第4話
「……ほう」カノウが前のめりになった。
「ボクたちは生まれた瞬間、国に払う金ともらう金が、差し引き生涯1億円以上マイナスになるのが決まってる。1.5人で高齢者1人を養わなきゃいけない。
その状態は悪くなりこそすれ、よくなることはない。
奴らの1億円はボクたちの1億円だ。だから、取り返すのは道義にかなってる。正義のアービトラージです。
だけどこの歪みを是正する配分を、政治家は、有権者の大多数が老人だから行えない。なのでいますぐテクノロジーで、資産の再配分を、つまり代わりの政治を行うべきなんです」
「分かってんじゃん」
「奪い返しましょう!」
カノウは満足気に手を叩いた。「仮合格だ」
「いきなり一人前扱いはしないけどな。シヴァンについてくれ」
シヴァンはジュードの肩をポンと叩いた。
「ようこそ、パラダイス本部へ」
ジュードは、ぱあっと顔を輝かせた。
「よろしくお願いします。先輩の皆さん!」
ニーナはシヴァンに重ねるように肩へ手を置き、「なんでも聞いてね」と嬉しそうに言った。
二人からすれば、はじめての、顔が見える部下だ。
カノウは手が重なった肩に目をやると、「三ヶ月は『試用期間』だからな」と微かに唇を歪ませて言った。
「じゃあ早速、これの仕上げに入ってね」シヴァンがファイルを指差す。ドラゴンファンタジア3_for_yoshinaga_takefumi_ver1.1.pvar。
「ROMからぶっこぬいたマップ、キャラ、音楽、イベントムービーのデータとかはこのフォルダに入ってるよ」フォルダには合計で数テラバイトにのぼる膨大なファイルが並んでいた。
「ペース上げてくぞ」高揚するカノウに、ニーナが続ける。
「それが終わったら部活ものが待ってるからね」
ネオン管が、パーティを盛り上げる照明のように明滅した。
◇
スポーツ部活_for_yamada_toru_ver1.08.pvar
蝉の声と夏の日差しがグラウンドを満たしている。ユニフォーム姿の少年たちが、声を張り上げながらキャッチボールをしていた。錆びたバッグネットがグラウンドを縁取っている。
エースナンバーを身につけた透は一人、小高いピッチャーマウンドに立つ。腕をしならせてオーバースローでボールを投げた。肩の可動域が広い。懐かしい感覚だった。小気味良い音がして、ストレートがキャッチャーミットに吸い込まれた。キャップを取り、裾で汗を拭った。
「先輩、タオルどうぞ!」
不意に後ろからの声がした。坊主頭の少年が、タオルを差し出している。
「サンキュ、タケシ」
まぶしそうに眉を寄せ、透はタオルを受け取る。後輩のタケシは、タオルを渡しながら、そっと透の指先に触れていた。白いロジンバッグを、自身の指先へ移すように。
「前割れた爪、大丈夫っすか。休憩も取ってくださいね」
「……ああ」
透は、タケシの高い鼻梁に汗が流れるのを見つめる。タケシは、タオルの下で透の手を握りしめてきた。透は、鼓動が早くなるのを感じた。
「今日の練習のあと……二人きりで話したい」。
透は、かつて言おうとしてどうしても言えなかったセリフを言った。それは、透がパラダイスチームへ提出した日記データの中にあったものだった。
「はい……! 一緒に帰りましょう」
タケシは嬉しそうにはにかむ。蝉の声が遠くなった。
山田透がヘッドギアをずらして顔をあげると、寝室だった。キングサイズのベッドの枕元には、毎日飲んでいる肝臓の薬とペットボトルの水。壁際の棚には、三年間控えだった劣等感を埋めるように打ち込んだ資格の合格証。退職時にもらった色紙。孫まで映る家族写真。その写真から、透は目を逸らした。指定時間どおり薬の服用を終わらせた彼は、終わらない夏へ戻った。