53.醤油としっぽ
私は、ついに──
王宮図書館の「特別閲覧室」の許可証を手に入れた。
昼休み、胸を弾ませて足を運ぶ。
入り口に立つ司書に許可証を見せると、厳しかった表情がふっと緩み、静かに扉が開いた。
「……やっと入れた……!」
これで、誰にも遠慮せず資料を読める。最高だ。
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「ええっと……東方の国シュエンに関する本は、このあたり……かな?」
棚に並んだ背表紙に指を滑らせる。食べ物についての記述がありそうな本を何冊か抜き取った。
『異国の味と香 ― 東方交易品目録』
『百味東縁録』
──うっ、分厚い……!
「それから……ゼリオン(獣人の国)に関する本も……?」
背表紙に“しっぽ”の文字を見つけて、ふっと笑みが漏れる。
『しっぽとしきたり ― 獣人の生活文化誌』
「……しっぽ、かわいい。これは外せない!」
重たい本を腕いっぱいに抱えて、閲覧席へ向かう。
どすん、と本を置いて、ふぅっと一息。
「よし!今日は“お邪魔”もいないし、思いっきり読むぞ!」
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ページをめくると、目的の記述は意外にもあっさり見つかった。
──「米・塩・大豆を主原料とし、麹にて長期発酵させた液体調味料」
──「深い琥珀色、芳醇な香り。異邦人は肉の味を引き立てると言う」
「これ……どう考えても、醤油……!」
さらに似たような製法で作られた、“茶色い粘状の調味料”にも言及されている。
「こっちは……味噌っぽい……?」
胸が高鳴る。あの味が、この世界でも作れるかもしれないなんて──!
焼き肉に、味噌汁、照り焼き……♪
醤油と味噌があれば、レパートリーが広がる!
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さらにページを追っていくと、シュエンでのお米の呼び名にも目を引かれた。
“白露”──。
白い粒の色と、炊きたての湯気の美しさから名付けられたという。
なんて素敵な名前……。
前に買った5キロは、そろそろ底をつきそうだ。
……次はどうやって手に入れよう?
あれは偶然、露店で見つけたものだったけど……
どうせなら、米も醤油も味噌も一気に手に入るお店があればいいのに。
それか、どこか商家と取引できれば──
はっ!
そういえば、セリアさん!
たしか実家が商家で、布や服を扱ってるって……もし東方との繋がりがあれば、取り寄せてもらえたり……!?
私は、さっそくセリアさんに相談してみることにした。
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醤油についての調べ物を終えて、本を閉じかけたその時──
「あ、あと一冊あったんだった!」
『しっぽとしきたり ― 獣人の生活文化誌』
さっき手に取った、“しっぽ”の本だ。
せっかく重たい思いをして運んだし、戻す前に少しだけ読んでおこう。
私はパラパラとページをめくる。
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第三章 獣人の「しっぽ」と感情の関係
獣人の身体的特徴は普段、人間種に近い外見をとるが、
感情の高ぶりや身体の緊張に応じて、しっぽや耳などの部位が顕在化することがある。
特に青年期の個体や、未熟な者ほど制御が難しく、
恋愛感情・怒り・羞恥・喜悦などの刺激によって「うっかり出てしまう」ことがある。
これは一種の生理的反応であり、種族的な自己表現とも解釈されている。
また、気温や月齢の変化にも影響を受けるとされ、特に寒冷期には耳や尾が自然に現れやすくなる。
この現象は「季節反応」と呼ばれ、生活習慣や衣服の様式にも関わっている。
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「ふーん……しっぽ、感情で出ちゃうんだ?」
くすりと笑って、ページを閉じる。
(ファンタジーすぎ……でも、もし実際にいたら……)
思わず、ライグルさんの犬耳とふわふわのしっぽを想像して──
悶えた。
「よしっ。セリアさんのところに行きますか!」
私は重たい本を抱え、書棚へ戻す。
「しょうゆ、しょうゆ〜、焼き鳥だ〜♪」
軽い足取りで閲覧室をあとにした。
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一方その頃──
セリアの手元には、一通の手紙が届いていた。
「もうっ……やだって言ってるのに……!」
封筒の差出人は、彼女の兄
── ヨナス=アルバン=マークレイ。
手紙の中には、またしても「縁談」の二文字が書かれていた。
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