42.ライグル視点
市場の片隅、いつもは閑散としている穀物屋の前で、ミーナが足を止めた。
「……あ、あった!」
布袋に入った、白い粒――ほとんどの人が見向きもしないそれに、彼女はまっすぐな目を向けていた。
初任給で買うつもりだったらしく、店主と相談しながら、丁寧に重さを選んでいた。値段に関係なく、彼女の手にかかれば、きっと大事な宝物になる。
見ているだけで、胸の奥がほのかにあたたかくなった。
初めは3キロのつもりが、荷物持ちの俺がいれば5キロでもいい。どんぶりどんぶり〜♪
心の声が洩れ聞こえる
「米、俺にも食べさせてね?」
セリア嬢やマイルズ料理長の中に、俺も入れるだろうか?まぁ、筋肉が役にたって何よりだ。……今は。ミーナの特別になれたらいいな…と思った。
そんな折、ふと風に乗って、香ばしい匂いが鼻をかすめた。
ちょうど昼時だ。ミーナのお腹も、ちょうど良い具合に鳴ったらしい。
「……いい匂い。何か、焼いてます?」
「ん。あの角を曲がったところに、よく来る食堂があるんだ。行ってみるか?」
目を輝かせたミーナが、こくんと頷いた。
「はい、ぜひ!」
まるで子どもみたいに素直な反応をされると、誘った側まで楽しくなってくる。
案内したのは、煉瓦作りの素朴な店――まるまる亭。
木の温もりが落ち着く場所で、俺のお気に入りでもある。
「ここだよ。味は保証する」
店内に入ると、奥からおかみさんが顔を出して、俺を見るなりニヤッと笑った。
席につくと、ミーナに聞こえないくらいの小声で、
「……あら、ライちゃんじゃないの。女の子連れて来るなんて、やるじゃないの」
と声をかけてきた。
耳が熱くなる。慌てて目を逸らすと、ミーナはきょとんとしていた。……聞こえてなかったなら、まあよし。
「そちらのお嬢さん? 初めてなら、うちの“まるまるランチ”がオススメよ」
メニューを手にして、ミーナは真剣に悩む。
「わあ……どっちも美味しそう! ライグルさんはどうします?」
「俺は……グラタンとパスタ、一つずつ頼もうか」
「はい! それで!」
パッと花が咲くような笑顔。今日だけで何回目だろう、こうして心を奪われるのは。
料理が運ばれてくると、ミーナは嬉しそうに、グラタンをじっと見つめていた。
スプーンを入れる手も慎重で、出てきたじゃがいもやきのこを見て、目を丸くしている。
その様子を見てると、俺のほうまで幸せな気持ちになってくるから不思議だ。
「……スープも、ふしぎ。酸味は控えめなのに、深みがある……」
「トマトをローストしてるらしい。焦げの香りを少し残すのがコツなんだって」
「へぇ……!」
感心して頷くミーナの目がキラキラしてて、なんかもう、つい口元が緩んでしまう。
俺の分のボロネーゼも、取り皿に分けて差し出した
食後のデザートを訊いてみたら、目を輝かせて迷っている。
「じゃあ、両方頼もう。俺も甘いの、好きだからさ」
本当は甘いものは苦手だ。食べられないわけじゃないが、自分では頼まない。……柄にもなく、つい嘘をついた。
ミーナは「えっ、いいんですか!?」と驚きながらも、嬉しそうだった。
そして、デザートが運ばれてきて――ミーナが夢中になってパフェを食べるその姿が、もう、かわいくて……
ふと、目が合った。
その瞬間無意識で
「……ケーキも食べてみて?」
ごく自然な流れで、自分の手元にあるシフォンケーキをすくって、ミーナの口元に差し出してしまった。
「えっ!? え? ……!」
ぱくっ。
条件反射みたいに食べたあと、ミーナが真っ赤になってるのを見て、心臓が跳ねた。
(……しまった、やってしまった)
でも、その後も何度も「はい、あーん」を繰り返して、ミーナがパフェに逃げても、ちゃんと捕まえてしまう自分がいる。
ミーナがふと、仕返しのように小さく切ったケーキを俺に差し出した。
「……じゃあ、今度は私が。ライグルさん、あーん、してください」
「っ……」
ぱく、と口に入れる。
(こ、これは……される側の威力、想像以上だ……!)
甘すぎない、上品な紅茶の香り。
「……思ったより甘すぎない。美味いな」
さっきまで涼しい顔してあーんしてたはずの俺が、今はなんとなく、グラスの水に逃げていた。
ふと横を見ると、ミーナが笑っていた。
こっちまで、つられてしまうような、穏やかでやさしい笑顔。
カウンターの奥、おかみさんが俺たちを見ながら、ふっと微笑んだのに、気づかないふりをした。
「……ふふっ、――あの子、ほんとに大事にしてるのね」
まるで母親のような声が、店内にやわらかく響いていた。




