈ったものだった――。
「……これは、セリアちゃんの――!」
ジュリオが食材庫の中に足を進めるが、暗がりには誰もいない。
空気が淀んでいる。
「……拉致、か。最悪だ」
レンが低く呟いたとき、後ろから走ってくる足音がする。
「ジュリオさん……? セリアさんいましたか...?」
後から追いついたミーナだった。
その顔を見た瞬間、ジュリオは表情を引き結んだ。
「ミーナちゃん。セリアは……ここで、何者かに攫われた可能性がある。」
「え……?」
ミーナの顔が青ざめる。
(もしかして、私のせい...?)
だが、ジュリオはすでに動き出していた。
―――――――――
ジュリオは倉庫を出て、すぐにライグルの元へと駆けた。
ちょうど廊下を歩いていた団員にすれ違いざま、声をかける。
「おい、急ぎの用だ。団長に伝えてくれ。厨房のセリアが何者かに攫われた可能性がある。ミーナ嬢が狙われたと見て間違いない」
「はっ……!」
団員が足音も荒く駆け出していくのを見送ると、ジュリオは息を整えつつ、厩舎裏の訓練場に向かった。
案の定、そこにはライグルがいた。
獣のような感覚を研ぎ澄まし、黙々と剣を振っていた姿に、ジュリオは躊躇なく声をかける。
「ライグル!」
その声に、ライグルが振り返る。
ジュリオの真剣な表情を見て、すぐにただ事でないことを悟った。
「セリアが攫われた。いや、ミーナちゃんの身代わりとして攫われた可能性が高い」
ライグルの目が細くなる。鋭い視線が、すでに周囲を捉えていた。
「……場所は?」
「裏棟の食材倉庫。干し肉とリボンが落ちてた。手がかりになりそうなのはそれだけだ」
「分かった」
「頼む...」
ジュリオとライグルは何かを確認するように、目を合わせ、ライグルが頷いた。
「あぁ、任せろ。すぐに追いつく。お前は先に裏棟にもどれ」
そう言った瞬間、ライグルは駆け出した。
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訓練場の脇道に逸れ、ライグルは迷わず自室へ向かう。
扉を閉めるや否や、訓練着を脱ぎ捨て、呼吸を深く、整える。
「……まさか、こんな形で力を使うとはな」
次の瞬間――
肌がしなやかな銀毛に覆われ、背が伸び、骨が変形していく。
ほんの十数秒後、窓から飛び出したのは、金の瞳をした一頭の狼だった。
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ジュリオは、見逃した手がかりがないか見るために、再び裏棟の食材庫へ戻る。
しばらくして
……銀灰の狼が姿を現した。
「……悪ぃ」
息を呑むようにして、ジュリオは銀灰の狼を見つめた。
金の瞳が静かに揺れる。その奥にある意志を、彼は知っていた。
それは紛れもなく、仲間であり――“ライグル”だった。
狼の金の瞳が静かに揺れる。
だが何も言わず、2人はすぐに裏棟の食糧庫へ向かった。




