100.ば、ばか!
◆セリア視点:
――淡いピンクの布地に、繊細な小花をひとつひとつ刺していく。
中庭に吹く風は、初夏の香りをまとっていた。
この頃ずっと、気持ちが落ち着かなかった。
事件のせい……だけじゃない。アイツのことを、考えすぎていたから。
(……ジュリオ。あのとき、真っ先に来てくれた)
軽口ばかり叩く、いつもの調子で笑ってるくせに――
彼の声には、あの日、切羽詰まった本音がにじんでいた。
「俺はセリアちゃん一筋なんだぞ!!」
(……聞こえてたよ、ちゃんと)
気づかないふりをしてたのは、私の方だった。
“ジュリオは軽い男”
“本気になったら逃げられそう”
そんな風に、どこかで思ってた。でも――
(私は知ってる。本当はすごく優しくて、真面目で。だから臆病で、不器用なだけだって)
誰にでも笑いかけるくせに、誰にも踏み込ませないところ。あんなにチャラいのに誰とも付き合ったことないのよ?アイツ。
私のこと、ずっと気にしてくれてたくせに、一歩も近づこうとしなかったところ。
(それはたぶん、“逃げてた”んじゃなくて、“気を遣ってた”んだよね)
私に、騎士の自分がふさわしくないかもって――
そんな、妙な優しさで身を引こうとしてたなんて。
……ほんと、バカみたいに真面目な人。
「……セリアちゃん。ちょっといい?」
――その声に顔を上げた瞬間、胸の奥が、きゅっとなった。
「この間のこと、ちゃんと言えてなかったなって思ってさ」
(……来た)
――その声に顔を上げた瞬間、胸の奥が、きゅっとなった。
(その目は、ふざけた笑顔じゃなかった。まっすぐで、怖いくらい真剣だった)
なんとなく、わかってた。
この人は、いつか「ちゃんと」言いに来るってこと。
だから私は、今日、中庭にいたのかもしれない。
「……あれ、たぶん、全部本音なんだけどさ」
彼の言葉は、震えるほど不器用で、まっすぐだった。
臆病なのに、それでも向き合おうとしてくれる、そんな声だった。
「俺……セリアちゃんのことが好きだ」
「誤魔化したくないって思った。俺を選んでほしい……」
(……ずるい。そんな言い方されたら)
私は、泣くのを必死でこらえていた。
「……“ちゃんと”って、ジュリオにしてはずいぶん気合い入ってるのね」
「……じゃあ、こっちもちゃんと答える」
私だって、逃げない。
「私も、ジュリオが好き。あなたが助けに来てくれて、本当に嬉しかった」
心からそう思った。本当に、心の底から。
ずっと待ってた。あの人が、自分の言葉で、私を選んでくれる日を。
「セリアって呼んでも、よくてよ?」
ちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべながら言ってみると、
ジュリオは真っ赤になって、めちゃくちゃ狼狽えてくれた。
(……もう、かわいい)
そして私の方から、彼の胸に――飛び込んだ。
「……もう。遅い!! 俺を選べ!って、早く言いなさいよっ……!」
「わ、わーった!俺が悪かったってば!」
「今から取り返す!いちゃつくぞ!」
「ば、ばか!!」
そんな風に、やっと“恋人”になれた私たち。
――だけど、幸せって、やっぱり試練つきなのよね。
「………………」
背後から突き刺さる、冷たい気配。
「おい、ジュリオ」
「妹に手を出すなら、責任、取る気はあるんだよな?」
ヨナス兄さん。愛と正義の過保護モード発動中。
(……ま、ジュリオはこれくらいされて丁度いいけど)
私は、ちょっとだけニヤつきながら、兄と彼のやりとりを眺めていた。
「はいぃっ……!! 一生大事にしますスッ!!」
ジュリオの顔が、見たことないくらい真剣で、ちょっと面白い。
(……うん。大丈夫。大事にされてる。ちゃんと伝わってる)
そう思えたから、私はそっとつぶやいた。
「がんばってね、ジュリオ……クスッ」
その日、私は幸せだった。
だけど――きっと、ジュリオの試練はまだ始まったばかり。
ラブラブと地獄の狭間で、今日も彼は頑張ることになる。




