第15話④髙橋亨
入院はしたが検査と経過観察のためなので、髙橋は自由に動くことができた。
病室で荷物の整理を終えた髙橋はいつもの癖でラグビーボールを持ってベンチに座っていた。
「あっとおるお兄ちゃん!」
声がした方を振り返ると徹が笑顔で手を振っていた。
「徹!今日からよろしくな。
俺も入院することになったからさ」
徹は頷きながら髙橋の手にあるボールに興味深々だった。
「それラグビーボール?」
「そうだよ、触ってみるか」
「いいの?ありがとう」
徹に手渡すと嬉しそうに触っている。
徹から再度ボールを受け取ると、
昔、髙橋が父としたように座りながらパスをした。
受け取った徹も真似をして投げ返してきた。
座ったままのパス練習は髙橋にとって懐かしく、父がそうしてくれたように、徹を怖がらせないよう優しく投げた。
どれくらいの時間2人でパスをしていたか分からないが、先日の看護師が
「徹くん!部屋に帰るよ」と迎えに来た。
髙橋はまた車椅子を押しながら病室まで徹と話しながら帰った。
徹は振り返り聞いた。
「明日もラグビーボールで一緒に遊んでくれる?」
「いいよ。徹はこれから検査だろ。
頑張れよ。じゃあまた明日な」
髙橋は徹の頭を撫でて病室を後にした。
髙橋も午後から検査と診察を受けた。
その結果、出血が広がっていないと医師からの説明を受けた。
その結果を聞いて安心したのか髙橋は少し眠ってしまった。
病室のベッドで目覚めると懐かしい声がした
「亨、起きた」
「母さん?なんで?」
「昨日の電話で亨の様子がおかしかったから、父さんと今朝の新幹線に飛び乗って来たんよ」
「なんでここが分かったん?」
「部屋に行ってもいないし、携帯はずっと圏外で通じないから、クラブハウスに行ったんよ。
そしたら田﨑さんがたまたまいて、ここを教えてくれたんよ」
亨は状況を把握して頭を下げた。
「心配かけてごめん」
「なんで言わへんの?」
「検査入院やし、後遺症も出ないだろう。って言われていたから大丈夫かと思ってたから。
2人に心配かけるのも悪いしね」
「何、言うてるの。そりゃ心配するよ。亨がいくつになっても親やもん。
言われへんかったら心配もできひんやん。そんなん悲しいわ」
母の悲しそうな顔を見て亨は素直に謝った。
「ごめんね。
父さんもごめん」
父は笑顔を見せた。
「久しぶりに亨の顔見て安心した」
亨は2人に今の自分の状況を伝えた。
「この前の試合で軽い脳震盪を起こして、今は先生にラグビーやめるように言われてるんだ。」
父と母は頷いて話の続きを促した。
「でも再発の可能性があるだけやから、俺は続けようと思ってる。
だからまた2人とも試合を見にきてよ」
泣きそうな顔で話をする亨を見て、
父と母は顔を見合わせた後、亨の正面に立ち
父が言った。
「もうやめておけ」
亨は意地になって大きな声で答えた。
「俺は続けたい」
父は亨に優しく語りかけた。
「父さんや母さんはな、お前がラグビー始めてから本当にラグビーが好きになったよ。
それは今も全く変わらない」
亨は顔を上げて父を見た。
「じゃあ俺が続けた方がいいんじゃ、、、」
静かに首を振りながら父は答えた。
「ラグビーを好きなままでいたいからもうやめてくれ。
お前に何かあったら父さんと母さんはもうラグビーを好きではいられない。
亨にラグビーをさせた過去の自分たちの決断もきっと後悔するだろう。ラグビーなんてやらせなきゃ良かったって」
亨の目を見ながら続けた。
「その後悔は、お前が父さん母さんに見せてくれた楽しいラグビーの想い出を否定することになる。
そんな悲しいことはやめてくれ」
静かに父は言い亨の肩を軽く叩いた。
「さて、亨の元気な顔を見たし母さん帰るか」
「日帰りで?」
明るい声で母が答えた。
「違うわよ。せっかくだから東京にホテル取ったのよ。明日から色々なとこにお父さんと観光に行く予定。
だからまた顔出すね」
母はニコニコ笑いながら父と部屋を出て行った。
親には敵わないな。
と頭を掻いた髙橋の顔に迷いはなくなっていた。