39.ライグル視点
♦︎ライグル視点
「リボンか……であれば、あちらに向かって歩こうか。市場の北端に、確か雑貨店があったはずだ」
――本当に、かわいい………照
彼女の明るい返事に思わず目を細める。手を繋いだことがそんなに緊張することなのかと、少しだけおかしくて、でも同時に胸の奥がくすぐったくなる。
もちろん、今日のデートは突発的なものだった。だが、こういう展開もあるだろうと、事前にジュリオから情報を集め、何軒か雑貨屋や宝飾店をリストアップしておいた。俺にしては上出来な方だ。相手が彼女じゃなければ、ここまで入念には動かなかったかもしれない。
彼女にとって、今日は初任給の日。
ただ護衛するだけではなく、ささやかな“記念”を贈れたらと思っていた。
――そういう気遣いに、気づかれなくても構わない。気づかれたら……少し照れるだけだ。
「ここか。入ってみよう」
ガラス戸を開けた瞬間、色とりどりのリボンや髪飾りが視界に飛び込んできた。柔らかな香りと、光の粒が弾けたような空間。普段なら足を踏み入れない場所だが、不思議と心地よさすら感じる。
「わぁ……すごい、種類がいっぱい……!」
ミーナの目がきらきらと輝く。
その様子を見るだけで、今日ここに来てよかったと心から思えた。
「ふふ、楽しそうだな。彼女には、どんな色が似合う?」
何気ない問いに見せかけて、本音は別のところにある。
――彼女が、誰かのために何かを選ぶとき、どんな風に考えるのか知りたかった。
相手を想って悩んで、選んで、満足そうに微笑む――そんな表情を、もっと見ていたかった。
ミーナは真剣な顔で選び、深紅のベロアのリボンを手に取った。
「これにします!」
小さく頷いて、会計に向かう彼女。その背中を見送っていたとき、ふと――視線の先で、彼女がぴたりと動きを止めた。
……目を奪われていたのは、コーム型の髪飾り。
銀色の繊細な細工に、やわらかな黄金色のガラス。
派手すぎず、でも確かな存在感がある。どこか、彼女自身に重なる。
(……気になるなら、手に取ればいいのに)
けれど、彼女はそっと目を逸らし、また別の棚へと向かっていった。
値札を見たのだろう。今日の予算では難しいと、自分に言い聞かせたような仕草だった。
思わず口が動いた。
「……で、ミーナ? 俺も何か買っていいかな?」
きょとんとした顔。
……いや、変な意味じゃない。
けれど、返ってくる反応が想像よりずっと可笑しくて、口元が緩む。
「……こ、これっ……」
そう。彼女がさっき見つめていた、あの髪飾り。
黙っていてもよかった。でも――どうしても贈りたかった。だって俺の髪色と、本当の瞳の色を思わせる一品だったから…
「うん。今の髪型にも似合いそうだし、いつものお団子にも合うと思って……どうかな? ――ほら、初給料のお祝いと今日の記念に。贈らせてくれないか?」
できるだけ自然に言ったつもりだった。
でも、彼女の目がまんまるになって、頬が少しずつ染まっていくのを見て、内心少し焦る。
(……やっぱり、少し唐突すぎたか?)
「……私に?」
「……あぁ、君に似合いそうだと思って」
本当のことだ。
最初から、誰に贈りたいかなんて決まっていた。
自分の色を、含んだ装飾品や服を異性が身につけるとこは……仲の良い恋人か婚約者、夫婦がすることだ。
ミーナは知っているだろうか…
変な虫よけと、俺のただの独占欲を...
そっと、彼女のこめかみに髪飾りを近づける。
至近距離で見つめる横顔は、期待と緊張と――少しの戸惑いに揺れていた。
こんな表情、誰にも見せていないだろう。
……そう思うと、胸が高鳴った。
「今つけてもいいか?」
思わず聞いてしまった。もし断られたらどうする気だったのか、自分でも分からない。
「え、はいっ……」
その返事を聞いた瞬間、まるで背中を押されたような気がした。
彼女の髪に、そっと手を伸ばす。
やわらかな感触。
ハーフアップの結び目に器用にコームを差し込む。
意識しないようにしていたが、心臓の音がやけに大きい。
「……ありがとうございます。じゃあ……大事にします」
「うん、ありがとう」
嬉しそうに微笑む彼女の姿に、こちらが礼を言いたくなる。
渡したのは髪飾りひとつだけなのに――
こんなに喜んでくれるなんて、ずるいじゃないか。
髪飾りにそっと手を当てる仕草を、何度も、何度も繰り返す。
(……ああ、もう。本当に、どうしようもない)
――ただの“フリ”のはずなのに。
その境界線が、どんどん揺らいでいく。
彼女の笑顔ひとつで、どうしようもなく満たされてしまう。
次は、もっとちゃんとした言葉で――想いを伝えたい。……そのときが、来るのなら。




