56.あわやキ、キス?
一方私は、今日も変わらず、厨房に洗濯、掃除と大忙し。
……のはずが、今日はちょっと、様子が違った。
「ミーナ、その髪飾り、似合ってるな!」
「今日、なんかちょっとおしゃれじゃない?」
(う、うぅ……視線が痛い……!)
髪飾りは、前にライグルさんがくれたもの。
かわいくて気に入ってるけど、こういうのってやっぱり目立つんだよね。
でも、あんな風に「お願い」されちゃったら、断れないじゃない。……あの顔、ずるいよほんと。
また見せてくれたら嬉しいけど……。
はあ。どうせなら、仕事ぶりで注目されたいのになあ。。
そんなときだった。
「……ミーナ、お前に頼みたいことがある」
ギルバート団長に声をかけられ、ついていった先は、古ぼけた扉の向こう——
「……これは……何なん、ですか?」
床にまで散乱した紙、崩れかけの箱、剥がれ落ちたラベル。天井まで積み上げられた紙の山が、静かにミシッ……と音を立てた。
「うむ。うっかり溜めてしまってな……どこに何があるか分からん」
団長が頭をぽりぽりかきながら、笑っている。
「で、ミーナに整理してもらおうと思ってな。厨房とは別で、特別手当も出すぞ?」
「(やっった!お手当!醤油も味噌も買っちゃうんだから!)……承知しました。やってみます」
——任されたからには、しっかりやらなきゃ。
この部屋は、どうやら旧記録室らしい。
誰も手をつけたがらず、ほぼ倉庫と化していた。
帳簿、許可証の控え、人事記録、古い出納記録……
誰もどこに何があるのか把握しておらず、「面倒な場所」として放置されていたのだろう。
「でも……こういうの、わりと好きなんだよね……」
前世の社畜時代を思い出す。あの、誰の机か分からないような総務課の書類地獄。
仕分け、ラベリング、処理ステータス別分類、保存年限のチェック……
無言で手を動かしながら、当時の記憶が蘇る。
「保存五年?……こっちは三年? あ、こっちの形式なら、たぶん——」
作業に没頭していると、いつの間にか時間が経っていた。
(気づかないが、外の通路では騎士団員たちがざわついていた)
「う、うそだろ……片付いてる……」
「……おい、あの嬢さん、何者だ?」
「……書類が読める、だと……?」
(中のミーナは、黙々と仕分けを続けている)
⸻
「はぁ……こんなもんかな?」
軽く伸びをして、肩を回す。
紙の埃でちょっとむずむずするけど、ここまで片付けば上等だろう。
「んー……でも、なんかさっき、ちょっとだけ違和感……」
一束の帳簿を手に取り、ぱらぱらとめくる。
「こことここ、日付が変だな……処理の流れもズレてるような?」
気のせいかもしれないけど……まあ、厨房に戻ったら忘れるかな。
たぶん、大ごとじゃない。たぶん。
―――
「——いた、やっぱりここか」
「……え?」
扉が静かに開き、見慣れた銀髪の青年が顔をのぞかせた。
「……ライグルさん?」
(うわ、だめ……この前のこと思い出しちゃって、なんか変に意識しちゃう)
「今日、顔見られてなかったから……探してた。
厨房にも洗濯場にもいなかったし。まさか、書類の山に埋もれてるとはな」
「埋もれてませんっ。ちゃんと整理してただけです!」
「ふふ、分かってるよ。冗談だ」
ライグルさんは、少し笑って、部屋の中に一歩足を踏み入れる。
いつもの黒い騎士服。裾に泥が跳ねているのは、どこかからの帰りかな。
「この前は……ちょっと落ち込みすぎてた。ごめん」
「え……」
「お弁当、ありがとう。すごく嬉しかった」
「……それに、その髪飾り。つけてくれてたんだな。似合ってるよ」
「……っ」
耳まで赤くなるのが、自分でも分かった。
まっすぐで不器用な彼の言葉は、時々ずるいくらい、まっすぐ胸にくる。
(やば……ちょ、近い! この前から、急に距離近くない!?)
誰もいない書類室。扉は開いているけど、外に気配はない。
彼は、私の目の前に立っていて……
この距離、この雰囲気……ま、まさか……キス……!?
思考が一気に暴走モードに。
(やばい、話題……話題をそらさなきゃ!)
「そ、そうだ! あのですね、ちょっと気になる書類があってっ」
私は机の隅に置いていた束を慌てて取り出し、ぱらぱらとめくった。
「ほら、こことここ、処理の流れが変じゃないですか? 普通なら、こうなってるはずなのに……」
「……見せて」
ライグルはすっと表情を引き締め、私の手元をのぞき込む。
その眼差しからは甘さが消え、代わりに、指揮官としての鋭さが宿っていた。
「……ミーナ、これは預からせてくれ。俺のほうで確認する」
「えっ、あっ……はい」
(やば……私、話題そらしただけなのに!)
書類を抱えた彼は、ふっと優しい手つきで、私の頭をそっと撫でた。
(撫で……ってぇぇぇ!!)
「無理はするなよ。……あとで、また顔見せて」
そう言って、ライグルは背を向け、部屋を出ていった。
私は、ぺたんとその場に座り込む。
「……だから、無自覚ずるいんですってばーー!!」
……あぁ、あのままキスされても、よかったのに……なんて思ってる自分がいて、赤面するしかなかった。
話題をそらしただけなのに、なんだか変な方向に行っちゃった気がする。
あ、あのまましてもよかったのかな(ライグル談)




