第13話⑥若色冬馬
若色は田﨑を訪ねた。
思いがけない来訪者に田﨑は驚いたが、面談スペースに若色を案内した。
最近の若色の言動で身構えた田﨑だが、
若色の眼からは敵対の光は消えていて、不安そうに揺れていた。
買ってきたコーヒーを若色に差し出しながら
「珍しいな。どうした」
明るい声で田﨑は尋ねた。
「突然すみません。
秋野さんから田﨑さんに聞いたら良いって言われて」
「なんだろう。分かることなら」
と、若色の前に座り、自分もコーヒーを飲んだ。
「ジョブチャレンジについて教えてくれませんか」
「挑戦したい部署はあるのか」
唐突な質問に田﨑は驚きながら聞き返した。
「第二資材調達部です」
「ああ、、、秋野さんのところ」
「はい。応募に必要な書類とか方法を教えて下さい」
「ちょっと待っていて」
若色を面談スペースに残して田﨑は席を立った。
ジョブチャレンジのパンフレットと応募書類を持って席に戻ろうとしたときに、若色の顔が青ざめているのを見た田﨑は驚いて駆け寄った。
「おい!大丈夫か」
「大丈夫です。
すみません。出直してきます」
立ち上がろとするが、足に力が入らないようでふらつく若色を田﨑は支えた。
田﨑はそのまま、若色を産業医がいる社内診療所に連れて行った。
田﨑は一度仕事に戻ったが、若色のことが気になって仕方がなかった。
終業時間になっても若色から連絡がなかったため、田﨑は練習に行く前に診療所に立ち寄った。
待合室で俯いて座る若色に田﨑は声をかけた。
「診察は終わったのか。
大丈夫だったか」
顔を上げて田﨑を見た若色は何か
憑き物が取れたように晴れやかな顔をしていた。
「田崎さん。
心配おかけしてすみませんでした。
ありがとうございます」
「大丈夫か」
「薬飲んで、少し休ませてもらっていました」
「そうか。今日は練習行かないで帰って休んだ方がいいな」
若色は答えた。
「練習には行きます。
田﨑さん、一緒に行きませんか?」
「わかった。でも絶対に無理はするなよ」
グランドまでの道を2人並んで歩き始めた。
若色がポツリと話し始めた。
「今日、ストレス性障害って先生に言われました。
おかしいな。って思うことは今まであったんですけど、メンタル不調って弱い人がなるって考えていたんですよ。だから自分は単に甘えているだけじゃないかとか、認めたくなかったんですよね。
ラグビーしているのに。弱音吐くなんてってあり得ない。って考えてしまっていました」
少し笑って続けた。
「怒りのコントロールもできなくなって、自己嫌悪で、この世からいなくなりたい!ってずっと考えていました」
若色の苦しみを聞き田﨑は静かに答えた。
「そうか」
「チームや周りに迷惑ばかりかける自分は最低だって考えていました」
「ずっと辛かったんだな。頑張っていたんだな。
気付けなくてごめんな」
「今日、先生に今は病気の状態だから治そう。って言われて、そうかー今自分は病気なんだ。治るんだ。ってすっと受け入れられました」
「そうだな。俺に何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ
ゆっくり治していこう」
「ありがとうございます」
そう言い、歩く若色の足取りは軽かった。