71.兄ヨナス視点
ヨナス視点
──騎士団宿舎近くの、借り宿の一室。
午後の光が静かに射しこむ中、ヨナスは湯気の立つ紅茶を前に、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
ルドルフと会ってから戻ったセリアは、ほんの少し、肩の力が抜けたように見えた。
無理に何かを押し付けるような空気ではなかった。それが、かえって胸に刺さる。
(……俺は、あいつの何を知っていたんだろうな)
子どもの頃、泣き虫で、着物の裾をよく踏んでいた妹。
兄として、何があっても守ると決めていた。
だが今、目の前にいるのは、そんな“守られる存在”ではなかった。
「私ね、この場所が好きなの」
笑いながらそう言ったときのセリアの瞳。
あれは、取り繕った笑顔じゃなかった。
まっすぐで、揺るがなくて──そして、少しだけ、誰かを思うような光を帯びていた。
──そして、彼の脳裏にふとよぎる、あの男の顔。
(……ジュリオ、だったか)
騎士団副隊長。
軽薄そうで調子のいい男、というのが最初の印象。
だが、それだけではないらしい。セリアのあの態度――自然な話しぶりや、距離感。
何より、彼女が無意識に向ける目の温度。
(……あいつの中に、“ジュリオ”という存在がある)
それを、ヨナスは認めざるを得なかった。
自分の知らない“妹の世界”で、確かに彼は生きている。
ヨナスはひとつ、深く息を吐いた。
(……まあ、まだ認めたわけじゃないけどな)
まだ認めるには早い。
だが、ただの「軽薄な男」と片付けるには、あまりにセリアの反応が“らしく”なさすぎた。
(もしも、あいつが──)
ふと、窓の外に目を向ける。
道を歩く男たちのなかに、ひときわ分かりやすく落ち込んだ背中があった。
誰かに話しかけようとして、二度引っ込み、やっと声をかけたかと思えば気まずそうに逸らすその動き。
(……あれか?)
妙に動きのぎこちない男。
よく見れば、セリアの話に出てきた“あの副隊長”その人だ。
ヨナスは、湯気の冷めた紅茶をひと口含み、そっと目を細めた。
(……まあ、見させてもらうさ)
妹のそばにいる、その男が、
本当に“あいつを泣かせない男”なのかどうか。
兄として――
こればかりは、簡単に譲るつもりはない。
ジュリオ・・ロックオンされました




