45.言えなかった告白
3章ここまでです
〈ライグル視点〉
「……言えなかったな」
澄み切った星空を仰ぎながら、俺は小さく呟いた。あの穏やかな笑顔を見ていたら、どうしても口にできなかった。
寮まで送ろうと、ベンチに腰掛けるミーナに差し出した自分の手を見たとき……狼姿の自分を思いだした。
俺は正体を隠している、こんな卑怯な俺を、ミーナは許してくれるだろうか……
ミーナがふとした拍子に見せる、あの優しげな瞳。
どこか、母に似ていたのかもしれない。
だから俺は……余計に、踏み込めなかった。
⸻
獣人王の血を引く者。
ライグル・ヴァン・ゼリオン
獣人の国ゼリオンの第一王子。
それが俺の生まれだった。
母はフェルデン国王女、現王の姉。ゼリオン王に正妻はいたが、なかなか子ができず、友好の証として母は側妃として嫁いできたらしい。
人間にとっては、獣人は“異質”で“恐怖の対象”になる存在。両国の未来ために。そんな中、嫁いだ母は芯の強い、優しい人だった。
父は母にも俺にも無関心。仮にも友好のための輿入れなら、母を気にかけるべきなのに。正妻の手前か、感情がないのか…最低限の衣食住には困らなかったが、愛情を感じたことはなかった。
物心ついたころには、後継になるべく俺は教育され、ただ寝て起きて、授業を受ける。たまに母に会えるのが嬉しくて。母に会うために、そんな変わらない日々を乗り切っていた。
「正妻の奥様がいるのに...」
「だから人間は...」
子どもながらに、使用人や屋敷の雰囲気から、母と俺が疎まれていることはわかっていた。人間はまだの国には珍しいし、半獣人も滅多にない。または、いても肩身が狭い。数少ない人間にあえば、狼王家特有の黄金の瞳や獣の血を気味が悪がられる。
人間でもなく獣人でもない…それが俺だった。
真冬なのに、隙間風が吹く部屋で…身体を壊さないほうがおかしい。
特に正妻に子ができて、俺の3つ下に弟カイグルができたころから、扱いはひどくなった。俺への後継教育は続けられたが、食事に毒が入っていたり、刺客に命を狙われることもあった。半分獣だったから、俺は生き延びたのかもしれない。
俺の成長とともに、日に日に母は弱っていき。とうとう俺が10歳になるころ、
「あぁ、私のかわいいライ……さぁこっちへ来て…あなたのその瞳…きっと美しいとわかってくれる人が現れるわ。愛してる……
あなたを置いて……先に逝く母を許してね…」
母からは優しさと強さをもらったのに、何も返していない…そのまま微笑みながら…母は帰らぬ人となった。
そして、母の死後しばらく経ち、また俺の部屋に刺客が来た。応戦のために獣化したとはいえ、まだ子犬。
そのとき俺を攫ったのは、刺客ではなく、フェルデンの密偵だった。
…そう気づいたのは、たどり着いた先で叔父――母の弟、フェルデン王と対面したときだった。
獣人国に嫁いだ姉を憂い、探っていたが力及ばず。
母の死去に伴い、俺の身を守るため、死んだと偽装させ、人知れずフェルデン国に連れていたらしい。
(もっと早く母を攫ってくれたら...国の都合なんてクソくらえだ。結局は虚しさしか残らない...)
「フェルデン国からしても、俺の存在は公にできなかっただろう。王位後継者が増えたうえに、獣人の血を引いているなんて……」
そんなこんなで、俺はギルバートの遠縁で、剣の覚えがいい将来有望な田舎貴族の子、ライグル・ヴァーレンとして引き取られた
獣人であること
狼になれること
それは誰にも言えない……
⸻
「……あそこで、言えばよかった...のか?いや、無理だ」
苦笑とともに、小さくため息を吐く。
彼女が笑ってくれるのが嬉しくて、可愛くて、つい目を奪われて──
何も本題を切り出せないまま、時間が過ぎてしまった。
俺は生まれてきてよかった…のか?...だからこうして今日ミーナと会えたのか…
母の人生は間違ってなかった…
ミーナがそう言ってくれたような気がした。
「ずるいよな、俺」
隠してるくせに、そばにいたいなんて……
なんて都合のいい、甘ったれだろうな、俺は。
でも――今はまだ、この距離だけは、守りたかった。
⸻
「うぅっ……」
また…か?
最近コントロールが効かない(……このままじゃ、また)
「……もうすぐ…あの季節か……」
闇に向かって、誰にも聞こえぬように呟いた。
優しい人は、いろんな裏側を見てきて、人一倍悲しいことを経験した、傷ついたことがある人だよ、っていうのを書きたかったのです(T . T)




