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第1話

 秘密基地_for_miyata_shigeo_ver1.09.pvar


 まぶしい夕焼けに、茂雄は目を細めた。

 彼は、林の奥にそびえる大きな樫の木に、枝を立てかけていた。


「ミカ、長い枝ちょうだい!」

「はい、これ!」

 ミカは、ふざけて枝の先で茂雄の頬を突ついた。

 茂雄は「やめろってば」と笑い、仕返しにミカの頬へと持つ枝でやり返そうとする。

「手が止まってるぞ」

 ケンがあきれた声をあげた。少し背が高いケンは、茂雄の届かない位置に手を伸ばして枝を組んでいる。

「ケンちゃんサンキュー!」

 そう言いながら、茂雄はごっそりと枝を渡す。ケンは苦笑いをした。


 三人は、充分に重ね合わせた枝の上から、大きなブルーシートの隅をつかんでかぶせた。

 薄暗くてわくわくする空間が生まれた。

 三人は、段ボールを敷き詰めて床を作った。試しに座ってみると、まだ小さな石が残っている。お尻が痛い。段ボールをめくって石をかき出す。

 ケンが確かめるように大の字に身を横たえた。

「ケンちゃん、もうだいじょぶそ?」

「うん!」

 平らになった段ボールの上に、茂雄はケンの真似して寝そべった。背中越しに、やわらかい土を感じる。


 秘密基地。

 完成の達成感とともに思い切り手を伸ばすと、ブルーシートに指先が触れた。

 ケンはイビキをする真似をした。ミカが鼻をつまむと、ケンは吹き出す。ミカは二人の間へ倒れ込んだ。密に寄り添う、川の字がうまれた。

 ミカの顔が、茂雄のすぐ隣にあった。

 その横顔は、「初恋」という言葉をその後の人生で見るたび、よぎる顔そのものだった。

 三人の息が、小さな空間をあたためていく。安心感に、まどろみへ落ちそうになる。

 だが、不意に茂雄は息苦しさを覚えた。先ほどまでの心地よさが嘘みたいに、ブルーシートが覆い被さるような――。


 骨張った手でヘッドギアを外すと、宮田茂雄は喉に絡みつく痰を感じた。洗面所に向かい、嗚咽のように痰を吐き出す。痰は排水溝の手前でへばり付き、なかなか水道水で流れなかった。

 鏡に目をやると、皺に満ち、眼窩は落ち込み、髪の生え際が頭頂部まで後退した老人が映っていた。視線を逸らして茂雄はタオルを取り、乱暴に口元を拭う。

 もう片方の手で握りしめたヘッドギアのディスプレイには、一時停止のマークともにゴシック体のロゴが明滅している。


 PARADICE


 ――それが、宮田茂雄がダイブしていたバーチャル・ワールドのサービス名だった。

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