41.食堂で
米を買い終えたあと、ふと、いい香りが鼻をくすぐった。時間はもう12時前、お腹も空いてくる頃だ。
「……いい匂い。何か、焼いてます?」
「ん。あの角を曲がったところに、よく行く食堂があるんだ。行ってみるか?」
ミーナは目を輝かせた。
「はい、ぜひ!」
(もしかして、ここが……“食堂”!?)
ライグルさんが案内してくれたのは、煉瓦作りの素朴な建物。木の看板には、手書きの文字で「まるまる亭」とある。
「ここだよ。味は保証する」
連れられて入ったのは、木のぬくもりを感じる落ち着いた食堂。
店内には陽の光がやわらかく差し込み、席ごとに小さな花瓶が飾られている。
窓際の席に私たちは腰を下ろした。
「――いらっしゃ……あら、ライちゃんじゃないの」
カウンター奥から顔を出したおかみさんが、メニューを持ってきてくれた。そして、ミーナを一瞥したのち、黒髪に変装したライグルさんを見て微笑んだ。
「その髪でもわかるよ、あんたの顔は。まったく、女の子連れて来るなんて、やるじゃないの」
「っつ……おかみさん」
耳を赤くして、ミーナから目を逸らすライグルさん。おかみさんは小声で何かライグルさんに言っていたから、ミーナには聞こえず、きょとんとしていた。
「そちらのお嬢さん?初めてなら、うちの“まるまるランチ”がオススメよ」
◆ランチメニュー:
・じんわり沁みるトマトスープ
・自家製ライ麦パン
・地元野菜のサラダ
・選べるメイン(ベーコンとジャガイモのグラタンまたは牛肉のボロネーゼパスタ)
「……わあ!どっちも美味しそう!ライグルさんはどうします?」
「あぁ、美味しそうだ。じゃあ、グラタンとパスタを一つずつ頼んで分けようか?俺、こっち半分あげるからさ」
「はい!それで!」
――――――
やがて料理が運ばれてきて、ミーナは、あつあつのグラタンを見つめてうっとりしていた。カリカリに焼けた香ばしいベーコンと、とろけたチーズにスプーンを入れると、中からほくほくのじゃがいもときのこが現れる。
暖かい湯気の向こうに、微笑むライグルさん……幸せすぎる……
実家では、冷たくて当たり前、カビるか腐る直接の固いパンにうっすいスープだったころが遥か遠くに感じる。
「スープも……ふしぎ、酸味は控えめなのに、深みがある……」
「トマトをローストしてるらしい。焦げの香りを少し残すのがコツなんだって」
ミーナが感心して頷くと、ライグルはうれしそうに微笑んだ。
(美味しいものを、一緒に美味しいねって言えるのって……いいな)
ライグルさんは、牛肉のポロネーゼを頼み、食べ始める前に取り皿に私の分、と言ってとり分けてくれた。
(まじでおかんレベルだ。優しい)
大変美味しくて、幸せな気持ちになったところ、ライグルがそっと言った。
「……デザート、どうする?」
「えっ、あるんですか?」
「あるよ。今日のおすすめは、苺チョコパフェと紅茶のシフォンケーキだって」
「え、どうしよう……どっちも気になる……」
ミーナが本気で迷っていると、ライグルが笑った。
「じゃ、両方頼もう。俺も甘いの、好きだからさ」
(?食堂じゃあんまり甘いもの食べてないんだけど)
テーブルに運ばれてきたのは、背の高いグラスに盛られた苺とチョコのパフェと、ふわふわの紅茶シフォンケーキ。
(見た目だけで幸せになれそう……!)
「ミーナ、どっちを食べる?」
「んー……じゃあ、パフェを……ありがとうございます!」
今世初のパフェに、ミーナは大興奮だ。
スプーンで、パフェを夢中で食べ進めたところで――
あれ?ライグルさんはケーキにまだ手をつけていない。ふとミーナは手を止めた。
「ん?どうした?ケーキも食べてみて?」
すると、ライグルさんが、ごく自然にミーナの口元に、ケーキをすくったスプーンを向けてきた。
「えっ!?え? ……!」
ぱくっ。
ほぼ条件反射で口元に、あったケーキを飲み込んでしまった...!!
「どう?美味しい?」
「~~っ!」
ミーナは顔を真っ赤にしながら、首を縦にぶんぶん振った。
それから、あーん攻撃を避けようとしてパフェに集中するも、
ちょうど息継ぎのいいところで
「はい。あーん」
が来て
パクリ。
がずっと続くのであった。
(だ、だめだ……! こんな雰囲気、完全にデート……!)
シフォンケーキはなかなか減らない。ライグルさん自身はあまり食べていないからだ。
私に遠慮なく食べてほしい。それに、ふと仕返しを思いつき、ライグルの手元のシフォンケーキを小さく切って、彼に差し出した。
「……じゃあ、今度は私が。ライグルさんあーん、してください」
(どうよ?私だって平気なんだから!?)
「っ……」
ぱく。
「……思ったより甘すぎない。美味いな」
さっきは平然とミーナにあーんしてたのに。そう言って、照れ隠しのようにグラスの水を飲むライグルさんの横顔が、嬉しくて――
ミーナは、そっと笑った。
食堂の片隅で、デザートを分け合う二人の姿を見て、おかみさんがくすっと笑う。
「ふふっ、――あの子、ほんとに大事にしてるのね」
まるで、見守る母親のように。




