第18話②シーズン開幕直前
開幕戦前の最後の練習を終えて田﨑はクラブハウスを後にしようとした時に運営スタッフがまだ準備をしているので挨拶だけしておこうとスタッフのもとに向かった。
最初に田﨑が見つけたのはチームの会計をたった1人で行っている大ベテランの事務方スタッフのユキコさんだった。
「ユキコさん遅くまでお疲れ様です」
田﨑に声をかけられ、明日販売するグッズの数を数えていた手を止めて顔をあげた。
「田﨑くんもお疲れ様。いよいよ明日から始まるね。
私、今シーズン今まで以上に楽しみなんだ」
田﨑は答えた。
「そうなんですか?
でも嬉しいです。」
ユキコさんは笑顔で頷きながら答えた。
「私チームに入る前は本社の経理を長くやっていたんだ」
「はい。聞いたことあります」
「そこでは何十億というお金をまとめていてね。
すごくやりがいがあって仕事が楽しかった。
でも急にチームに異動になっちゃって、、、私何かやっちゃったのかな。って心配しちゃって。それに仕事の規模も小さくなっておもしろくなくなっちゃってね。まあでも仕事だからやっていたんだけどね」
少し笑いながらユキコさんは言った。
当たり前のことだった。
チーム運営を行うためには事務方を担ってくれる人が必要で、それは中村建設から異動でやってくることが普通だった。
ただその人が望むキャリアから大きく離れてしまうこともある。
それでも仕事だから自分のやり甲斐やキャリアを横に置いてユキコさんはチームのために長く仕事を続けてくれている。
ユキコさんへの申し訳なさと感謝の気持ちが田﨑の中で大きくなった。
田﨑の表情を見ながらユキコは続けた。
「実はね、、、昨シーズンリーグ降格が決まった時に、経理に戻らないか。って話があったんだけど、すごく嬉しいはずなのに、なぜか戻るって即答できなかったんだ」
田﨑は驚いて聞いた。
「そんな話があったのですか?」
「うん。でもチームの降格が決まって弱っている時に離れることはできなかったんだ。
見捨てた。とか思われたくなかったからね」
「そうなっても感謝するだけで、誰もネガティヴには考えないですよ」
「そうなんだよ。そんなこと思う人はチームにはいないんだよ。本音は私がまだチームの一員でいたかっただけなんだよね。」
笑いながらユキコさんは続けた。
「いつの間にかみんなと一緒に日々を過ごして、勝つことを喜び、負けを悔しがるようになっていたんだね。
ラグビーを見たこともなかった私がだよ」
「試合中も前後もユキコさんはグッズの販売をしてくれていたから、試合はあまり見られていないと思っていました」
「うん。見られないね。
ルールもまだ分からないことだらけだよ。
歓声の度にスタッフが交代で様子を見に行ってね、報告するんだよ」
「気にしてくれているんですね」
「当たり前じゃない。
あとね、降格が決まってから、田﨑くんはファンや地元の人を大切にするようになってから、ファンの人たちもチームを身近に感じてくれているみたいで、私にもファンの方が声をかけてくれるようになってね、ユキコさん!って」
「そうなんですね」
「すごく嬉しいものだね。
何者でもないしチームの中では小さな力かもしれないけど、私を一員として認めてもらえるのは」
「ファンの方もよく見て下さっているんですね」
「そうだね。
だから今シーズンは選手のみんなだけじゃなく、私たち運営チームも、ファンの方もみんなで挑む感じがすごくするから楽しみにしてるよ。
試合が始まったら何もできないけど、みんなが試合だけに集中できる環境は作るからね!」
力強くガッツポーズをするユキコさんと握手をして田﨑は部屋を出た。