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第7話



 街全再現_for_Nukata_Soichiro_ver2.2.pvar


 壮一郎は大通りを走り抜ける。急げ、あの娘のもとへ。二人で行った場所が横目に流れていく。偶然出会った本屋。寄り道した公園。友人に付き合わされてダブルデートした水族館。すべての建物は高解像度の3Dで再現されている。

 数百人を超えるNPCたちが自然な会話と身振りをしながら街を歩いていた。

 二人の行きつけのカフェのマスターとすれ違う。あの娘を見なかったですか? 指差す先は、やはりあの場所だ。


 坂をのぼると、壮一郎の前に空が広がった。何度も聞いたオープニングムービーのテーマソングが耳もとのイヤホンから鳴り出す。坂の下へ桜並木が続いている。夕焼けに照らされた桜は満開だった。


 走り抜けた先で風が吹いた。サビに合わせて薄紅の花びらが舞った。

「……壮一郎くん」

 桜吹雪の向こうに、セーラー服姿の美しい少女が立っていた。「恵麻!」

「待ってたよ」

 その声は、現実では、ついに聞くことがなかった優しいトーンをしていた。

 熱を帯びた頬をかすめて、桜の花びらが一秒間に5センチメートルの速さで落ちていく。

 壮一郎は歩みを早める。恵麻の黒髪がふわりと揺れた。指先が触れ合う瞬間に花びらが舞い上がる演出までも、計算されつくされていた。恵麻が、潤んだ目で壮一郎を見あげた。

「伝えたいことがあるんだ。……こっちへ」

 握る手から、恵麻の緊張が伝わる。


 大きな桜の木。そこで告白を成功させたカップルは、永遠に結ばれるという伝説がった。壮一郎と恵麻は距離を縮めていく

「恵麻。ずっと……好きだったんだ」。

 甘い香りが鼻腔を満たした。

「私も好き……大好き……」

 桜を照らす街灯が、ドラマチックにスポットを落とす。壮一郎が抱きしめる。セーラー服の下に膨らみを感じた。恋慕と劣情が一体となって溢れる。実際よりも、胸部の曲線は要望に沿って大きく押し上げられていた。

「もう離さない」

 多幸感が、壮一郎の全身を貫く。六十年を経て、初恋は成就した。


 ◇


「すごい金額……!」

 ニーナの指が、モニター上でクリプト・ウォレットのトランザクション履歴をなぞる。トルネードキャッシュで資金洗浄された残りのイーサリアムが入金され、桁は先月までを軽々と超えた。


「今回の配分を言うぞ」

 カノウは三人を見渡した。

「え? いつもの割合じゃないの?」ニーナが聞き返した。

「ああ。俺が考えた数字を言う」カノウは数字を端的に述べた。カノウがいつもより一話割多く、ジュードがシヴァンより二割多い数字だった。「総合的に判断した」

「「え?」」「ありがたく頂戴します! カノウさん、今回まじ勉強になりました!」

 二人の戸惑いにかぶせるようにしてジュードが声をあげた。

「ジュードも活躍したな」

 カノウとジュードは目配せし合っている。もう話はついているようだった。


「……そ、そうだね、ジュードがんばったもんね」

 シヴァンは、プライドを保つように笑顔を作った。

「がんばったっつうか、今回ほとんどジュードがやったからな」

「……シヴァンもがんばったじゃん!」ニーナが口を尖らせた。本気で怒っていた。

「お金のことっていうより、いやお金のことなんだけど、認められるの大事っていうか、正当な対価っていうか」

 シヴァンは顔を上げてニーナを見た。彼の目は、うっすらと潤んでいた

「正当な評価だ。身が入ってないのバレてんだよ、シヴァン。ニーナは妙にシヴァンをかばうじゃねえか」

「いや、私はただ」


「――二人で、最近こそこそしてんのと関係あんのか? 色気付いたんか、あのジジイたちみたいに」

 鼻から息を抜いてカノウは嘲笑した。

「……そんなことない」「……そんなことないよ」

「息合ってんじゃねえか。付き合ってんの? やることやるわりにニーナって、気のあるそぶり誰にでもするよな」

「ああもう、ほんと違うから……今回、シヴァンの下で結構、下請けも使ったんだよ」

「分母もデカいだろ。フルメンバーと下請けの配分ならジュードがやってる」

 手際よくジュードはモニターに縦に長いスプレッドシートを表示させた。

「すべての人件費と経費とAI想定満足度を計算した数字です。問題ありません。ウォレットから自動配布するBotも組んでます」

 ニーナには、ジュードが笑いをこらえているように見えた。彼はあんな顔をしていただろうか?

 シヴァンは画面も見ずにうつむいている。


「なんか言いたそうだな、シヴァン」

「……いや、何もないよ」

「組織に『健全な競争』が生まれるのって素晴らしいよな」

 シヴァンはうつむいたまま立ち上がり、部屋の外へ駆け出した。ニーナはすぐ追いかける。「シヴァン!」

 翻った短いスカートの中の太ももが、カノウの目に妙に白く映った。


 カノウは、その感情に名前をつけることができないでいた。戸惑いの代わりに、カノウは冷笑した。

「なんだあいつら」

「青春でもしてんじゃないですかね」ジュードは機械的に答えた。

「あの老人どもみたいだな」

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