第三話 – 「セカンドコードの伝説」
第三話 – 「セカンドコードの伝説」
矯正区の独特の空気に慣れつつあった井上だが、心の中には常に疑問が渦巻いていた。毎日同じ繰り返しで、無表情な看守たちと顔を合わせることが耐えがたくなっていた。言葉を間違えたからと言って、ここまで厳しい扱いを受ける理由が、どうしても理解できなかった。
ある日、矯正区での新しい日常が始まろうとしていた。食事を与えられ、強制的に発音練習をさせられる。矯正区の住人たちは、皆無言でその指示に従っていたが、井上はそれに従うことに疑問を抱き続けていた。
「なぜ、こんなことが続いているんだ…?」
その時、突然、彼の目の前に一人の男が現れた。年齢は40代後半といったところだろうか、やつれた顔に鋭い目をした男だった。
「お前、まだおとなしくしているつもりか?」
男の声に井上は驚いた。なぜこの人物が自分に話しかけてきたのか、全くわからなかったからだ。
「お前も、言葉の力に縛られたくないだろう?」
その問いに井上はしばらく沈黙した。確かに、フォネティックコード警察の支配から逃れたいという思いはあった。しかし、どのようにしてそれを実現すればいいのかは、全く見当もつかなかった。
男は井上の表情を見て、うなずいた。
「お前、レジスタンスに興味があるだろう?」
その言葉に井上は一瞬、驚きの表情を浮かべた。レジスタンスといえば、この支配体制に反旗を翻している者たちだ。その存在を知ってはいたが、実際に接触することは恐ろしいことだと思っていた。
「どうして、俺に?」
「お前のような奴が、いずれはレジスタンスの力を借りることになる。だが、俺が言いたいのは一つだけだ。」男は声を低くして言った。「セカンドコードだ。」
「セカンドコード?」
井上はその言葉に驚いた。セカンドコード。それは、フォネティックコード警察によって禁じられた、異なる言語体系での暗号のようなものだと、井上はわずかに記憶していた。
「お前、セカンドコードの存在を知っているだろう? それが、警察を倒すために必要な力だ。」
「セカンドコード…?」
井上はその言葉を繰り返しながら、自分の記憶を辿った。確かに、何年も前にネット上でその存在について耳にしたことがある。しかし、具体的にどんなものかはわからなかった。それに、フォネティックコード警察が絶対的な力を持つ世界で、セカンドコードのようなものを使うことができるとは思えなかった。
「セカンドコードを使うには、まずはそれを学ぶ必要がある。」男は続けた。「だが、それを学べば、君のような者でもフォネティックコード警察に対抗できるようになるんだ。」
井上はその言葉に深く考え込んだ。セカンドコード、という名前自体は知っていたが、それが警察を倒すための手段になるとは、思いもよらなかった。
「でも…それは危険だろう? フォネティックコード警察がそれを許すわけがない。」
「もちろんだ。」男は冷徹に答えた。「だが、警察に従うだけでは、永遠に自由は手に入らない。俺たちレジスタンスは、セカンドコードを使いこなすことで、警察の支配から解放される方法を見つけるんだ。」
その言葉に、井上はしばらく黙って考えた。セカンドコードを学べば、警察の支配を打破できるのだろうか? それとも、また新たな支配が生まれるだけなのだろうか?
「お前が考えている時間はない。」男は言った。「警察はすでに君のことを追っている。レジスタンスの基地に行けば、セカンドコードの使い方を教えてやる。」
井上はその言葉に引き寄せられるように、頷いた。レジスタンスに加わり、セカンドコードを学ぶこと。おそらく、それが今自分にできる唯一の選択肢だ。
「わかった。」井上は決意を固めた。「俺も、あんたの言う通りにする。」
男は頷くと、井上を急かすように歩き出した。二人は矯正区の暗い通路を抜け、地下の奥深くに続く扉を開けた。
「ここから先は、もう普通の世界ではない。」男は振り返りながら言った。「だが、君が望むなら、自由を手に入れる方法を教えてやる。」
井上はその言葉に耳を傾けながら、新たな道へと進んでいった。