第9話②人事部長吉川雅
翌日仕事を終えてから田﨑は吉川に声をかけた。
今までコミュニケーションを取って来なかったのに、困ったら声をかける気まずさを感じながらも、振り切るように大きな声を出した。
「吉川部長、少しお時間いただいてもよろしいでしょうか。」
吉川は少し驚いていたが、事情は多少知っているのか、すぐにいつもの温和な表情に戻って、
「いいよ。仕事のこと?仕事以外のこと?」
と笑顔で聞いた。
「仕事ではないです」
歯切れ悪く田﨑は答えた。
「田﨑は今日は仕事終わってる?
もう終わっていたら久しぶりに行きたいお店あるんだけど、付き合ってくれない」
吉川に連れられて行ったお店は割烹東だった。
「このお店昔はよく行ってたんだよな、
大将久しぶり」
と独り言のようにつぶやきながらお店に入った。
東の大将も吉川を見て嬉しそうに手を上げて応じた。
席に案内され、吉川は
「このお店、昔よく仲間や同期たちと来ていたんだよね
久しぶりにすり身揚げ食べたくなってさ」
と言った。
田﨑は答えた。
「このお店、自分もよくラグビー部で来ていますよ。
吉川部長が現役時代からすでにラグビー部が集まるお店は東っていう伝統があったんですね」
吉川は
「学生時代から東に俺は来ていたんだけど、ちょうど俺たちが入社した頃に大将が親から店を引き継いだのよ。大将あんな見かけで、しかも若くて生意気だから親の代からの常連さんに結構叩かれちゃって」
と笑いながら話した。
すり身揚げを運んできた大将が
「懐かしい話してるね。
味じゃ親に負けてないのに、
『味が分からないなら来るな』
って常連さんに噛みついちゃって、
そしたら、本当に誰も来なくなっちゃってさ
毎日閑古鳥だったよ」
肩をすくめ、太い眉を下げた大将がひと回り小さく可愛く見えた。
「いつ来ても誰もいないのよ。ガラガラ」
と楽しそうに吉川は話した。
「そこで、俺がラグビー部を連れてくるから、練習後まで開けておいてくれって頼んだんだよ。家族と離れて1人で暮らしている若い奴も多いから、栄養ある温かい食事を食べさせてくれ。って」
大将が
「安くしろ とも頼まれたな」
と豪快に笑った。
「大将それから栄養の本を勉強始めて、学校に通い出して栄養士の資格を取ったんだよ。強豪チームみたいに食堂がうちのチームにはないから、東が俺達の食堂なんだよ」
と吉川は言った。
練習後にはどれだけ遅くなっても、
いつも栄養を考えたメニューをたくさん準備して待っていてくれている。管理栄養士のような東の存在は、20年以上前に吉川が仲間たちと大将と東の存続を思ってくれたからできたんだと、田﨑は胸が熱くなっていた。
「味は保証されているからは、ラグビー部がしょっちゅう通うようになって、そこからラグビー部がラグビー部以外の人とも来るようになって閉店の危機は脱したんだよな
でも大将は常連さんにちゃんと謝りに行ったんだよな。
親父さんに付いて来てもらって」
楽しそうに吉川は手を叩きながら話した。
「俺もさ、店を今まで守ってくれた常連さんを裏切ることしちゃいけないなって冷静に考えてさ。
親父は俺も頭下げるって勝手に付いて来ただけだよ」
大将はバツが悪そうに頭をかいた。
田﨑は
「大将、、、格好悪いけど、めちゃくちゃ格好良いです」
と思わず言っていた。
筋を通す姿は清々しかった。