第9話
「逃げろ!」
血と言葉を一緒に吐くシヴァンの目が、一点を指す。はっとしたニーナが、呆然とするカノウの腕を引き、隠し扉へ開け飛び込む。駆け寄ろうとするジュードの腕をシヴァンが強く歯を立て噛んだ。ジュードは顔をしかめ、シヴァンを床に叩きつけて壁に投げた。ネオン管が落ちて破裂する。ジュードの手が隠し扉に届く一瞬前に、外から錠がかかった。
転がるようにカノウとニーナは階段を落ちていく。上の方で男たちが争う激しい声と物音が響いた。
月光も街灯も、階下の闇を照らしていなかった。
「ああ……俺の、俺の」
引きずられた先で、カノウはうわごとを繰り返しながら、へたり込んだ。手足がひどく脱力している。ニーナの膝は、砂と血が混じり汚れていた。
「リーダーでしょ!!ちゃんとしろ!!」
ニーナがカノウの頬を平手で張った。
「考えろ!!!!
シヴァンと仲間を!」
震える手でカノウはスマホを取り出した。
「……シヴァン」
闇の底が照らされる。
「ごめん」
ほの昏く、カノウの黒目が覚悟で染まった。
密かに用意しておいたリモートアクセスのルートは、まだ塞がれていなかった。
彼は、いま最も意味をもつコードを打った。
pvar_nuke --all --recursive --confirm="D3STR0Y"
その瞬間、
秘密基地が、
通学路が、
学校が、
校庭が、
桜並木が、
故郷が、
幼馴染が、
後輩が、
家族が、
恋人が、
――すべての楽園が、爆散した。
ユーザーの周りに派手な爆炎のエフェクトが広がり、大切なものが砕け散り、ポリゴンが吹き飛ぶ。証拠の強制削除。それは、警官たちがローカルのpvarファイルをコピーしはじめる直前のことだった。
そして、画面にはただ文言が残った。
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