第15話⑤髙橋亨
翌朝日課のランニングは看護師に止められたので髙橋は病院の周辺を散歩していた。
ラグビーを始めてから勉強とラグビー、
社会人になってからは仕事とラグビーに
忙殺され、なかなかゆっくりとした時間を持てなかった。
自然の心地良い風に触れ、秋も深まっていることを感じリーグ戦の開幕が近づいていることを意識した。
チームの雰囲気も良くなっていて、自分の中の宿敵だったウォーリアーズに練習試合とはいえ勝利し、これから前向きに頑張ろうと気持ちを新たにしたのに、髙橋はチームを去らなければならないことがとても辛かった。
気持ちを振り切るように髙橋は歩き続けた。
1時間以上歩き病室に帰ると、田﨑と吉川バックスコーチが並んで座っていた。
髙橋は驚きつつ挨拶をした。
「おはようございます。
来てくれているの知らず、待たせちゃいましたね。すみません。」
吉川は答えた。
「勝手に来ただけだから気にしないでくれ、元気そうだな」
「すみません。吉川さんにまで来てもらって」
頭を下げながら髙橋はベッドに腰をかけた。
吉川は先ほどから良いにおいが漂う箱を差し出した。
「たい焼き食べるか?
クラブハウスの近くのたい焼きさ、俺現役の頃から好きだったんだよな」
髙橋は答えた。
「俺も好きです。
でも身体のために我慢してるんで、気持ちだけいただきます」
「俺も現役の時は我慢していたな。
焼き上がった良いにおいが辛いんだよな」
笑いながら吉川は髙橋ににおわせた。
髙橋は自分はもうラグビーを引退することを思い出した。
「やっぱり頂いてもいいですか」
「たくさん買ってきたから食べろ。食べろ。
田﨑は我慢だからな。栄養師に怒られるからな」
笑いながら箱にいっぱい詰まったたい焼きを髙橋に差し出した。
「自分も1個位は大丈夫ですよ」
田﨑は横から手を伸ばした。
「俺は2個目頂きます」
2個めを頬張りながら、髙橋は言った。
「俺はラグビー引退します。
短い時間でしたがありがとうございました」
「そうだな。髙橋、ラグビー選手として本当にお疲れ様でした。
たくさんの時間をかけて、ブルーウイングスのためのハードワーク本当にお疲れ様でした」
吉川も姿勢を正して髙橋に頭を下げた。
敬意を持って見送る吉川の人間性が表れていた。
「これからブルーウイングスはもっと強くなるぞ」
「そうですね。
もっと見たかったですね。これからはファンとして見ていきます」
髙橋の顔を見て吉川は言った。
「これからブルーウイングスはもっと強くなる。
そのために必要なことはいくつかあるが、その一つはペナルティを減らすことだ」
ブルーウイングスは日本ラグビーリーグの中でペナルティ数で断トツのワーストトップを数年間継続していた。
チャンスを引き寄せてもペナルティで失うことが多々あり、得点の機会を手放していた。
「そうですね。
自分たちのペナルティで相手にチャンスあげることが多すぎですからね」
「理由の一つはルールが変わった際の勉強が圧倒的に不足していることだ」
フルタイムで働いていて練習時間が不足しているので、ルール改正の際は個人で調べて勉強するようにしていた。まとめてわかりやすく説明するための準備ができないため、個人の努力に頼ってきた。
「二つ目は、ペナルティの判断基準が厳しくなり対応はしているがそれが不十分なことだ」
練習にはレフリーがいないから、ペナルティ基準をクリアできているか試合までわからないことが多々ある。蓋を開けてみると対応できておらずペナルティを大量に取られてしまう。
基準をクリアしている練習を繰り返し体と頭に叩き込むことができていないのだ。
「他のチームにいるが、うちにはチームレフリーがいませんからね」
「そうなんだよ。
試合に勝つためにも、選手のケガを減らして守るためにもブルーウイングスにチームにレフリーが必要なんだよ」
「おっしゃる通りですね。
一回の怪我で選手生命が失われることもありますからね」
自分が選手生命を失うことになった髙橋の言葉は非常に重かった。
「髙橋、チームレフリーにならないか」
吉川が言った。
「俺が、レフリー?」
「髙橋だからできると思ったんだよ。
ゆっくりでいいから入院中に考えてみてよ」
髙橋は何と答えて良いか分からず相槌だけ打った。
「はい」
「たい焼きを何個でも食べられる。みたいに、選手では味わえない喜びはたくさんあると思うよ」
最後は冗談を言い笑った。
2人を見送った後、ボールを持ち徹と待ち合わせをしているベンチに向かった。