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第8話



 カノウは、深夜まで一人PCで数字を見返していた。起動時間、心拍数、興奮度、没頭度、ポリゴン数、キャラクター好感度、入金額、サブスクリプション継続率……。


 ふと部屋の片隅のヘッドギアが目に飛び込んできた。カノウは、引き寄せられるようにそれを被った。なぜか、そのときそれが自然に思えた。

 仮眠室のベッドに横になる。


 目を開けると、秘密基地だった。

 カノウは、「秘密基地を改造しよう」と少年に言われた。彼に渡されるままに枝を重ねる。何度やっても下手で、隣の少女に笑われた。カノウは会ったことがあるはずもない少年と少女を、懐かしく感じた。

 ダンボールの上で眠りに落ちたカノウの夢のなかで、いつしか少年と少女はシヴァンとニーナの顔になっていた。


 ヘッドギアを取るまで、彼は頬を涙が流れていたことに気づかなかった。



 激しく揺さぶられ、カノウは仮眠室のベッドで目を覚ました。必死な表情でニーナとシヴァンが覗き込んでいる。


「「カノウ!」」「ウォレットが空に!」「データベースに誰かが!」


 飛び起きるようにカノウはPCに向かう。おかしい。このアクセスログは――。


「警察ですよ」さっきまで近くで心配顔をしていたジュードが言った。「すぐここに来ます」

「……うそ、うそだよね? ジュード、冗談きついよ」

 震えながらシヴァンが問う。内ポケットから令状をちらつかせながらジュードが言う。

「本当ですよ、バーチャルじゃなくてリアル」

「まさか、……スパイだったってこと?」

 ニーナが問いかけた相手は、もう後輩の表情をしていなかった。


「――尻尾出さないから潜入したらドンピシャ。でもわりと時間かかったわ、フルメンバーと関係者のリスト手に入れるの。意外と固いんだもん。暗号資産は弁済用の特別保全措置ね。おっと、PCには触れるなよ。玄関も塞いでる」

 扉の向こうのエレベーターホールで革靴の音が重なった。

「クソが」カノウは吐き捨てた。

 三人を見渡しながらジュードが言う。


「ずっと見てきたけどよ、君たちはさ、ガキなんだよ。早熟だとか言って調子のってるけど未熟。世界の複雑性を知らないガキ。理不尽さを感じるのは分かるけどよ、信じる正義で犯罪が正当化されるわけないだろ。人間性をハッキングする金稼ぎが正当化されるわけないだろ。社会で戦うって、地道な方法を取るしかないんだよ。お子ちゃまには難しいか? 気持ちよかったでちゅね、大人を手玉に取ったつもりになって! 本当に賢い人ってのはな、決めつけないんだよ。ゼロかヒャクじゃねえんだよ。奪うか奪われるかじゃねえんだよ。『当事者性の欠如』と『高みに立つ』を履き違えてイキってんじゃねえ。厨二病どもが。理想と後悔で引き裂かれても人生を積み重ねる人たちを馬鹿にすんじゃねえ。デジタルをハッキングするみたいに人をハッキングすんじゃねえ。だがオレも大人だからな。君たちを決めつけない。まだ少年たちには未来があるわけだ。だから少年院からやり直せ。さすがに本名にデジタルタトゥーは刻まれると思うけどな」


 ジュードは、自分の言葉に興奮していった。

 カノウが殴りかかった。腕を単調にふり回す。

 ジュードは軽やかに避けて、手首を締め上げて背中に回した。カノウの喉から動物のような呻き声が出た。


 ノックの音が猛烈になる。そのときだった。

「うあああああああああああああああああああ!!」シヴァンが地を這うような低姿勢からタックルした。彼は、父が路地裏で日本人に振るった暴力を思い浮かべていた。シヴァンは、思い切りよくボールペンをジュードの太ももに突き刺す。


 不意をつかれたジュードがバランスを崩し、カノウを掴んでいた手を離した。

「いってえ!……こいつ!」ジュードはシヴァンの腹を強く殴り、顎を蹴り上げる。もう手加減していなかった。

 玄関の扉が、ぎい、と開く音がする。

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