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その獣人騎士、無自覚に私を甘やかしすぎです!  作者: 緋月 いろは
3章 じれじれ期突入

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44.夕陽の丘

買い物を終えて、私たちは少し歩きながら街を散策していた。服選びでいろいろあって、時間が過ぎるのが早くて。外は日も少しずつ傾き始め、街の景色が柔らかな金色に染まっていく。



「……今日は本当に、ありがとうございました。楽しかったし、服も……とても気に入りました」



そう言って小さく笑う私を、ライグルさんは横目でちらりと見る。



「……じゃあ、最後にもう一か所だけ。案内してもいいか?」



「え? はい、もちろん」



やがて、坂の上の小さな丘に出た。そこにはベンチがあり、ちょうど夕陽が目の高さに見える。


オレンジ色の光が2人を包む。



「ここ、いい場所ですね……」



「お気に入りなんだ。時々、何も考えたくないときに来る」



そう言ったライグルさんの横顔には、どこか影があって、今日一日楽しげに振る舞っていたときとは違う、静かな、深いものを湛えたまなざし。



私が誰にもいいたくない過去をもつように、きっと彼にも何か私の知らない何か、ライグルさんの心に影を落とすものがあるのかもしれない。

誰よりも痛みを知ってるから……だからすごく優しいのかもしれない…そう思い、ふいに胸の奥がきゅっとなるのを感じた。



誰にもいいたくない過去を抱えているかもしれない私たち…でもそんな私でも、今日ライグルさんと一緒に過ごせて、生きててよかった、あのとき家を出ると決めてよかった、と思えた。

だから、きっと今日に至るまでのあなたの生き方は間違ってない……なんだかそう伝えたくて。



私は心のうちをを独り言のように呟き始めた。



「……私、初めて自分で働いて、お給料をもらって、自分の好きなものを買って、好きなものを食べて、すごく楽しかったです。」



「あぁ、俺も」



「……よく、女性は家のもの、家長のいうことを聞かないといけない。結婚して家庭を持つのが幸せ。とか言われるけど……私は……何にも邪魔されず…自立したい……と思って、踏みだした一歩が働くことだったんです……」



「……」



「自分の力ではどうにもできない。って諦めていた昔の私に言ってあげたくて……『あなたの選んだ道は間違ってなかったよ』って…『……こんなふうに綺麗な夕日を見られる日が来るんだよ』って……」

(ライグルさんの影の理由は、、わからないけど…こうやって今日私に優しくしてくれたこと、楽しくすごせたこと…本当にうれしかったから...あなたの選択も間違ってなかったよ、って伝えたいな...)



「……」



しまった……ライグルさんを無言にさせてしまった。たぶんこの世界では、女性は家長のものと思われて、特に貴族はその傾向が強い。自立したい、なんて、きっと引かれてしまったわね……



「自分の力でなんとかしたい。と思うこと……わがまま、、かもしれませんね……」



「わがままなんかじゃない」

ライグルは、はっきりと言った。



私は彼の言葉にハッと驚き目を見張った。

「ミーナは、ちゃんと考えて、自分の足で立とうとしてる。それは立派なことだ。……俺は、そういうの、好きだよ」



「……!」

( ……この言葉を、心の奥にそっとしまっておこう...期待なんてしない。ただ、今の私の宝物として)



思わず顔が熱くなる。

さっきまでの服屋でのからかい合いとは違う、まっすぐな声だった。



「……ありがとう、ございます。」

言葉にすると、胸がじんと温かくなった。



「きっとミーナの選択はまちがってないよ、少なくともそのおかげで今日、俺は君と一緒に過ごすことがでたんだから……。

それに、もし間違ったと思ったら、またやり直せばいい。そうやって、自分で舵をとり決めていく。」




「……そうですね、うまくいかないことだらけになると思う。迷うし、失敗もするし、泣くこともある。でも、それでも……できるだけ、自分で選んで生きていきたい」



「誰かに決められるんじゃなくて、“今の私”が一番いいと思うことを、自分の足で選びたい。……そういう生き方、してみたくて」




沈黙の中、風がそっと通り抜ける。



2人はそのまま、しばらく黙って夕陽を眺めていた。

時折風が吹き、草の匂いと街の音が混ざり合う。



しばらくしたとき、ライグルさんは立ち上がり、いつもの真っ直ぐな視線で私を見つめた。




「君が舵を握るその旅、もし途中で嵐に遭ったら……その時は....俺を呼んで?どんな嵐でも、きっと一緒に越えてみせるから」

そう言ったライグルさんの瞳には、真剣な光が宿っていた。



一瞬、胸の奥がきゅっと音を立てる。


(──そんなふうに言われたら、期待してしまうじゃない……)



でも、きっとこれはただの優しさ。そう思い直して、私は笑ってごまかす。



きっとライグルさんは優しいから、、無自覚に甘い言葉になってるだけ...勘違いしちゃいけない...少しだけ涙が浮かんだ自分の顔に気づかれる前に、私は気持ちを切り替え、ぱっと立ち上がって言った。



「ふふ、じゃあまずは寮までお願いします?帰り道がわからないから....」



「ああ、それは大事な任務だな。ミーナお嬢様?」



そう言って立ち上がったライグルさんは、何かを決めたような表情で、私の手を取ろうとして、自分の手を見つめ──少しだけ躊躇った。そして、何も言わずに歩き出した。



(あれ……今、何か言いかけた?)



でもその真意は、まだわからない。

ただひとつ──今日のこの時間が、確かに心に残っていくのを感じていた。



そんな穏やかな時間の裏で──



「……ふん、随分と楽しそうじゃないか。俺といたときとは大違いだな」



街路樹の陰に立つ男の目が、夕陽に染まる2人をじっと見据えていた。



その瞳に宿るのは、未練か、執着か、それとも……別の“企み”か。


男は身を翻し、静かにその場を後にした。



──誰にも気づかれぬまま。


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