21.保護者面談
〈団長室にて〉
団長室の重々しい扉をノックすると、中から低く「入れ」と声が返ってくる。
「失礼します。」
ライグルは姿勢を正して部屋に入る。団長机の奥、いつもより険しい表情のギルバートが、書類の束を脇に押しやってこちらを見る。
「来たか……まぁ茶でも入れる。座れ」
ライグルは、応接用のソファに静かに腰を下ろした。
ギルバートは、団長室の奥にある給湯室で、紅茶の準備をしようと立ち上がる。見た目によらず、紅茶を入れるのが趣味のギルバートは、丁寧に紅茶を入れる。
カップを二つ。
ティーポットに、丁寧に茶葉をくべる手つきが妙に静かで、ライグルは息を殺すようにして見ていた。
ポットの口から、湯気がふわりと立ちのぼる。香りのいい紅茶の香り……
どれだけ長い沈黙だっただろうか
やがて、紅茶の入ったカップを団長は自らテーブルに運び、ライグルの対面の2人掛けソファに、ドカっと腰を下ろした。
そして、しばらくの沈黙ののち……ギルバートは眉間を押さえながら呟いた。
「で。……寝坊ってのは、どういうことだ?」
(まぁ、いつもが朝早過ぎて、普通に起きるくらいの時間だったから問題ないんだが……)
「……はい。申し訳ありません」
ギルバートが目を細める。半ば呆れ、半ば面白がっているような顔だ。
「お前なぁ……昨日の夜、どこにいた?」
「……(ゔぅっ)」
ライグルは、予想していたが直球の質問に、一瞬動揺て、昨晩のことを思い出し頬が赤くなっていた。
「怒ってねえよ。心配してんだ。(お前ら両方)
……言っとくが、朝から厨房の子とといちゃついてた、とか、あの銀閃の騎士がデレた、とか色々とざわついてるんだぜ?」
「…また意図せず狼化してしまい…外に出たら裏庭でミーナと偶然会って…で庭に居ました」
また赤くなるライグル。
「……申し訳ありません。今後は、より一層自重します」
(チッ……物騒なのはてめぇの色気だ。これだから周りがほっとかねぇ。相性のいい相手だから獣化しちまうのか…?)
「……外で、ね」
ギルバートはどっかと椅子に背をあずけて、ため息をひとつつき、少しぬるくなった紅茶を口に含んだ。
「お前……本気か?」
一瞬、空気が変わった。
「……何を、とは言わない。だが、あの子に近づくってのは、そういうことだぞ」
ライグルは肩をすくめ、正面から答えた。
「本気です。……まだ本人には言ってませんけど。でも、ふざけてるわけじゃない」
「ふぅん?」
(ほぅ、自分の気持ちに気づいてるのか?この犬っころ)
ギルバートは目を細め、窓の外を一瞥した。
「……あの子、ただの平民の子、じゃねぇよな」
「……はい」
「……お前なら気づいてると思う…があの子は、ワケありだ。あえて事情を聞かずにここで受け入れてる。
誰にでも心を開けるタイプじゃねぇが、働き者で、人一倍まじめだ。……何より、あの子はもう、戻る場所がねぇ」
「……はい」
「お前が本気なら……俺は止めねぇ。だが――」
ギルバートは視線を鋭くした。
「中途半端は許さん」
「……肝に銘じます。」
「泣かせたら、俺がぶん殴る」
「……覚悟の上です」
「お前の事情もあるだろう……?そこも。どうしたいか自分でよく考えてみろ」
「……はい」
「……いい目つきになったな」
(さぁ、姫を手に入れるため、こいつはどう動くのか…)
ギルバートはゆっくりと歩み寄り、ライグルの肩をドンと叩いた。
「ま、惚れた女の前で耳垂れるくらいなら……いい傾向だ」
「……は?」
「どうせお前、昔から感情引っ込めすぎなんだよ。犬なんだからもっと素直になれ」
「……俺、狼なんですけど」
「うるせぇ。俺にとっちゃ犬だ。がんばれ」
「……!」
「ん。戻っていいぞ。……これから色々と忙しいだろ?」
「……! はい。失礼いたします」
ライグルは深く一礼して、団長室を後にする。
その背を見送って、ギルバートは小さく呟いた。
「……あの子には、ちゃんと気持ち伝えとけよ」
ぼそりと背中越しに届いたギルバートの声。
振り返らずに、小さく下を向き、ライグルは部屋を後にした。
(あいつが本気になるなんて…ミーナには感謝しないとな……)俺もそのうち食堂に顔出すか……
ぼりぼりと頬を掻き、机に戻る。それでも、口元はどこか満足そうだった。




