11.早朝、団長室にて(ギルバート視点)
ギルバート気づく
朝一番、ノックも無しに扉が開いた。
ガキの頃から無駄に礼儀正しいライグルが、いきなり無言で入ってくるなんて珍しい。
「……顔、ひでぇな。寝不足か?また腹でも痛くなったか?」
(全く、この人は。俺をいくつだと思ってる…。ギルバートの遠縁の田舎貴族で、将来有望な騎士を目指す少年レイグル・ヴァーレンとして世話になり始めた10歳の頃は、食べ物が合わないからか、環境が変わったからか…よく腹を壊していたが…)
「……団長、昨晩……ちょっと。」
どこか目を伏せ気味で、いつもより歯切れが悪い。
はっきりものを言うヤツにしては珍しい…
俺は手元の書類を放って、顔を上げた。
眉を寄せて、俺は椅子にふんぞり返ったまま、しばらくライグルを睨む。
いつまでも言い淀むこいつに、痺れを切らした俺は
「…で?」
と続きを促した。
「……昨夜。部屋で……月の光が、入ってきてて」
「ん?」
「……それで。……」
そこで言葉が止まる。
なんだその“言いにくそうな顔”は。
相変わらず言葉が足らない。痺れを切らしつい乱暴な相槌になる。
「で?」
「……気づいたら、変身してた。」
「……お前、自室で?」
「……はい」
「誰にも見られてないな?」
「大丈夫です。窓は閉めてましたし、声も出してない……と思います」
俺は片手で額を押さえた。
満月が近いとはいえ、制御できなくなるなんて、もう何年もなかったはずだ。
俺は思わず椅子に深く座り直した。
引き取ったばかりの頃は、よくあったが、成長とともに獣化するタイミングは、自分の意思でコントロールできるようになった。(あのころの子犬も可愛かったがな…)
「体調が悪かったか?昨日何かいつもと違うことがあったか?」
「いえ、特には。月は出てましたが、普通の夜でした。」
「……じゃあ何だ」
(体調、天候以外。昨日ここらであったことといえば、訓練と、ミーナが面接に来たことくらいだが…まさかな?)
「……昨日面接に来た、厨房の新入りちゃんには会ったたか?」
「……はい。何か干し草の匂いがする子でした。」
(…なんだその間は。コイツが他人に対して感想を持つなんて、聞いたことねぇぞ?しかも干し草て…いいのか悪いのか?俺はコイツの育て方を間違ったかもしれん。まぁ、俺がモテないからしょうがないのか…)
聞いてから、こちらも黙ってしまった。
……いや、なんとなく理由に心当たりはある。
だが、それを言ってしまうには、少し――早い気もする。俺は心当たりが斜め上すぎるか?と思いながらも、上がる口角を抑えきれず、笑いを噛み殺す。
きっと今はたから見れば、とんでもない恐ろしい顔に見えるだろう。
もし干し草がいい匂いだったら、獣人にとって、“相性がいい”って反応じゃねえのか?
だが、本人にまだ自覚がない以上、口には出さなかった。
「ふぅん……。まあ、体調のせい、ってことにしとくか」
「……そういうこと、でしょうか。」
「……そうだな。そういうことに、しておこう」
思わず繰り返してしまった。
どこか釈然としない。
けれど、まだ確信は持てない。まさか、とは思うが――
「……団長?」
「ああ。いや、なんでもない。……とりあえず、気をつけとけ。今度から部屋に月光差し込むときは、遮光して寝ろ。あとなるべく、変なこと思い出すな」
「……変なこと、って……」
「……わかりました」
頷き方が微妙に納得いってなさそうだが、それ以上は言わなかった。
俺は、報告書の束に目を落としながら、頭の片隅でぼんやり考えていた。
(……あの子か)
言葉に出さなかったが、ライグルが思い出した“その子”の顔は、厨房の入口ですれ違ったときにちらりと見た。
こげ茶色の髪。どこか物静かで、線が細く、だが芯のある目をしていた少女――
(……まさかな)
それだけは胸の奥にしまっておいて、今日の訓練計画に視線を戻した。
いつか確信に変わる日がくるのか、それとも――
まだ俺の勘が早とちりなだけか。
それがわかるまでは、保護者として、もう少し黙っておいてやろうと思った。
王国中央騎士団・団長、ギルバート・ヴァイス
強面と厳つい体つきで、粗雑なため、モテないと思っている(本人)実は気配りのできる優しいイケメン。
ライグルにとって、父のような兄のような人。
翌朝、相談もとい報告に行くところがかわいい。




