第13話③若色冬馬
更衣室で若色を捕まえた秋野は、
少しの間待つように伝えて急いで帰り支度をした。
帰り支度を終えた秋野は若色に声をかけ、真っ暗なクラブハウスを後にした。
割烹東に着き、
秋野は大将に
「今日はお酒はいらないから、栄養満点で温かい料理をたくさん用意してくれ」と頼んだ。
大将はカウンターの向こうで頷き、
奥まった静かな座敷に2人を案内した。
温かいお茶を大将が出してくれ、
一口飲んだ若色の表情が少し和らいだ。
「最近何か悩んでいるのか」
秋野は若色に聞いた。
「特に悩んでいませんよ」
「ラグビーは楽しいか」
「ラグビーを楽しいと感じたことは今までありませんよ」
「中学で始めてからずっとか」
「そうですね。
特に楽しいと感じたことはないですね。
なんとなく続けているだけで」
「そうか、、、でも試合に勝てば嬉しいし、負ければ悔しいだろ」
「勝てばそりゃ嬉しいですよ。
一応自分なりに練習頑張っているから、それが報われた。って思えますから」
「あくまで自分なんだな。
チームとしてじゃないんだな」
「そうですね。勝てる試合したのは自分なので」
「チームって試合に出られないメンバーもたくさんいて、運営の人もたくさんいるだろ。
そんな人たちをどう思う」
「自分にはあまり理解できないですけど、何か楽しみがあるんですよね。きっと」
「若色、、、お前寂しい考え方だな」
大将がそこに
カレイの煮付け、赤身の牛肉がたっぷり入った野菜炒め、温かいご飯、豚汁に
大将が漬けているお漬物を運んできた。
湯気越しに秋野は優しく聞いた
「お前、仕事が辛いんじゃないのか」
若色は一瞬目を見開いたが、
それには答えず、
大将のご飯を口に頬張った。
「お前は、入社した時から斜に構えていて、人とのコミュニケーションは苦手な奴だったけど、
感謝はできる奴だったよな。
練習後にスタッフの人の手伝いをこっそりしていたの知っていたよ。
そんなお前がスタッフの人を否定することなんか言う訳がないよ」
答えずに食べ続ける若林を優しく見ながら、
秋野は続けた。
「お前に何があったんだ」
長い沈黙が続いた。
秋野は待ち続けた。
どれくらい時間が経ったのだろうか、、、
「会社行くのが辛いです」
消え入りそうな鼻声で若林は言った。
「そうか。よく頑張ったな」
若色の頭をくしゃくしゃとなでた。
若色はそこから泣き続けた。