59.兄力アニパワーすげぇ(ジュリオ視点)
――騎士団厨房・午後
棚に食器を戻すミーナを横目に、ジュリオは厨房の入り口近くでなんとなく手持ち無沙汰にしていた。
(……今日こそ、セリアちゃんに言う。絶対言う。今度こそ……)
そう思っていたのに、またしてもタイミングを逃した自分に、内心舌打ちする。
(避けられてる?って最近ちょっと思ってたけど、たぶん、違う。そう信じたい。信じさせてくれ……!)
そんな風に自問自答していたときだった。
「ミーナ、大変! 兄さんが来たの!」
バタバタと駆け込んできたセリアの声に、ジュリオの心臓がドクンと跳ねる。
「えっ? 本当に王都まで?」
ミーナが驚いて返す声と同時に、ジュリオは素早く厨房の壁際に隠れるように身を寄せた。何やってんだ俺、と思いつつ、なんとなく目立たない位置を選んでしまう。
「それだけじゃないの。あの“レンさん”も一緒……!」
その名前に、ジュリオの眉がピクリと動いた。
(誰だよ、それ)
「誰だよ、レンって」
口に出してみたが、セリアは動揺したまま説明する。
「えっと、東方の取引相手。兄さんが商会を立て直した時に助けてくれた人で……うわ、来ちゃった!」
セリアの視線をたどると、厨房の裏門に二人の男が現れた。
ひとりは、威圧感ある体格に精悍な顔立ち。スーツのような装いに、セリアと同じ濃い紫の髪――おそらく、兄のヨナスだろう。
もう一人。黒髪を後ろで束ね、優雅な立ち居振る舞い。東方の衣服のような装いに、余裕と色気を漂わせる男。
(あいつか……)
ジュリオの胃のあたりが、きゅっと縮むのを感じた。
ミーナとセリアが軽く会釈する。ヨナスが名乗りを上げ、続いてミーナが自己紹介する。
ジュリオも、仕方なく前に出た。
「…ど、どうもっす! ジュリオです!! よろしくお願いしまっす!!!」
無理に笑顔を作るが、色々考えすぎて声が上擦ってしまった。 ……かっこ悪ぃ……
ヨナスが一瞥してきた目に、なんとも言えないプレッシャーを感じた。
(この人が、セリアちゃんの兄貴……しかも“縁談のために来た”とかだったら……)
ヨナスがミーナに包みを差し出す。白露(米)と、黒い陶器の瓶。
「……おにぎりとやらの話が書いてあった。それで、醤油、だろ?」
ミーナが嬉しそうに礼を言い、隣でセリアが微笑む。それを見たヨナスの表情がふっと和らいだ。
(あの顔……なんか悔しいくらい、似てるんだよな)
そして、問題の東方の商人が一歩前に出て、優雅に名乗った。
「初めまして。セリア様。ミーナ様。私は東方交易の旅商人、レン=ランと申します」
やけに落ち着いた声。所作も綺麗。余裕まである。
(なんか負けた気がする……)
「貴女が“おむすび”を作った方でしょうか? ぜひお話を伺いたい」
ミーナは嬉しそうに目を輝かせる。
(……つか、こいつ。ミーナちゃん狙いか?まさか...)
「食いもんだけじゃないだろ。……まさか、セリアちゃん目当てか?」
つい口に出た言葉に、セリアが「えっ」と振り向いたが、レンはくすっと笑った。
「はて……どうでしょうね。魅力的なレディに興味を持つのは、男として当然のことですから」
――チッ。
ジュリオは小さく舌打ちした。隣のミーナが気づいたようにチラリと見る。
(やべ、出たか……)
ヨナスが促し、レンとともに去っていく。
「セリア、後で少し話がある。部屋を取ってあるから、仕事が終わってから来なさい」
「……うん、わかった」
セリアの背中が少しだけ震えたように見えて、ジュリオは拳を握りしめた。
(……何話すつもりなんだよ、ほんとに)
彼女が出ていったあと、厨房は静寂に包まれる。沈黙を破ったのはミーナだった。
「……え、これが白露ですね? すご……ふっくらつやつや……!」
料理モードに入ったミーナが語り出すと、ジュリオも少しだけ肩の力を抜いた。
「……おーい、ミーナ? ちょっと落ち着こっか?」
けど、彼女の脳内ではもう何十通りものレシピが駆け巡っていたらしい。
「悪い顔してる……!」
小声でつぶやきながらも、ミーナの楽しそうな姿に少し救われた気もした。
……と思った矢先だった。
ふと見ると、隣のセリアが――小さく、震えていた。
ミーナがそっと彼女に寄り添うと、セリアはぽつりと話し出した。
「兄は、私の結婚話を進めるために来たんだと思うの」
その言葉に、ジュリオの心臓が凍りついたように固まる。
(……やっぱり)
だが、セリアは笑って首を振った。
「ちゃんと話を聞くって言ってくれて……でも、自分の気持ちを言うのって、ちょっと怖くて」
(……それは、俺も一緒なんだよ)
ミーナが優しく言葉をかけ、彼女の背中を押す。
「私たちがいるから」
ミーナがちらりとジュリオを見る。その視線にドキッとしながら、何か言わなければと、咄嗟に口を開いた。
「うん……俺たちがいるから……!!」
(……“俺がいるから”って言えなかった....)
セリアが笑った。目元が少し和らいで、ほんのわずかに涙が滲んでいた。
「ありがとう、ミーナ。……がんばってくる」
彼女がエプロンを外して、厨房を出ていった後――
ジュリオはその背中を、ただただ見つめていた。
……俺、ヘタレなんかじゃいられない。
(今度こそ――ちゃんと伝えたい)
……でも、やっぱ気になる。




