第16話④千葉県富津合宿
翌朝6時に砂浜に集合した選手たちはランニングを開始した。
ランニングは砂の動きにより踏み込む力を失い、舗装された道を走るような推進力は到底得られなかった。
砂浜特有の不均等さが選手たちに余分な負荷をかけ、舗装された道を走る際にはあまり使われないような筋肉を鍛えられている実感があった。形が変化する砂浜を走ることで通常よりも高い負荷が選手たちを襲った。
全身の疲労を感じながらランニングは終了した。
朝食を取ってから少し休憩があり思い思いに過ごした。
ほとんどの選手は午後からの砂浜ラグビーの試合に備えて仮眠を取っていた。
田﨑は眠れなかったのでルームメイトの川島を起こさないように部屋を出た。
ホテル内を散歩していると、ロビーで秋野と秋野のいる第二資材調達部へジョブチャレンジで異動したばかりの若色がパソコンを見ながら話をしていた。
「仕事ですか?」
田﨑の声に、秋野と若色が顔をあげた。
秋野が困った顔で
「若色なんとかしてくれよ。
俺は休みたいのに、呼び出されて仕事のレクチャーだよ」
田﨑は若色の顔色が良くなり、仕事で活き活きとしている様子と、それに伴い精神的に落ち着きが戻ってきたことが嬉しかった。
まだ心療内科で処方されている薬は飲んでいるようだが、飲まなくて良くなるのも時間の問題だと感じた。
「いいじゃないですか。
自分が成長したら秋野さんも暇になるんですから。
早く成長した方がいいでしょ」
ニコニコしながら若色は言った。
「眠いからコーヒー買ってくる」秋野が席を外した。
「田﨑さんありがとうございました」
「自分は何もしていないよ。
ジョブチャレンジに応募してきた若色を人事のするべきこととして面談を設定しただけだから」
「産業医のところに連れて行ってくれたこともですが、田﨑さんが辛かったな。って言ってくれて分かってもらえたことで本当に気持ちが楽になりました」
若色は以前の攻撃的な発言は一切なくなっていた。
「ラグビーしているのに。って言われ続けていたから、自分もいつかそんな風に思ってしまっていたんですね。ラグビーしているから心も体も当たり前に強くなければならない。って
ラグビーをしていたって辛い時は辛い。心が悲鳴をあげることもあるのに、抑え込んでいました。
自分に悪いことをしていましたね」
若色は少し笑った。
「自分は秋野さんがいたし、田﨑さんもいてくれました。失礼な話をしても許してくれる仲間がいて助けられました」
田﨑は頷いた。
「周囲のイメージとのギャップに悩み苦しむ人が1人でも救われるといいな」
「後輩たちにはそんな思いをする人がいなくなるように自分はフォローします」
「仕事ものんびり進んでいこうな」
いつの間にコーヒーを3本持って帰ってきた秋野が言った。