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その獣人騎士、無自覚に私を甘やかしすぎです!  作者: 緋月 いろは
5章.蜜と毒の幕開け

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70.兄に報告

――夕暮れ、王都の小さな宿にて



セリアは、カフェを出た足で兄の宿へ向かった。

遠くに陽が落ち、石畳に伸びる影が長くなる。 



扉をノックすると、数秒ののち、中から懐かしい声が返ってきた。



「……セリアか。入っていいぞ」


重たい扉を開けると、帳簿を広げていたヨナスが顔を上げた。

セリアは少し気まずそうに、それでも笑って部屋に入る。



「おかえり、セリア。……どうだった?」



顔を上げた兄は、いつになく真剣な表情をしている。



セリアは、少し肩をすくめて苦笑した。



「ちゃんと行って、ちゃんと話して、ちゃんと解散してきたわ」



「……そうか。で、どうだった? 人柄とか、話しぶりとか。ああいう人なら、心穏やかに過ごせるんじゃないかと思ったんだが──」



「そうね。とてもいい人だった。……それは、間違いないよ」



セリアはソファに腰を下ろす。

紅茶の残り香がまだ鼻に残っている。



「気遣いも丁寧だし、こちらの話にもちゃんと耳を傾けてくれる。格好も言葉遣いも、どこを取っても立派な貴族様だったわ」



「……なら、なおさら──」



「でも、私は行かなかった。“向こう側”には」」



ぴしゃりと、言葉を遮るようにセリアは言った。



ヨナスが一瞬、黙る。セリアは、言葉を選びながら続けた。



「ルドルフ様はね、ちゃんとわかってた。わたしが捨てるものの大きさも、今の居場所も、それを簡単に“こっちに来なさい”なんて言えないって……」



「……セリア」



「……ごめんなさい。せっかく紹介してくれたのに、結局こういう結果で」



するとヨナスは、ふっと笑った。

 


「……馬鹿。なんで謝るんだよ」



「えっ?」



「俺が紹介したのは、“お前が自分で考える機会”であって、無理に嫁にやるためじゃない。

今日みたいに、きちんと自分の目で見て、自分で決められるなら、それでいい」



「兄さん……」



「それに、断られたのは向こうのほうかもな」



「えっ!? そ、そんなことは……」



「だってお前、今日はちゃんと笑ってたみたいじゃないか。

そういうお前を見て、“大切にしたいけど、閉じ込めたくはない”って思ったんだろ。……あいつ、やっぱ悪い奴じゃなかったみたいだな」



そう言って、ヨナスは肩を竦める。

セリアは、その言葉に胸がじんわりと温かくなるのを感じた。



「兄さん、ありがとう。……兄さんが、私のこと信じてくれてるの、わかってるよ」



「兄さんは、“もっと幸せになってほしい”って、たぶん思ってくれてる。だけどね──」



彼女はゆっくりと手を握りしめた。



「わたし、今がすごく大事なの。……好きな仕事があって、信じてくれる仲間がいて。意地悪する人もたまにいるけど、それでも──わたし、あそこが好き」



しんとした沈黙が落ちた。



ヨナスは、書類を伏せ、深くため息をついた。




「……そうか。そこまで、ちゃんと考えてたんだな」



「兄さんが悪いわけじゃないよ。優しいと思ってる。わたしのこと、大事にしてくれてるのも、ちゃんと分かってる」



「……けど?」



「でもね、今回は兄さんが思う“幸せ”と、わたしの“幸せ”は、ちょっとだけ違ったの」



言い終えて、ふっと笑うセリア。

ヨナスは少しだけ目を細め、妹の表情をじっと見つめた。



「……ふっ、わかった。」



「ふふ、私だって、もう子どもじゃないのよ?」



「……ああ。そうだな。」



「でしょ?」



二人はふっと笑い合う。

確かに、兄妹の距離がほんの少し、変わった気がした──


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