第13話④若色冬馬
泣きじゃくる若色を落ち着かせ、
秋野は話を聞いた。
若色が所属するのは、改修営業部だ。
リフォームを行う地場の小さな建築業者に営業をかける部署だ。
中村建設が所有するビルに入居しているテナントや住居に不具合があった際に24時間すぐに駆けつけてくれる業者を新規開拓する部署だ。
毎日毎日電話100件以上かけ続け、全て断られる日がほとんどだった。
建築ラッシュもあり人手が不足しているため、小さな個人相手の仕事をしてくれる業者なんてほとんどなかった。
そんな毎日を過ごす中、若色の心は徐々に疲弊していた。
練習でどれだけ疲れていても夜は眠れなくなっていた。
朝起きると頭痛がひどく起き上がることができないことが度々あった。
それでも会社に辿りつき、電話をかけて相手が出ると息が苦しくなり言葉が何も出なくなっていった。
秋野は聞いた。
「上司に相談はしたのか」
「はい」
「どうだったんだ」
「慣れると平気になるからって言われました。
そう言われてしまったので、いつまでも慣れないままできない自分が悪いんだと思います」
「仕事には向き不向きはあるからな。
若色には向かなかったんだろうな」
「一度どうしても手が震えてしまったことがあって、上司に相談したら
『スポーツマンなのに弱音を吐くなよ。大袈裟だな』と言われてから、誰にも言えなくなりました」
手を握りしめて消え入りそうな声で若色は言った。
「本当に辛いです」
「よく頑張ったな」
秋野は手を伸ばし若色の再度頭をクシャクシャと撫でた。
撫でてもらいながら感情を抑えられず、
若色は号泣した。
(定時まで適当に仕事して、
球遊びに行けていいよな、、、
チームにかかるお金だって俺たちが稼いだお金だしな)
と、その時言われたことを途切れ途切れに伝えた。
秋野は言葉にならなかった。
企業スポーツで収益をあげられるものは少なくほとんどは所属企業のスポンサードがなければ存在できない。
一定数反対派がいるのは仕方ないが、意見を選手に伝えることはあまりなかった。
大人だからだ。
体制についての反対を選手に伝えても仕方がないのをみんなわかっている。
選手は与えられた環境の中で必死にもがいているだけだ。
そこに大将が出来立ての大きな大きなだし巻き卵と肉じゃがを置いてくれ、冷めたご飯と豚汁を温かいものに変えてくれた。
それを見た若色は
秋野に話すことができた安堵感と
温かいご飯のにおいに気持ちがほぐれ、
また涙が溢れ出していた。
そして涙を拭くこともせずに、泣きながら大将のご飯を頬張り続けた。
その日秋野は妻の美幸に連絡して家に連れて帰った。