66.レン視点
ふうん。
「ふふっ……それって、また“お誘い”ですか?」――ね。
……思ったより、軽くいなされたな。
たいていの娘なら、こういう場を用意して、
少し伏し目がちに「あなたに見てほしい」なんて言えば、それだけで頬を染める。
「……はい」って、すぐに返ってくる。
でも、ミーナは――違った。
確かに照れたような顔はした。けれど、その瞳は終始、冷静だった。
俺の言葉の裏を読み取りながら、それでも軽やかにかわしてくる。
――まるで、言葉の読み合いを楽しんでいるみたいに。
面白い。やっぱり、君は“普通”じゃない。
俺の顔も、名前も、肩書きも――どうやら、効かないらしい。
フェルデンでは馴染みのないはずの、白露、醤油、味噌。
それを当然のように知っていて、豆腐料理にまで精通している。
白露餅の意味を、言葉にされる前に察していたあの瞬き。
調味料の扱い、香りの引き出し方、素材の目利き――全部、理にかなっていた。
ただの新人厨房係で済ませるには、整いすぎている。
どこで学んだ? 誰に仕込まれた?
それとも――“仕込まれた”んじゃなく、“思い出した”んだろう?
……ねえ、君。何者?
気になる。
俺にとって“好奇心”は、商売の芽だから。
だから、あの日の夜――
「試し」に誘ってみた。“シュエンへ来ないか”って。
冗談めかして口にしたはずだったのに、言いながら思った。
――それも、悪くないなって。
今日も同じ。君を“試す”時間だ。
真面目な顔で、冗談を装って。
その返しを見て、次の一手を決める。
俺の直感は、“逸材”を嗅ぎ分けるのが得意でね。
顔では落ちない。
言葉にも揺れない。
――なら、次は君の“食卓”に入り込んでみようか。
観察すれば、いずれ“ボロ”が出ると思っていた。
けど、君は出さなかった。
隠しているのか、それとも――最初から“隠す気がない”のか。
どちらにしても、興味深い。
気づかれずに周囲に馴染みながら、ひっそりと“異物”であり続ける存在。
だからこそ、放っておけない。
興味の始まりなんて、たいていそんなものだ。
君は、俺の予想より“深い”。
取引相手としてか、パートナーとしてか。
あるいは――もっと、予想外の何かとして。
名前も素性も、今はどうでもいい。
少しずつ、引き出してみよう。
“何を見てきたか”。
“どこで覚えたのか”。
そして――“何を、隠しているのか”。
さて。どう転がるかな。
これは、まだほんの“序盤”だ。




