第3話
◇
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「おはよう、恭子ちゃん!」
朝日が差し込む通学路。歩く生徒たちの向こうから、背の高い男子が声をかけてきた。
「今日の髪型、いいじゃん! めちゃ似合ってるっ」
金髪のやんちゃ系男子、リョウだ。隣に並んできた。
恭子の髪型は耳上の髪を結ぶハーフアップ。こぼれる黒髪が風を受けてふわふわと揺れる。
「いつもかわいいけど、今日のは特に最高だな」
片方の隣に歩み寄って笑顔を向けるのは、爽やかなスポーツマンのマコト。
「おい、俺が最初に気づいたんだぜっ」「なんだと?」
リョウがマコトに絡む。「やめなよー」と恭子は間に入ってしどろもどろだ。
「恭子ちゃん、好きな男の子でもできた?」
小動物系男子のナオトが合流して聞いてくる。
「そんなことないよ!もー!」
恭子は照れて手を横にぶんぶん振る。
「お前らうるさすぎ。朝から騒ぐな」
苦言を呈してきたのは、離れたところを歩いていた俺様系男子のタクミだ。
「――あなた、私のことはいいけど、みんなのことは悪く言わないで!」
「俺に口答えするのか……おもしれー女」
タクミの鋭い目から放たれたきらめきに、恭子の頬は赤らんだ。
校門を過ぎる頃、恭子は学園のアイドルさながらに注目を集めていた。
男子生徒たちの視線で、鼻先がくすぐったい。
恭子は、靴箱の前で小さくつまずいた。男子たちが気遣う。
「危ないよ」「大丈夫?」「気をつけろ」「ほらよ」
「う、うん……ありがとう」
差し出された手のどれを取ればいいか、恭子は迷った。
石川恭子は、高級独居用マンションの電動ベッドの上で、ヘッドギアの向こうにこの光景を見ていた。今は、膝の不調も大人用紙おむつの違和感も感じない。
皺だらけの手を伸ばす。そこはただの空中だったが、確かに石川恭子はひとりの男子の手を取ったのだった。
◇
裏路地をアジトへと向かう一人の若者。スマートグラスの中の真剣な目が、スマホ上のメモを往復していた。
・溢れ出るドーパミン
・徹底的に媚びたアーキテクチャ
・高いサービス継続率
・払われ続ける高額サブスクリプション
それは、「これから」のための復習だった。
彼は、金属扉を小さな音でノックした。
ニーナがチェーンをつけたまま合言葉を問いかける。「黙示録2の7は?」
「勝利を得る者に、パラダイスにあるいのちの木の実を」
彼は答えた。
「入っていいよ」「失礼します!」
黒髪をセンターパートに分けた、人懐っこい笑みの少年が会議室に入ってきた。
「ジュードです。面接にお呼びいただき、ありがとうございます」
「お前が噂の大学卒の優等生か」
「とんでもないです。皆さんの方がすごいです。尊敬してます」
カノウは満足そうに顎をしゃくる。
「こちらへどうぞ」ニーナが、ジュードを折りたたみ椅子に座らせる。
「シヴァンから聞いてる、モーションとかインタラクション設計が得意なんだって?」
ジュードは、カノウの言葉に答えながらスムーズに自己紹介に繋げ、豊富なプログラム経験を語った。
「じゃあテストしていい? ディレクターの立場でこのハーレム・パラダイスを調整するとしたらどうする?」
シヴァンの示した仕様書やログを斜め読みすると、たいして時間をかけずしてジュードは言った。
「刺激に対して順化している気がしますね。素直な会話が多いのかもしれません。順化が進むタイミングでキャラが裏切る方向にAIの発言を変えるようにすれば、もっと興奮度が上がるはずです。例えば……」
ジュードはキーボードを借りて叩き出した。
シヴァンが興味津々で覗き込む。ジュードはAIでコードを生成したあと、数行を追加して、モニター上でイケメンキャラのセリフをリアルタイムで変化させた。
「心拍数がトリガーに当てはまったら『嫉妬イベント』を挟む、というようにしてみました。このタイプのユーザーには相性いいはずです。バーチャルツインをあてがってシミュレーションしてみると……うん、うまくいきそうですね」
「なるほど、フラグを細かく割り振るわけか」シヴァンが口角を上げる。
「はい、もっと言うと」そこから、しばらくの間、二人は面接であることも忘れ専門的なトークを続けた。
ニーナが程よいところで咳払いをした。「……そろそろ続きいい?」
ニーナとジュードが人柄に関するやりとりをしたあと、コードを読んでいたカノウが顔を向けて言った。
「まあ腕は認めるが。お前はなんでこの仕事をしたいんだ?」
ジュードは正面からカノウを見て言った。
「最短距離の政治だからです」